2013年02月

マイク、一度しまうとまた出すの億劫で一向に歌入れが進まないんで…。

SH3J0115

こうなりますよね・・・・・・ならないか。湿気に弱いんでビニールに乾燥剤入れてと、意味があるのかないのかよくわからないボックスガード…、今や歌詞留めになってます。結構便利。

20 Classic Albums (10CD)
20 Classic Albums (10CD)

最近、ジャズにまたはまりつつある。しかも、若い時に避けていたジャズメンを。 デイブ・ブルーベック、そして、後日また書こうと思うけれど、チャールズ・ミンガスである。 デイブ・ブルーベックは、言わずもがな、「テイク・ファイブ」でクソ有名である(言葉が下品)。


アリナミンのCMに使われておった。

しかし、これ、アドリブがないのであるよ。ビバップから入った私としては、これはジャズではないな、と思った。

さらに悪いのは、ブルーベックのピアノである。あの方は、たまにアイディアに詰まると、コードをただひたすら乱れ打ちしただけのアドリブをお取りになられる。これが、バッド・パウェルのホーンライクなピアノに馴染んでしまっていると、どうも、私にはついてゆけない。

 しかし、個性的なことは確かだ。この歳になって、もうどれもこれも音楽なんて同じじゃ〜!と絶望していた私にとって、浮かび上がるように、ブルーベックやミンガスが再浮上してきたというわけ。

個性的にやるって、やっぱり難しくて、とても大切なことなんだな、と思ったりする。 そして、あまりそこにうまい下手とかは関係ない。やりぬく勇気、これが必要。

というわけで、20タイトルが10枚組のCDに入ったという超特価盤を買い、ちょっと適当に聞いて言ってみようかと思った次第。ミンガスも同じシリーズのを買ったよ。

Jazz at Oberlin
Jazz at Oberlin

結構カッコイイジャケットだ。水に映っているようで、実は違う写真を重ねたものみたい。

ライブ盤らしく、異常な盛り上がりである。しかし、断言しよう。この演奏の真価を理解している聴衆は1割に満たない、5厘くらいだったに違いない。

なぜなら。彼はここで超もったいぶった。テーマを吹かないのだ!これはリー・コニッツの専売特許だと思っていたが、そうではなかった。というよりも。1曲目の「ジーズ・フーリッシュ・シングス」はコニッツの十八番であり、意識したところもあるに違いない。

そのあとも、「パーディド」「スターダスト」「今宵の君」「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」と感涙もののスタンダードが続くが、まったくテーマを吹かない。アドリブの途中に、すっぴんメイクのつつましさよろしく、ふとメロディが出てくるのが、パッと見る宮崎あおい的に美しい。あ、「ハウハイ〜」はブルーベックがしっかり弾いてるか。

ポール・デスモンドを「クール派」と呼ぶ人はあまりいないだろうけど、これは完全に「クール派」の影響を受けているし、その代表作、傑作として挙げてもいいくらいだ。ゲッツの「プレイズ」とか好きな人は絶対聞いた方がいい。はまる。

というよりも、幽玄とも表現できそうなポール・デスモンドのアルトはいったい何なんだ。彼が拭くと、スピーカーの前に妖気が漂っている。どんなに早いフレーズを吹いても、その美しさは変わらない。こんな天才を私は看過してしまっていたのかと、少し愕然とした。

テイク・ファイブは通俗的ではあるが、彼のアルト以外であったら、ヒットしたかあやしい。このふわふわしたさみしげなアルトは唯一無二である。

デスモンドは常にクールだけれど、ブルーベックは、大分場の感情に流されているみたい。それもまぁ面白いかな。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へブログランキングならblogram
クリックしてくれると若干やる気が出るような〜。

20 Classic Albums (10CD)
20 Classic Albums (10CD)


最近、ジャズにまたはまりつつある。しかも、若い時に避けていたジャズメンを。

デイブ・ブルーベック、そして、後日また書こうと思うけれど、チャールズ・ミンガスである。

デイブ・ブルーベックは、言わずもがな、「テイク・ファイブ」でクソ有名である。


アリナミンのCMに使われておった。


あけましておめでとうございます。少し遅くなりましたが。ことしもよろしく。

最近思うのですが、自分の出来ること、出来ないこと、と言うのが明確になってきたなぁと。

若い時は上昇志向で、それに伴い脳みそも若く能力もついてきたのでしょうが、最近は上昇志向ばかり空回りして、失敗して、自分だけならいいんですが、周りまで巻き込んでしまう・・・という事態に発展しないか、というところでいろいろ尻込みをしている自分に気付くというか。

きっかけはあって、つい最近「2本のほうき」というあやとりをやったのですが、それが1週間後にはきれいさっぱりやり方を忘れてしまっていたのにショックを受けたのでした。

あやとりみたいな、そういうのは結構潜在的に興味のあることなのですが、それすら忘れてしまっているという事実。

復習しないからだよ、この言葉は最もです。ですが、復習しなくても覚えているのが「好き」ということなのではないでしょうか。

もしかしたら、昔から自分の能力の過大評価だったのかもしれないですが。それだったら、自己認識が変わった、と言うことでもあるでしょう。とにかく、小さからぬ変化を自分で感じているわけであります。

逆に言うと、自分を客観視出来始めているのかもしれません。自分の能力が落ちた、と認められることもそうですし、いや、それはもともと過大評価であったいう認識も、自分の能力のなさを見て見ぬふりをしているだけだった、という客観視につながるわけです。「客観視」を過度に求められる勉強をしているのも大きく影響していると思います。

最近思うのは「いろんな人がいるな」という実感です。今までの自分は、自分と、自分が理解できる人と、自分が理解できない人、と3つしか人間のカテゴリーがなかった気がします。とても傲慢な認識であったような気がします。

みんな、それぞれの価値観に基づいて生きているということを、私は見て見ぬふりをしていたようです。

そういうことに気付くと、世の中にはさまざまな音楽があふれているということに今更ながら眩暈がするということです。そして、手を抜いた音楽、、、、というのはあるかもしれませんが(笑)、それぞれ作曲家は己の美意識に基づいて音楽を作っているということ。

最近、昔流行ったアニソンなんぞをよく聞いたりしているのですが、こういう音楽は「楽しい」というのが前提にあるわけです。つまり作曲者は各々自分の思う「楽しい」を目指して音楽を作っているというとこです。そして、その思いは、どの曲も尊いものである気がしてなりません。

昔はえらそうに「何曲目と何曲目はよくない」とか言っていましたが、私にはもはやその差はないような気さえします。むしろ、そういうのはベスト盤ではなく、オリジナルアルバムの中の地味な曲に強く感じられる気もするのです。いろんな形の「楽しい」への思いが詰められているような気がするからです。

note'n notesの音楽は「楽しい」を追求したように感じられますが、自分としてはこっそりそこに「芸術」を仕込みました。「楽しい」だけの追及ではないと自分では思っています。

けれど「楽しい」だけを追求するのも素敵なことなのではないかと思います。そういうフィールドでも活躍してゆけたらな、と思ったりもしています。

もちろん、人間の感情は「楽しい」だけでできているわけではないですが、そういう、表現されるべき、けれど(現在において)十分に表現されていない「感情」みたいなものを、自分の音楽として表現して行けたらと思っています。

そんな感じで、今年もよろしくお願いします。

↑このページのトップヘ