2015年06月

SH3J0257
note'n notesのレコーディング終わった後からの俺、絶好調!

毎日一曲ずつレコーディングしてる(笑)。しかも、編曲もその日のうちにやってしまっているという。

いろいろ、note'n notesのレコーディングなどで要領を得たんだろう。気が散らない環境も整えたのも大きいのかもしれない。

あと、note'n notesのレコーディング中にまゆっちょさんが自分の歌をほめてくれてね、それがどれだけ嬉しくてありがたかったか。

これを、たぶん、昔の自分は、ストレートに受け止められなかっただろう。だけど、今回はスッと受け入れられたんだな。たぶん、レコーディングを共に乗り越えてるときの言葉だったから、すごく重みがあったんだと思う。本当にありがたかった。でもまあ、ほかにもいろんな要因があるとは思うだけど、とにかく今は・・

音楽をつくるのが楽しい

録ってるのは、幻の1st アルバムの「Plugged!」の曲のリメイク。

ずっとライブで弾いてきた曲だし、基本ピアノ主体だから編曲も早いんだけど、でも、それだけじゃないくて、必要最小限の楽器が部分部分に加わるという。

たとえば、ドラムは、スネアだけつかってるとか。

エレピが、単音で「ポーン」と使われてるだけとか。

ベースも入ってない。自分のピアノの左手だけ。

そういう意味で、ちょっと珍しい感じだけど、ドラムが入ると、なんで、あんなハットやベードラやトムまで参加してくるんだろうとか、ずーっと疑問だったので。それをここでトライしてみた。

あと、変にカッコつけなくなったところかな。特にピアノとか。録音時間が短縮した。

これを、今年の秋までに完成させて、note'n notesのアルバムと同時発売にしたいともくろんでる。

いままで、何度も、公約を破ってきたけど、これはホント!絶対に出す。

もう一息、二息で完成できるアルバムもあるんだけれど、なんか、気が進まなくて、

まず、この、一番初期のころの作品集を出さないと、この先進んでゆけないような気がしている。

自分の、原点として。

私はこうですよと、まず示したい。

編曲をしていると、その曲の素晴らしさが、また別の角度から分かってきて、ちょっとびっくりしたり。

あと、本多君(作詞)の歌の世界観を若いころは上手く表現できていなかったなぁと。

年輪を重ねた今だからこそ、説得力をもって、本多君の歌詞の世界を歌いきってやる、と。

今日は「君の笑顔を待ってる」を録音して、本当に、表現力不足だったし、メロディーだけしか歌ってこなかったのだなぁと、反省。

最後の最後で、フルートが出てきてね。それが「明るい未来」を表現しているみたいなね。

とにかく、いいのが出来そう、自画自賛だけど(笑)。

写真は、小学校の時に使ってたピアニカね。これ、録音に使ってます。やっぱり生楽器の表現力ってすごい。エッグシェイカーもね。
 
楽しみにね!
 

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今日は、note'n notes レコーディング でした。

前回の諸事情により、今日は2曲。田舎暮らしのプロポーズとHappyMakerです。

田舎暮らし〜、から録る。前回歌ったので解釈面は問題なく、声もよく伸びる。前回と全然違うなぁ。

私たちは、最初、通しで軽くうたんだけれど、その時に、いろいろ解釈を変えてまゆっちょが歌ったりして、モニターだけでそれがお互い分かったりして、それってすごいことだし不思議なことだなぁと。

年代が近いからかなぁとか思ったりするんだけど。つまり「いい、わるい」の共通認識がある、みたいなことだと思うんだけれど。

だから、暗黙の了解があるからこそ、ずれたときの難しさというのもあると思うんですが、息が合ってるときは、普通に出力二倍になるので、心強いもんです。

次はHappyMaker。イントロにタンバリンが必要なので、それを録音して、自分もエッグシェイカーを録音して、イントロを完成させてから、歌入れに。

ちょっと余談だけれど

この曲は、以前シングルで他者のアレンジで発表しているし、それにどうしても影響を受けてしまい、悩みの種だった。だからずっと最後まで残しておいた。

で、意識はしてなかったんだけど、最近、一番最初のこの曲のデモを耳にして、自分の最初に思い浮かべたアレンジを再認し、やっぱしそれで行ってみようと思い、昨日の時点で、やっと「これはいけそうだ」と確信をもてた。

具体的には、サビは、イントロのメロディが後ろで奏でられていたり、Aメロは、シングシングシング風のタムの連打があったり、この曲を書いた時から、ずっと頭の中にあったアレンジだった。

大分違うので、まゆっちょがどういう反応を示すか本当に心配だったけれど、とても気に入ってくれた。とくにタムの連打は、まゆっちょもシングシングシングを想像したらしく、これにはびっくりした。

