2012年08月

33歳になった。やるべきことはきちんとやるとして。

音楽の目標、いくつか。

.譟璽戰襪鯲ち上げる
CDをいい加減出す(自分のソロ、初音ミクなど)
8充妥に考える

【解説】

 弔泙困海譴鬚箸蠅△┐彩松茲蕕覆い函△い蹐い軼括ができないような気がする。自分のソロ(製作中)もあるし、初音ミクの作品もあるし、ほかにもいろいろ作品があるかね。それを統括して管理する「記号」みたいなものが現実問題必要となっていて、それがレーベルを立ち上げる理由。

別に有限会社とか株式会社とか、そういう形にしなくて、ただ個人事業として、名乗りたいだけ。

こういう、かっこいいところだけを先に作ってしまうと、はったりっぽくて、仏作って魂入れずみたいな感じに見えて、少し恥ずかしいけど…、一歩ずつ、少しずつやって行こうとおもう。

◆弔曚鵑箸魯愁躡酩福■械穏个里Δ舛暴个靴燭ったけど、まあ仕方ない。キチンと進んでますよ。12曲を予定してます(インディーズの6曲入りとかのミニアルバム、って何か中途半端で嫌いなんだよね)。収録曲は、

雨の日
雪が降る頃
アイスティ
ミュージシャン
サポーツ
ありがとう神様
恋の日本橋
風の中
―――ここまでオケが完成している―――
妻よ
シャインな男
うしろにいるよ
偶然の音楽

になると思う。早く完成しないかなぁ。

それでも作品は日に日に増えておりまして、出来上がったら、すぐに次の作品に取り掛かかれるくらい。テーマをメモ帳に書いて、あとは暇にあかせて作るだけ。テーマがあればすぐに作品ができてしまう。本当に自分は天才だと思う。

そして、1枚発売したら、コンスタントに最低1年に1枚は何かしらリリースしてゆきたいと思う。

すぐに次の取り掛かりたいけど、次に取り掛かる予定のは、ソロとはちょっと違うもの。これも12曲くらいにまとめるので、結構掛かるプロジェクトになると思うので、これで来年の2013年は私的に忙しいこともあり、この1枚で終わってしまうかな。きちんと時間をとってやって行くぞ!

それから、初音ミクの作品をまとめたい。piaproにあげっぱなしの作りかけのもあるし、vocaloid2もそろそろ古くなってきそうだしね。2014年。ちょっと遅いかな。vocaloidを相手にすると、やはり曲調も変わってきてるから、これも続けたいんだよね。でも、これが発表できたらしばらくはいいかなって感じになると思う。

それとは別に、かなりシンプルなピアノと、少数の楽器だけで奏でられる「Old Folks」というシリーズをやりたい。「1」「2」…と進んでいくよてい。これは、いわゆる自分のキャリア初期の、ピアノ弾き語りの曲だけを集めた曲で、いいかえると、作詞家、本多広康との作品集、ということになる。もちろん自分の作詞もあるけど。自分にとって懐かしい音楽・仲間=「Old Folks」という感じ。50曲くらいあるよ。足りなくなったら本多氏に書き下ろしてもらえばよい。新曲でも本多氏は昔からの仲間なので「Old Folks」に間違いないしね。

このために、とてもいいピアノ音源を買いたいと思う。そして、それを動かせるPCも必要だね。それを、今までのCDの収益でまかなえたらいいなぁ。これが2015年。私36歳かぁ。シンプルな録音になると思うので、そんなに時間はかからないだろうと思う。だから、合わせて、ソロアルバムの第2弾も作って行かないとね。というか、この頃は曲がもういっぱいいっぱいになっているだろうよ。

8充妥に考える…で、現実的に考えたら、このスケジュールになる。あと、ブックレットはきちんと作るけど、盤はCD-Rにしようかと思う。値段もかなり抑えようと思う。その方が在庫を抱えなくても済むし。ただ、ブックレットにはこだわりたい。そんなに最初は売れないだろうし、売れたらプレスで増刷して、CD-R買ってくれたひとと交換してあげようと思う。そういう券を付けようかと思っている。

