2017年05月

 

初音ミクの新曲、「あいのう」です。

note'n notesの最後に完成した曲ですね。天瀬さんには許可をもらってます。

note'n notesバージョンよりコーラスを複雑に、さらに一番最後に「語り」が入ってます。ここが格好いいと思うのね!

イラストは、「ミクのたべもの」でもイラストを描いてくれた藻中くんです。

来月のVOCALOID曲は、やっぱり僕が歌ってた曲を歌わせる形になります。男声のVOCALOIDでね!

お楽しみに〜。

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PICTOGRAPH
こじまいづみ
ブラントンミュージック
2007-05-01


こういうアルバムが作れたら死んでもいい。

このアルバムを受け入れられないヤツは死んだ方がいい。

…いや、死ななくてもいいが、俺の目の前に表れないでほしい。

それだけ、現代人の心は荒んでいるのだ。

意識してなかったが、RI:Cycle(リ・サイクル) [CD]はこのアルバムの影響をたぶんに受けているかもしれない。

こじまいづみ、天才、愛してる!!!

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M.I.U. / L.A. Album
Beach Boys
Capitol
2000-07-29


ビーチ・ボーイズの名盤は数あれど、

結局はこの盤に収束してゆく。

え!?だって?

じゃあ逆に問うが、お前の連れ添ってる奥さんは、完全無欠の人間か?

そうではあるまい。

少し腹が出てたり、シミがあったり、性格が悪かったりするだろう。

そして、そういうところに、いとおしさを感じるのだろう?

音楽だってそうだ。

名盤を名盤というのは簡単だ。美人を美人というのが簡単なことと同じことだ。

美人でもない、何かよくわからないけど、惹かれる、

そういうものを持てる方が、どれだけ幸せか。

お前が愛しているものが、どれだけ、自分で選んだものでないものか、

よーくお前らは考えたほうがいい。

ブライアン・ウィルソンが精神病のリハビリを受けて復帰してしばらくした作品。

ほとんどの曲で作曲しているが、プロデュースまで完全に仕切ったのは2曲のみ。

その曲の、完全無欠さ…。

でも、それが全編にわたっていたら、きっとこれほどの名盤になっていなかっただろう。

他の曲は、ブライアンの曲をメンバーで何とか形にしようと頑張ったものがほとんど。

その「ゆるさ」だけどど、根本の「才気」はゆるぎない。

その二つの要素が混ざりあい、

何とも不思議な魅力を発していることか。

全盛期のビーチ・ボーイズは確かに素晴らしい。しかし、切れ味が鋭すぎる。

このアルバムは、メンバーによってオブラートに包まれている、

それがいい。

こういう響きを持ったアルバムは、これ一枚であり、とても好ましいバランス感覚を醸し出している。

1990年に一度再発された。しかし、それは、2曲目とラストがミックスが違っている。

オリジナルで行きたい。2000年の再発盤を買うべし。

特にラストのマイクのボーカル、そしてストリングスの美しさ。

そしてコーダに出てくるコーラス、そして、スネアの美しさは涙が出る。

ブライアンの曲ではないんだけれども。

てめぇの感性を信じろ。それだけだ、俺が言いたいのは。

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ディス・ナイト・イズ・スティル・ヤング
やけのはら
felicity/Pヴァイン・レコード
2010-08-04


ラップ素人がラップのことを考える。

ラップで使われている言葉って、とても普段着みたいで、具体性があるなぁ、と思った。物語もなく、ただ単にその人の見る風景がある、その人が思ったことがある。そういう世界に、少しずつ惹かれている自分がいる。

POPSの歌詞って、まぁ、具体的なことを書くと、なんかメロディが乗った時に、あんまり空高く飛んでゆけないというか、地上でのたうち回ってるような、座りの悪さがある。どこか、抽象的に、象徴的に、書かないと、なんか、メロディという鋳型にはまらない気がする。

もちろん、だからこそ、すこし、ドキッとするようなギミックを作詞家は使って、鋳型からすこし外れて個性を出すんでしょうけど。

でも、それって、少し疲れてくる。いや、正直、疲れてきた、というのが正解かな。もともと、そこまで歌詞を書く人間ではないけれど、あんまり、深く考えずに、言葉数多く、ラップしてしまうのも、気持ちがいいのではないかな、と思ってきた。

歌うより、ラップしてしまうと、語りにより近いわけだから、その人の性格ってわかると思うんだ。だから、もっと自分というものをわかってもらえるような気がする。

そして、前のエントリーみたいに、バックトラックは、今までPOPSで培った編曲の技をしっかり使って、丁寧に作って、きちんと聞いてもらう。

僕が突然ラップを始めても驚かないでね。
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ディス・ナイト・イズ・スティル・ヤング
やけのはら
felicity/Pヴァイン・レコード
2010-08-04


ラップとか、おふざけでやったことがあるんだけど。(うしろにいるよってやつ)

メロディがないと、バックトラックによく耳が行くことに、いまさらながらなんですがとっても気づいた。マジックアイみたいに、そこにピントが合った。

歌物でよくありますが、歌を外してバックトラックだけ流すと、初めて聞き取れる音ってある。それが面白くて、カラオケバージョンも併せて聞いている中学生とかは、きっとミュージシャンになる素質があると思うんだけど・・・。

でも、それって、逆に言ってしまえば、「歌が入ったら聞こえなくなってる音」なわけで、それって、「無駄」とも言える。

音の厚みを出すために、いろいろ音を重ねる、フィル・スペクターの影響ってのは今でもめちゃくちゃ強くて、僕もそれが当たり前で、埋もれる音があって当然、とか思っていたけれど、逆に、とてもシンプルなものにも憧れていて、それを示したのが「RI:Cycle(リ・サイクル) [CD]」でもあったんだけど。

でも、それだけじゃない。歌メロディによる意識の持っていかれ方というのは、やはり強烈なのだと思う。

脳みそが、歌が始まると、メロディを追うようにできてしまうのだと思う。カクテルパーティ効果みたいにね(ちょっと二日酔い気味だから、あまりお酒の話はしたくないけど…)。だから、裏でどんなイカしたリフを入れようが、カウンターメロディを入れようが、一般の人には耳に入ってないと思ってよろしい。

だからね、発想を逆転する。

メロディを載せなきゃいいんだと。

メロディを歌わせなきゃいいんだと。

やけのはらさんのラップを聞いて、ものすごくそれに気づかされた。バックトラックがすごく繊細でキレイなんだ。それにかんたんに気づくようになっている。それが、ラップの使用、なのではないかと自分は思った。

やけのはらさんは、ラッパーと呼ばれるより、ミュージシャンと呼ばれたいらしい。これを聞くとそれがとてもよくわかる。トラックが実はとても主役なんだと思う。そういうラップというはあるのだろうか?あるのかもしれないね。僕が知らないだけで。

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