よかったと。閑話休題。

やっぱし、最初は軽く全部通して歌うんだけれど、今回はそのテイクを半分くらい使ってます。

この曲は、私たちが一番最初に書いた思い出深い曲。そして、自分の作曲の幅を広げてくれた曲。

しかし、この曲はなかなかの難物だということが判明。特に、オクターブ跳躍や、まゆっちょが安定して出せる最高音よりさらに高い音を要求されたりする。その割には、サビではパーンとブレイクしたりもしない。

「難しいなぁ」

とお互いつぶやき、適度に休憩を入れたりして、取り組む。

そして、ある一つの完璧なエピソードが(笑)。これは、ちょっと自分も鳥肌もんでした。なんというか、コンビっていいなぁ、と思うようなことなんですけれど。

なんか、まゆっちょが困ってることって、あんまりないような気がして。なんか、困ってるのは自分だけのような気がして。自分だけ助けられているような気がしてね。

でも、今回は、あぁ自分でも力になれてるんだなぁって。

これは、言っていいのかなぁ(笑)。まぁ、とりあえず今は伏せておくか。いずれ話す時が来るでしょう。

とにかく、ボーカルレコーディング、終了しました!2月に立てた予定通り終了したのでした!

これも、嬉しかったなぁ。ほんと、自分だけでは出来なかった事だよ。

写真は、ほんと、やり遂げた感じが出てていいねぇ。お互い「いいのが絶対出来るよ」なんて言い合ったりしてね。ほんと、どの曲もいい曲だらけだと思います。

そのあと、曲順を仮に決めたり、なんか、すごいまずいハリーポッターのジェリービーンズをもらって食べたりしました。

ジェリービーンズは耳垢味とかゲロ味とかあって、それも大分すさまじいものだったんだけれど、「まぁ食べ物だ」と納得させることは出来たんだけど、いちばんおぞましかったのは、腐った卵味。これは、ほんとうに、すさまじく、僕は、口に入れたものを出すということは絶対しない男だったけれど、これは不可能だと思い、出してしまった。ほんと「おえ」って感じ。

本当に、元気がなくなるレベルです。

よく、小学生が「ウンコ味のカレーと、カレー味のウンコ、どっち食べる?」とか言うじゃないですか。僕は、あれは絶対に「ウンコ味のカレー、だって、一応食べ物だから」と返答してたんですが、これを機に、考えを変えました。カレー味のウンコの方がいい。だって、とりあえずおいしくは食べられるから、と。

あと、在庫がなかったけれど、ハナクソ味も、たぶん食べられなかったかも。ハナクソって、結構、食べたことあるじゃないですか。だから、リアルに鼻くそが口に入ってると想像しちゃうんじゃないかなと。

最後は、どうしようもない話で終わるのでした。

この後は、自分は編曲・マスタリングを黙々と進め、まゆっちょはジャケット制作を進めることになります。

年内発売に向けてガンガン頑張ろう!


















 

今日はnote'n notesのレコーディングでした。

まず、オケを聞いてもらい、チェレスタがまゆっちょのイメージが違うということで、
マリンバに変更して、カラオケを作り、いざレコーディング。

うちらは、全部一気に歌っちゃうタイプ。歌い終わる。
うむ、悪くないんだけど。

なんか、リバーブのノリが悪い。
いつも、ふわーーーっとまゆっちょの声が空間に広がってゆく(これがまゆっちょの声のすごさを感じる瞬間)のだけれど。
なんというかざらっとしてる。

なんか設定いじったかな。そういや、生ギター録ろうと、プリアンプの設定をいじったような。
…でも、ちゃんと戻ってるしなぁ。

コンプか?リバーブか?
なんで今日に限ってこんなにいじくってるんだろう。なんかおかしいなぁ。

まゆっちょ、声を酷使しすぎたのか?

↑ここまで、脳内会話。 ↑

あまりに脳内会話が長すぎて、 まゆっちょが不安そうにこっちを見ているような気がする(笑)。

で、失礼を承知で、 正直に聞いてみたら、声を使ったことに対して思い当たる節はあるという。

そっかーー!原因がわかり、逆にこっちは安心した感じである。

だったら、早く休むべきだと、今日録ることはやめにして、ゆっくり休んでもらうことにする。

これがケツカッチンだったら、無理してでも録って行くのだろうけど

まぁスケジュールはまだ余裕があるしね。

来週2曲録ることになりました。

でも、これってすごいことじゃない。相方の不調が声でわかっちゃうという(笑)。俺らすごいなぁと(笑)。

ちょっと盛り上がりました。

そのあと、いろいろEQいじって、ざらつくところとか、極力目だないようにすると、意外に、その落ち着いた雰囲気みたいのが出てきてね、悪くなかったんじゃないかって。結構それはそれで愛着出てきてしまったりして。