たまりにたまった音楽を思い切り吐き出したいね。

そうだ、フィル・スペクター的な音だけで固めた初音ミクのアルバムも考えていたんだ。これも本当はやりたいんだけどね。

一応、33歳の未来予想図でした。では。



行ってきました。こんなに興奮するライブは今までで初めてです!
セットリストを書くので、見たくない人は戻ってください。
パンフレットに載っていた、ハリウッド・ボウルでのセットリストと合わせて記します。

















無題



星野源とアメリカがオープニングアクトだったのですが、この時点で2時間半待たされており、星野源もMCで言ってましたが、かなりこの時点で体力を消耗してしまいます(笑)。もうビーチ・ボーイズで盛り上がる体力がもう残ってないんじゃないかと思いました。

しかし、それは杞憂でした。ビーチ・ボーイズの面々がぞろぞろと現れ(唐突だったんで、一番最初に出てきたデヴィット・マークスのときは拍手がほとんど起きなくて可哀そうだった)、「恋のリバイバル(Do It Again)」のイントロが流れてきて歌が始まったとたんに、もう会場はほぼ全員総立ち。中間部の緩やかなところで、マイクが宙を見上げて気持ちを込めて歌うとき、あ〜、ビデオで何度も見たマイクだ〜、とうれしくなりました。

そして1曲目が終わったら間髪入れずに「可愛いホンダ」!この選曲には本当にしびれた!日本だけに?と思ったんですが、ハリウッド・ボウルでもやっています。

このあまり目立たない佳曲には、本当に、感服してしまうのだけれど。この単純な3コードの曲に、どうしてこうもシンフォニーのように分厚いコーラスを付けられるのか、そして付けることをほかの人は考えつかないのか?普通なら白い御飯で出されるところを、ひと手間加えて、マツタケご飯レベルになってしまうようなマジック、これがビーチ・ボーイズなのかもしれません。

もうこの時点で、歌える人はすでに絶叫して歌っており、会場全体がビーチ・ボーイズになってしました(笑)。これはずっと最後まで続くことになります。これには結構マイクも驚いた表情を見せていたように感じました。何でこんなに歌えるのって表情でした。これは野球場がライブ会場ということでの解放感もあるような気がします。私の前や後や横も歌ってまして、サビでコーラスが枝分かれするときに「この人はどっちに行くかな?」と観察したりしてました。

最初の1〜6は間髪入れずに繰り出されて、もうこの時点でもうアドレナリン出まくり。

サーファー・ガールは美しいはハーモニーを楽しんだ。私はやらなかったけれど、腕をあげてゆっくり左右に振るアクションが会場でたくさん見られた。確かに、その動きがこの曲にはよく似合う。

コーラスのトップ・パートは、ブライアンのサポートでもおなじみの、ジェフリー・フォスケットが担当。ドント・ウォーリー・ベイビーで唯一リードを担当していました。

新曲「神の作りしラジオ」を紹介するときに、マイクがちょっと媚びるような口調でアルバムを宣伝しているのが面白かった。というか、やはりこの人がいなくちゃビーチ・ボーイズは成り立たないんだということを深く痛感した。彼が歌ったり動いたりすると、本当にステージ全体が明るくなるのだ。これは、もう生まれもったスター性としか言いようがない。

「神の作りしラジオ」はコーラスがあまり枝分かれしないけれど、会場が揺れるように歌う。みんな買ってるんだなって思った。新しいアルバムを結構聞き込んだけれど、この曲はやはり飽きがあまり来ないようだ。

そのあとびっくりしたのが「セイル・オン・セイラー」を歌ったこと、ブライアンが手のひらをあげたり下げたりして中間部を歌う。そしてそのあと「英雄と悪漢」の「ユア・アンダー・アレスト版(の変形)」をブライアンが歌う。セクションズに入る積み重なってく「アー・コーラス」までで終了という、ちょっと変則的なバージョン。

しかし、この2曲は、その時の自分の胸にはあまり響かなかった。これをレコードで聴くなら問題ないかもしれないが、ライブで聴くと、どうも曲としての力が弱い気がした。結局「ブライアン色が強い」と言ってしまえばそれまでなんだけれど。

