2016年05月

ので、ここで読んでみてください。ではね。


2016年1月31日発売
伊藤龍太1stソロアルバム



天瀬まゆ&伊藤龍太の音楽ユニット
note'n notes 1st album

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twitterにはつぶやいたんですが、とうとう、長年使ってましたWindows Vistaのノートパソコンがクラッシュしました。

8年くらい使ってたのかなぁ。 

DTMやるには、かなりスペック的には厳しかったのですが、メモリも最初は2GBだったし、CPUは廉価版なセレロンってやつだし、こんななかすげー頑張ってくれたと思います。ありがとう。

壊れそうな兆しはちらほらあって、突然電源が落ちてしまったりすることが、ここ一カ月何度かあって、やばいかなぁとバックアップを取っておいたんですがね。

で、新品を買おうと最初思ったんだけど、高い。で、中古でもいいんじゃないかなと思い、そうなると、いまさら感は半端ないけれど、Vistaの次のWindows7で落ち着こうと。ちゃんとCPUとかも考えながらね。20000円。安い。

初の64bitOSだし、DTMのソフトウェアはさ、いきなりOSのバージョンが上がると、ちょっとヤバいかもしれないしね。 まぁ、そんなことは後で思いついたんだけど。ま、結果良かったかな、と。 

なんとか、もろもろセットアップが終わりまして。なんとか、作れそうな感じになってきました。

重くて重くてしょうがなかった、Ivory IIが何と軽く動くことか!これで「RI:Cycle II」を作らなきゃなとかね。

SONARは引き続き32bitでインストール。64bitだと、VOCALOID2が動かないことが判明したので。まぁ、残念だけれど、しかたない。しかし、このスペックなら、かなり、トラックを立てても大丈夫そうだなぁ。コーラスとか、だいぶ凝れるんじゃないかな、とか。

とにかく、新しい制作環境でがんばります。

目指せ完売
ミクの本棚(頒布版CD-R)
ryo-ta(伊藤龍太)
NOEQ RECORDS
2016-04-30




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音楽活動15年。伊藤龍太の1st.ソロ・アルバムは、ライブハウス時代に大切に歌い続けた曲たちへの恩返し。弾き語りを主体とした、伊藤の原点を示すアルバムとなった。


【前口上】
まず、良く聞かれる疑問について答えておきましょうか。これ、「【RI:Cycle】?【Recycle】の間違いじゃないの?」というやつ。

私は、本名、いとうりょうたと言いまして、イニシャルで、RI。その「RI」と、私の音楽活動の原点を示すピアノ弾き語りに、また戻ってきたし、いつまでも、ここに巡り巡って戻ってくるんだよ、という「Cycle」をくっつけて「RI:Cycle」というわけです。

2016年春のM3でこれを買ってくれた人が、「Reではなくて、RIなのは、イニシャルだからですよね」と気づいて下さった人がいて嬉しかったなぁ。

さて、と、何から話せばいいのかなぁと思ってしまうのが、このアルバムなんですけれど…。あまりに身近にある曲たちだもんで…いいのか悪いのか良く分からなくなっちゃってるんですよね。

まぁ、とりあえず、クロスフェードでも聞きながら読んでくださいませませ(←茶化し方が古い)。



これらの曲は、自分のライブハウス自体に良く歌った曲の一握りで、少し、暗い時代の歌なんだよな。誰もお客さんを呼べず、ノルマを払い、タバコ臭い楽屋で、同じ共演者と、変にけん制しあいながら、個々に自分の才能と可能性を信じあい、無理に明るくふるまっている、そんな時代。

そういう、暗さが、これらの曲には染み付いてしまっているような気がして、だけど、ともにそういう時代を潜り抜けた、「同志」といった感覚も持っている、また何十年後かに歌ったら、また違う感覚を得るのかもしれない。

しかし、振り返ると、それがいまや懐かしくいい思い出となっているのだから不思議だ…なんてことは全くなく、なんて無駄な時間を過ごしたのだろうと後悔するのみだ。自分は過去を肯定する人間ではない。無駄は無駄、過ちは過ちである。その反省があるから、今精力的に頑張っている、そう思う人間だ。

・・・なんだか、全然、要領を得ないけれど、そんな時期に生まれたこの曲たちの選抜がこの12曲である。弾き語りを前提に作られている曲がほとんどで、いま現在、編曲前提で作っている曲とはやはり景色が違う。白黒でジャケットは作ったけれど、これらの曲は、確かに、白と黒で表現する、墨絵のような趣があると思う。