でも、歌い終わった後の、細かい歌い直ししてほいい個所とかが残ったまんまだから、結局今回のテイクは使えないことになるんだろうけど。

あのまま行ってもよかったのか、撤退するべきだったのか。

どっちが正解とも言えないだろう。未来は分からない。選んだ方に迷わず行くべきだ。

さらに、今までまゆっちょはEQを一切使わないNO EQ ヴォーカリストだったわけだから、やっぱしNO EQで行かねばならぬ。

NOEQ・・・・ノエック、ちょっと、ユニット名によくないか。いつか使おう。

じっさい、EQで削った分、他の曲と比べると、声が細くなってしまっている。厚みがないというか。でも、この曲はほかの曲と、雰囲気がだいぶ違うから、これはこれでいいのではないかという考えが頭をよぎる。

うーん、80%完成してたから、おしいことをしたかな。少し後悔も感じる。

仕方ない、選んだ方を、迷わず進むべきだ。

吉と出ますように!

優柔不断なリーダーでごめん!

ありがとうございました。 

恋するふたり
大滝詠一
ソニーミュージックエンタテインメント
2003-05-21


大滝師匠の最後の新譜になったんですな。

幸せな結末、の大ヒットから、5年後のシングルだそう。

そう、5年、思ったより短いスパンだなと、今の年齢の自分からは思ったりしてしまう。

師匠は師匠なりに、結構精力的に動いていたんじゃないかなとか、思ってしまう。

僕はすぐ動ける身のくせに10年アルバムを出してないんだから、

こんなにマイナーな人なのに 、(まだ活気があった)CDショップではたかが千イクラの商品に対し、

大々的な展開を見せていた気がする。古譜のパンフレットとかもあってね。

記念に貰って歌詞カードと一緒に挟んでる。

これは、ショップの店員一人が気張ってもだめなことで、

レコード会社とかもひっくるめて盛り上げていかないと出来ないことで、

どうして、この人の新譜だけで、周りがこんなに(自主的に)動いてしまうんだろう、

どうして、この人が死んだだけで、勝手に周りの人たちが、

彼のその音楽だけでなく、温かい人柄のことまで勝手に語り出してしまいたくなるのだろう、

音楽の部分でない、そういうことを、最近は、考えてしまうことがある。




この新譜を聞いた時には、少し声に衰えを感じた。

でも、このころには、すでに病の兆しはみえていたのかもしれないと思った。

もしかしたら、昔から?はっぴいえんどの時代から?

彼のトレードマークとなってる、囁くような歌い方は、大滝さんは何かと理由をつけるけど、

本当は、病気で、こう以外には歌えなかったのかもしれない、とか考えてしまった。

そう考えると、このラストシングルは、生命をかけた最後のファンサービスだったのかもしれないと。

しかも、しごく平凡なタイトルで、「ラスト」をにおわせない周到さ。

「幸せな結末」で、ジャケットも「ファースト」と同じにして、アナログでマスターを作り

始まりに帰って、すべてが終わりだと、彼は言っていたのに。

だから、さらに新曲が出たときに「まだまだ続けるんだ」とこっちはまんまと騙されて、

実は、これで「幸せな結末」とする、ということだったのか。





もちろん、これは、一ファンの妄想にすぎない。

彼の発言や態度を傲慢と感じる人もいるらしいけれども。

周到なファンへの思いやりをしっかり施した後だからこそ、堂々と言えることなのかもしれない。

どんな発言をしようとも、大滝さんのファンへの答えは、いつか見つかる「そこ」にかくしてあるはずなのだ。

そして、彼の音楽について語りたくなる人がまた一人、また一人と増えるのだろう。 

さみしいけど、ありがとう、と、少し、後悔もにじませつつ。

ハナ肇とクレイジー・キャッツ
EMIミュージック・ジャパン
1991-02-27

大滝詠一さんは、自分が熱中した時代の音楽に、何度も何度も立ちもどり、検証をしていったという。「今3週目」とかなんかで読んだような。

こういった聴き方は、大滝詠一の天才の天才たるゆえんなのかな、と思ったりもしたのだけれど。

自分も、計8箱CDを売って、結局残ったのは、昔のCDが多かった。それしか聞くものがなくなったわけで、それを聞いてみたりするんだけれど、

昔しっかり聞いたものに限っては、また別の発見があるということにに気付いた。

つまり、時間が洗い流し、また別の真実が浮き出してくる。それに気づくためには、その内容について熟知している必要もあるということだ。

そういう、再検証を重ねてゆけば、「何が時間に流されないものなのか」ということが分かってきたりする。

それは、やっぱり「素直な表現」に尽きるのではないかなぁと思うわけである。

言葉の使い方のうまい下手でもなく、やはり、何かを伝えたいということの真摯な態度である。

もちろん、時代に受けいれられるためには、それなりのスマートさが求められるのだろうが、それは長い目で見れば、大きな問題ではない、ということだろう。

つまらない雑文だ。寝よう。 

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