結局、ブライアンは、録音で完結したい人なのかもしれない、と思った。そして、マイクはやはりライブの人間。お二人がそれをどこまで自覚していたか分からないけれど、マイクがブライアンの曲を「難解だ」と言ったのは、ライブ映えしない、という意味も込められていたのかもしれない。そして、それは正解である。

ビーチ・ボーイズの最大のヒットシングル、「グッド・ヴァイブレーション」ももちろん歌われたが、これはライブという場面において、明らかに「可愛いホンダ」に劣っていた。これはしっかりと指摘したいと思う。

新しいアルバムからもう一曲「今がその時」、新しいアルバムで、「〜ラジオ」とこの曲が2第フェイヴァリットだったので、少々驚く。この曲はウクレレをバックに手拍子のタイミングが微妙にずれるという、ブライアンの曲作りの一つの特徴を示した曲だったけれど、一般性はないと思っていたが、なるほど、そんなことはないんだな。帰ってからクレジットを見たら、マイクとの共作である。

歌詞が、現在のビーチ・ボーイズの曲作りについて書いているようで面白い。

 たくさん話し合った後で
 頭の中は音楽でいっぱいだ+o+
 この感じをわすれるな!
 あの夏のマジックを!(引用意訳)


そのあとは、まさかの「恋はくせ者」。分厚いコーラスが聴きもので、リード・ヴォーカルは耳に行かない。ジェフリー・フォスケットが歌っていたのかもしれない。さっき唯一のリード・ヴォーカルと書いたのは間違いかもしれない。それくらいこの曲のコーラスは厚く、聞きものなのだ。最後はアカペラになって終わるところが新しかった。

マイクが「日本でヒットした曲で…」といってみなの頭上に「?」のマークが浮かんでいたが、「コットン・フィールズ」のことであった。「サンフラワー」のB面に追加収録されたのは知っているが、これはシングルでも切られてチャート入りしたんだろうか…イングランドでは1位だったらしいが。しかし、これをつい昔のことかのようにMCするマイクがとても愛おしい。

ビーチ・ボーイズは伝説でもなんでもなく、それは本人達にしてもそうでもなく、1曲1曲が懐メロでも何でもなく、「ウケなくてはいけない!」「利益を出さなくてはいけない」という死活問題をはらんだ事項だということが伝わってきた。これは音楽をビジネスにする時点で、負の要素で語られることも多いが、それがむしろ嬉しかった。客を喜ばせるために進化してゆかなくてはならない、ビジネスを含めた現在進行形のバンドであるということが、ビーチ・ボーイズのファンである私にとって、ものすごく心強かった。

それは、客層を見ても明らかである。すごく若い層も多かったのである。懐メロだったら、腹の出たオジサンたちで占められてもいいものの、実際は、自分より若い世代もたくさんいた。女性もかなりの割合を占めていた。男女比6:4ぐらいじゃないかな。

若い層(さらに男)、というのは、問題もはらんでいる。それは、いわゆる過大…とは言わないが過剰評価されていた「ペット・サウンズ」や「天才ブライアン・ウィルソン」に引きずられた層である。若い人たちは、こういう情報に敏感で、すごく影響されてしまうところがある。ブライアン・ウィルソンが初来日した時に、異常にブライアンが再評価されていて、鳴り物入りの来日であったが、私はその公演に行かなかった。なぜなら、ブライアンはライブの人ではないと思っていたからである。それに、ブライアン・ウィルソンは好きだが、そういう頭でっかちな聴衆に対して反発も感じていたところもある。伝説だからと言って、それを拝むだけのコンサートなんてつまらないと思っていた。

ブライアンはその後何回か来日しているが、たぶん、それに一度でも足を運んだら今回のコンサートには足を運ばなかったかもしれない。それは、今回のブライアンの少ない動きや、ファンサービスのなさ、ぶっきらぼうとも思える歌い方などを見てるとやはりそう感じざるを得なかった。ビーチ・ボーイズもその延長のライブでしょ?と思ってしまったかもしれない。一緒に行った人も、「あの人(ブライアン)がこれらの陽気な楽曲を作ったとは到底思えない」と言っていた。でも、まぁそこが萌えるんだけどね(笑)。