そして、つくってみて、このシンプルなサウンドはいいぞ、と思った。こういうシンプルな形で、この時代の音楽をどんどん発表してゆきたいなぁと思った。

【作詞について】
曲の半数以上を、僕の高校時代の友達の、本多広泰クンが書いてくれている。私は、大学卒業間近に「シンガーソングライターになる!」と馬鹿なことを言い出した。にもかかわらず、詞を書くのが苦手な自分は、本多クンに作詞を依頼したところ「うん、いいよ」と書いてくれることになった。で、おそらく、生まれた曲はの数は50曲はくだらないだろう。

これらの子供たち(曲)に、ちゃんと光を当ててあげたい。それが、親(作曲者)の務めだ。

人気の出る子、勉強が出来る子、いじめられる子、空気のように目だない子、いろいろな個性や育ち方があるだろうけれど、それは親は知ったこっちゃない。ただ、親がやることは、とりあえず社会へ旅立たせてあげることだ。売れるCDを作るのも大事なことだが、発表すること自体の意義というものも大切にしたい。発表しなきゃ、何にもなりゃしないのだ。しかし、そのためには、売れて、幾人もの耳に触れなくてはならないというパラドックスも秘めているのだが。

この時代の曲は、白黒ジャケットシリーズで行こうかなと思う。タイトルは「RI:Cycle 髻廚箸かなw。飛鳥涼の「Scene」シリーズみたいなやつかな。

【演奏について】
基本的にはピアノ弾き語りで、そこに、ヴィブラホンとか、鍵盤ハーモニカとか、シンセとか、必要最小限の楽器が重なるというスタイル。これが、なかなか、よかった。note'n notesの天瀬さんも、「これくらいの編曲で、アルバム作りたい」と言っていたくらいだ。note'n notesの1stは少し、確かに肩に力が入りすぎていたかもしれない。

note'n notesの1stを作り上げて、「ちゃんとこれだけのことができますよ」とアピールしたからこそ、自信を持ってシンプルに行くことができたのかもしれない。装飾過多の音楽は、もううんざりなはずなのに、そのアンチテーゼを投げつけられない弱さ、しかし、そこを克服しないと、本当の自分の個性というものは出せないのだということだ。

なんていうんだろうなぁ、「本当の自分」を素直に出すことができれば、それだけで不滅の音楽になるんじゃないかなぁと思ったりする。それが本当に難しいんだけれどね。周りの音楽に影響されているようじゃまだまだだってことだ。

ピアノの演奏のスタイルは、ここにも書いたように、エルトン・ジョンに影響を受けています。この弾き語りのスタイルは、ほぼ、ここからの独学です。エルトンも作詞が出来ない人で、おもにバーニー・トウピンという人とタッグを組んで作品を作っています。そういう意味で、自分も本多君とタッグを組んで作品を生み出しているので、「自分、和製エルトンやぁ」なんてよく悦に入ってました。この制作スタイルは、初音ミクやnote'n notesの楽曲にもつながっているので、やっぱりこれらの曲、本多/伊藤コンビの楽曲が原点にあるんだなぁと思います。だいぶ鍛えられたと思っています。

まぁ、すこし、人の歌詞ばかりではいけない、と最近思うようになってはいるんですけどね。

【実は前身のアルバムがある】
実はこのアルバム、前身となるものがありまして、幻の1st「Plugged!」というのがありまして、収録曲や曲順、全く同じものがありまして、で、なにが違うかというと、2002〜2004年の日吉NAPというライブハウスでのライブ音源を主体としたものなのです。ジャケットも歌詞カードも手書きで、CD-Rに焼いたものなんですが、北海道の方から注文が入りまして(驚)、売れたのはそれだけです。後は友達に何枚か配っただけなので、超絶ウルトラレア盤なのです。YouTubeで「好きな名前」「雪のように真っ白いコート」「クッキー」「長い恋」が聞けますが…。

【楽曲解説】(カッコ内は作詞者)

1.好きな名前(伊藤)
この曲は、サビがない、昔の歌謡曲の形態をとっているのにもかかわらず(このアルバムには、そういう形態の曲が多いです)、すごくインパクトがあるらしく、人気もあって、伊藤の代表曲といってもいいのではないでしょうか。結局、形式うんぬんではないということだよね。

一番最初を飾る曲なので、編曲は、ちょっと分厚めです。あえて少し古臭い、ペナペナしたシンセブラスを使っていて、果たしてこれがさらに古くなるのか、タイムカプセル的に実験してみようかと(笑)。

