今日もハイドンです。私のCDでもっとも番号の古い、第52番を聴いてみます。

第1楽章の主題は、かなり重厚な味があります。けれど主題が一見目立たなく、その展開が音楽の中心をなしていること、そして当然展開部の肥大に、ロマン派の夜明けを感じさせます。展開部にハイドンがよくやる、短調への暗転が出て来ます。

モーツァルトが感覚的に、ベートーヴェンが意志的に、そしてハイドンは結果的に、同じ扉をノックしたのは、なんだかすごく感動的ではないですか。

第2楽章は、静かな楽章です。晩年になると作風がシンプルになる作曲家が多いのはどうしてでしょうかね?クリーンの怜悧なタッチも相俟って、純白の花を思わせます。バックハウスのピアノでも聞いてみたいですね。

第3楽章もバッハ風の主題から、次第に熱を帯び、モーツァルトばりの縦横無尽さで右手が鍵盤を走る。左手の和音が1度、2度、3度と開いてゆくところが印象的でかっこいい。

クリーンは相変わらず快調。ちょっとクリーンにしては「ロマン派の夜明け」を意識し過ぎたかもしれない。ちょっと流れが滞るところもある。ディナーミクはあまり広くけれど。それがクリーンの品の良さですね。

やはり、ハイドンの魂百まで、カッチリした造形の中で無限に息づく音楽なのだと思う。

…なんて、冷静に分析調に書いているようだけれど、結構静かなる感銘を受けています。各楽章、全く違う味わいがあるし、特に快速のフィナーレは「待ってました!」と思う。なんか大切な音楽になりそうな予感です。

追記

「バックハウスの演奏で聞いてみたい」なんて書きましたが、なんとこのソナタ、バックハウスがデッカに吹き込んでいるではありませんか!思わず注文してしまいました。でもこれ10年前の限定盤(僕のバックハウス・コレクションはみんなこのシリーズだぉ〜)。手に入るのかなぁ…。

しかし、僕、すごいな。バックハウス向きだと思ったんですよ。本当だよ!クリーンはこの演奏を聞いているのかも。で、なかなか思い通りに演奏が出来なかったとしたら面白いね。