来生たかおさんの1stの2曲目が、こんな音のブラスを使っていて、来生さんの曲が、全く時代を超越しているのに、楔のようにそのブラスが、時代を表現しているのですが、それが自分は逆に新鮮だったというか。だから、結局、「古いと感じる新しさ」と感じるのであれば、古いも何もないのではないかと、なんだかよくわからないことを呟いてみる。ハードオフの音楽も、こんな感じの曲で、心地いいんだよね。

二回目のライブかな、タイバンで「カザツ」というフォーク・デュオが出演する予定となっていて、そのホームページをのぞきに行ったのね。そしたら、歌詞がいくつかのってて、それが素敵なの。おそらくメロディはこんな感じのなんだろうなぁと、エイトビートの素敵なメロディーがふわーっと浮かんできてね。あぁ、自分の曲は駄目だなぁと思って、似た感じで書いてみようと思って書いたのがこれ。「ですます」調で書かれてるのは、その影響。

で、実際に、その詞の曲が歌われた時は、フォーク風のジャンジャカ・ジャンジャカ〜っていう軽いシャッフル風の曲で、ちょっとずっこけた。

ずっこけたんだけど、いい曲でね。カザツが好きになってね。自分も「夏冬秋春(かとうあきはる)」っていうアルバムを持っているんだけど、今でも聞くよ。カラオケであるならば全部歌えると思う。才能がきらきらしてて、元気がもらえる。

実際、カザツっていうのは、このあとすごく有名になってね、メジャー流通する作品を作るようになったんだけど、まもなく解散してしまってね。感違いかもしれないけど、石塚まことさんが、親の介護をするとか、そんな理由だったような(違ってたらほんとうにごめんなさい)。片割れのチャンシンは、ソロで頑張ると言っていたけれど、検索しても、最近の活動については書かれていない。

明らかに、自分より、華があって、可能性があって、でも、それをいろんな事情があるんだろうけど、やめてしまうんだなぁと。自分は、先述したように、自分に生み出した音楽があるのであれば、その在庫が切れるまで、世に出す義務があると思っているので(言い回しが違うけど、そういうこと)、やめようとは思わない。ライフワークみたいなものだから。まあ、単なる自己満足といったらそれまでだけど。

音楽に何を求めるか、人それぞれだけれど、出来たから発表する、というシンプルな構造を、大切にしたいと思っています。CDは持ち運びのできる、小さな展覧会のようなものだ。

話がめちゃくちゃそれましたが、好きな人が出来たら、その人の出身の「地名」みたいなものにも、愛着が沸いてきてしまうよね、っていう歌です。その人が、小さいころに吸った空気、見た風景、それがある、その地名そのものが、すごく純粋できれいなもののように思えてくるというか。おれ詩人だなぁ。

名前を忘れてしまったが、こういう感覚を持っている詩人が、他にもいたことに驚いた。まったく、俺の言いたいことと同じことを言っている。すごくうれしかった。こういう感覚は初めてだ。そして、自分の思ったことは、きっと誰かも考えている、それが通じ合ったときに、ものすごいシンパシーを抱くんだなと。だから、自分のちょっと思いついた些細なことなどを、歌にする、詞にする、そういうことがとても大切なのかなぁと、最近は思っている次第でございます。

2.雪のように真っ白なコート (本多)
この曲のタイトルを書くたびに、「雪のに」なのか「ように」なのか、「まっ白い」なのか「真白な」なのか、「真っ白な」、「真っ白」なのか、正直どれが本当だかわからなくなる。表記ゆれ甚だしい曲名であると思う。そして、本当の表記を調べて書いたところで、だからどうした、と、報われない曲でもある。たぶん、本人もわからないだろう。正確には「雪のように真っ白なコート」である。でも、歌では「真っ白」と歌われているのだから、これはある種のハラスメントに近い。

この曲は、すごく地味だけれど、結構好きで、弾いていると、目の前に風景が浮かぶというか。編曲もそんな感じにしたいなぁと思い、パッドの入った、すこしドリーミーなピアノの音色で弾いています。また、スーーっと流れてく感じを出したいので、リズムマシーン的に、バスドラを薄く。さらに、寒い感じを出すために、ホイッスルのような、音色に前奏を奏でさせて、寒いけれど、ぬくもりがあるような、そんな感じになりました。ちょっと「夜空ノムコウ」みたいな感じかな。

さらに、最後の最後に、サビの途中で転調をさせてみました。これは、今回、新規でアレンジしたものです。この曲を歌うのは、難しく、かなり低い音をたくさん使うので、息をたくさん吸わなくてはならないし、その割には、息が余ったりして、過呼吸と酸欠を繰り返す感じになります。しかし、転調することで、少し歌いやすくなったし、その分感情の込め方も変わってくるような気がします。

自分、声が太く、低いところを使うと、スピーカーが、変に共鳴してしまい、それが嫌で、だいぶ細かくイコライザ―をいじりました。よって、少し、自分の声が軽いかな。あんまり気にしなくてもよかったのかなぁと思ったり。でも、おかげで、自分の声は差し置いて、いいサウンドが出来た気がします。

3.クッキー(本多)
冬の曲が続きます。これ、ライブでよく歌いましたし、これからもよく歌うでしょう。曲にメリハリがあって、サビはパーンと行くし、すごくわかりやすい。詞を読むと、すごくはずかしいんだけれども、これは僕の書いた詩じゃないから、気恥ずかしくなく、パーンと行きます。どれだけパーンといけるかがこの曲の生命線ではないでしょうか。ヴィブラホンがオブリガードをつけていて、この旋律をつけているときは、とても楽しかったなぁ。ほとんど、ジャズみたいに即興でつけていって、楽しいなぁと。それだけで、だいぶ曲の風景が違ったものになる。

このヴィブラホンが、なんとなく、このアルバムの象徴的な音になっているような気がしますねぇ。ヴィブラホンって、すごく、さみしいというか、だけど親密というか、入ってくるとハッとするものがありますね。自分がジャズを聴き始めのころは、モダン・ジャズ・カルテットや、ミルト・ジャクソンが好きだったし、そういうサウンドが好きなんでしょうね。最後にハモリを入れてみたけど、本多君が「これはいらない」と(笑)。でも、せっかく入れたから、小さく残しておきました。鍵盤ハーモニカは本当に吹きました。

4.長い恋(本多)
とてーも地味な曲で、かといって、演奏もサビで左手が地味にウォーキング・ベースを弾いていたりして、また、裏声と表声を途中で切り替えたりで、難しく、報われない曲なんだけれど、後半に行くにつれて、感情移入されてくるんだよね。伊藤も後半に行くにつれて、だんだんと熱を帯びてゆくのがわかります。あと、この曲は「出会った人を〜」の歌いだしが、音程を取るのがすごく難しく、100回くらい取り直しました。小さく歌いたいんだけれど、小さい声で歌うには、伊藤には、少し高いんだ。この曲もヴィブラホンが印象的で、これも楽しくオブリガードをつけました。

5.夏肌(本多)
本多君は、僕のつけた曲に、文句を言うことはほとんどないんだけれど、この曲に関しては、クレームがつきましてね(笑)。「思い描いた世界と違う」と。でも、詞を見た瞬間、ぼかぁ「これはビーチボーイズだ」とすぐになってしまい、こんな曲になりましたね。

「サーフィン・サファリ」ですね。リズムもコーラスもそうですが、「サーフィン・サファリ」のすごいところは、出だしのコード進行だと思うんですよ。でもね、そこをそのままパくっちゃだめなわけ。その「すごいコード進行でイントロを作る」っていうスピリットのほうを頂かないとだめなんですね。

というわけで、伊藤の「夏肌」もちょっとすごいものになってます。よくこんな進行を考えたなぁと思います。全く違うコード進行だけど、みんな「サーフィン・サファリ」だって思うでしょ。これが、スピリットを継ぐってことなんだよ。もちろん、完全なる3コードで完成されています。

で、初期のビーチボーイズで、デニス・ウィルソンが、バスドラなしで、スネアだけで、演奏してるのを見て、俺も真似してみようと。ここはまんまパクっていいのね(笑)。スネアだけで紡がれるリズムは、ときに間抜けで、だけど、それが、軽い世界観を出している。バスドラが入ると、もっと締るんだけれど、このあるアルバムでは浮いてしまうしね。全体を考えないと。間奏はきらきらしたおとを使ったけれど、あれは「ノーブル・サーファー」で前例があってね、あれが好きなのね。かなりマイナーなものを引っ張ってるのね。

で、ボーカルは、天才、マイク・ラヴのようには歌えないのはわかってるので、細野はるおみさんみたいな、少し暗い声で歌ってみようかと。細野さんもビーチ・ボーイズに影響されて、「surfin' JPN」という曲を作ってるみたいだし。
 
6.花火大会(伊藤)

これは、僕の曲でね、あっという間に出来た。この曲を、よくライブをやらせていただいている、Pizzeria Buono Buonoというピザ屋さんの店長、しげさんが好きで、よくリクエストをしてくれる。よって、少し過剰な思い入れが自分にはありすぎるのかなぁと思ったり。とても和風な曲なんだけれども、ピアノがコードを奏でると、そういうのが消し飛んでしまうのが不思議。あんまり、弾き語りでは、夏の花火的な雰囲気は出せなくて少し残念。ピアノ弾き語りに和太鼓が入ってるっていうのも、あまりないんじゃないかな。そういう意味で、とっても異質印象をあたえる曲かもしれない。

ここまでがA面のつもり。

7.悲しい調べ

これも僕の作詞。このイントロはとても省エネで弾けるので、弾いてみて。Amのコードを抑える。親指はAでお願い。で。真ん中の指を右→真中→左→真中、と順番に弾くだけだ。悲しい調べなんで、そのまんまのタイトルで、悲しい調べ、ね。「追いかけても触れあえない 僕たちはきっと悲しいフーガ 赤の他人がはたから見れば 美しく見える」なんて、よく思いついたな。詩人だなぁ、おれ。最後の転調がわりと独創的なしかたをしている。よく、若い頃、こういうの思いついたなぁと思う。

8.六月の雨
六月の雨、というタイトルの曲は、たくさんあるみたいで、なんでだろうなぁ。それに上乗せしてしまった形だけれど、いまだったら、あんまりそんなことしたくないな。タイトルはやっぱり唯一無二のものにしたいよな。「桜」とかも、もういいよね。

3コードキャンペーンというのを、自分で勝手に開催していて、この曲や、「夏肌」、そしてあとの「わがままなベイビー」も。でも、この曲は、中間部で、ちょっと違反して、マイナーコードが出てくる。そこが気持ちいい。ぐっと、同じコードで我慢して、そこから解放するように、別のコードに行くだけで、だいぶメリハリがつくようなもので、正直、それで本当は十分じゃないのかなと思ったりする。

これも俺の詩で、少々エロくて、恥ずかしい。こういう経験をしたわけでは、ない。

9.君の笑顔を待ってる
本作のデモを本多君に聞いてもらった時から、この曲はよい評価だった。しかし、ボーカルが少しもこもこしているね、と。これ、どうしても、もこもこが取れない。仕方なく、この魔法が消えてしまうのを覚悟で、録音しなおした。そして、その魔法は消えなかった。歌詞が、とても素晴らしい。こう、なんか、機嫌の悪い、ネーチャンたちを見ると、ふとこの曲が浮かんでくるわけですよ。

確か、一番最初に取り組んだ曲。この曲は、編曲ですごく良くなるような気がした。だから、最初に取り組みたかったのだ。サビから入ってくる、灯台のような、ポーンというエレピの単音。そして、過去を回想するような、懐かしいハーモニカ、そして、希望を暗示するようなフルート。必要最小限の楽器で構成された、とてもいい曲になったと思う。

サビは、俺には珍しい、ベース下りのクリシェなんだけれども、ひと工夫してあって、二回目は半音で降りてゆく。

これと同じことを、いきものがかりの、水野さんも「うるわしきひと」でやっていて、ちょっと驚いたけれど、同志!とも思ったものだ。こういう音符から、過去の偉大な音楽家とも、精神で会話ができるような気がするのだ。逆にそういう会話がないモノは音楽家でも何でもないということだ。

で、クリシェを使うと、大体、なんか売れそうな感じになるのだが、この曲は全くそんな雰囲気を感じさせないのが、また小憎らしい。だから、たいてい、クリシェと気づかれないという。クリシェ使ってこれ?みたいなね。

10.わがままなベイビー
まあ、ロックン・ロール的なものをしてみたかったわけですよ。なんか、自分はEのコードが、作曲したてのとき好きで、この曲もEで書いてしまったために、左手のベースが、だいぶ大変だったんだけれど、おかげで、だいぶ弾けるようにもなったわけです。フラット系はまだ苦手だけれど。

11.さよなら黄色い銀杏並木道
自分の大学の道が、銀杏並木道だったんですよ。それと、エルトン・ジョンの「Good Bye Yellow Brick Road」が重なりまして。イントロはそこから借用しています。本多君に依頼して、想像で歌詞を書いてもらいました。とても素敵な歌詞で、自分もあっという間にメロディがつけられました。ずっとハモリのパートが浮かんでいたので、今回形にできてうれしい。パワーのある曲なので、ライブでも映えるので歌いやすい。

12.一緒に帰ろう
この曲も、ライブでは人気があったんだけど、今はどう響くのかな。とりあえず、ライブの最後ということで、ぼぼ弾き語りで、そして、生のピアニカが加わるという形に。

じつは、この歌詞はもともとはだいぶ長くって、それを大分そぎ落としてしまったのがこのバージョンです。本多君は、これでいい、と言ってはいたんだけれど、使われなった言葉がかわいそう案で、長いバージョンもあります。いつか、お披露目できればいいとは思いますが。 

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