そう考えると、ブライアンのソロは、ビーチ・ボーイズとは切り離して聞くべきなのかもしれない。そういう心づもりでいれば、ブライアンのソロも聞いてみたいかなと思った。「レイ・ダウ・ユア・バーデン」が聴きたいんだよね。まぁ、おなかの出たオジサンばかりだろうけど。

ビーチ・ボーイズは老若男女で大盛り上がりである。

ブライアンは、どっかりとキーボードの前に鎮座し、縁の下の力持ちみたいな感じで、みんなを見守っていたように思える。やっぱり、彼もステージにいないとさみしいのだ。

そんなブライアンが、マイクにいきなり振られて、ぽかーんとすることがあった。そして「デニス?」と答えて、今は亡きデニスのヴォーカル・トラックに合わせて「フォエバー」が演奏される。引き続き、カールのヴォーカル・トラックに合わせて「神のみぞ知る」が演奏される。なんか、生のヴォーカルより音がよいのはなぜだろうと思いつつ(笑)。

デニスとカールが歌っている姿がモニターに映し出され、それを眺めるブライアンが会場の両脇に設置されているサブモニターに映し出される。ちょっとタオルで顔をぬぐっていたが、どうやら泣いていたようだった。デニスもカールも、ブライアンより若くして逝ってしまった。本当に悲しいことだろう。

つらつら書いてももうきりがないので、そろそろ締めよう。

「ヘルプ・ミー・ロンダ」は、本当にアルはいい曲をもらったなと思う(笑)。ちゃんとDbで演奏していた(Cでやることが多かったから、これはDbでないとね)。もちろんみんな大合唱。「ロックン・ロール・ミュージック」は、内心軽視していた曲だが、マイクがネブワースとかいろんなところで歌っているのを散々ビデオで見せられているから、それと完全にシンクロして、自分の脳内もネブワースに飛んだ(笑)。つまりビーチ・ボーイズが、全然老いてないように見えてきてしまった!コーダ近くの「イフュウォノダンスウィミー・・・・・・・ワ!!!」がまさか生でできるとは!!!本当に感動。そして必殺、「サーフィンUSA」。全員合唱で「イッサイガッサイUSA」ですわ!!もう幸せすぎる〜〜!

それでみんな引く。すると、すぐブルース・ジョンストンが「もう数曲聴きたいか〜!!!」と出てくる。戻ってくるのはえーよと笑いつつ、「ココモ」へ。パンフレット買うとき並ぶときに「あたし『ココモ』が聞けたらそれでいいわ〜❤」と言ってた姉ちゃん、良かったね。イントロのなんか呪文みたいな言葉をマイクが客席に振るけれど、え、そこ歌えないしって。家帰って歌詞を見たら地名だったんだ〜。それなら歌えると思ったのかもしれないが裏目に出たね。固有名詞は逆に難しいのだよ><

そして、「バーバラ・アン」へ。この曲もちょっと軽視していた曲だけれど(笑)、ライブだとホント盛り上がるね。音程適当に歌っても、大体どこかのコーラスにフィットするから、みんな歌える、という。アメリカもこの曲から参加していました。星野源は来ず(星野源は「スマイル」が好きだそうです)。

そして、ビーチ・ボーイズの最高傑作「ファン・ファン・ファン」。もうこのころは頭がぶっ飛んでたね。もっとマイクの動きとか見ればよかった。そしてコーダのファルセット、もうみんな待ってましたで「ううーーーーーーーーーーーー!」ってやってたね。

もう終り?って感じで終了。

あっという間。もっと聞きたい(涙)。そんなときに「サマー・ミーンズ・ニュー・ラブ」の音源が流れて、あぁ、これで本当に終りなんだな、と。

しかし、これはビーチ・ボーイズまだまだ元気だなって思った。

自分は、あまりコンサートで感動しない。自分の感性の問題だと思ってた。だけど、確信したね。本当にすごいコンサートというのは、自分で変に意識を持っていかなくても、もうビッグウェーブのように快楽が押し寄せてくるんだと。ただ身を任せていればいいだけなんだと。

そういえば、ビーチ・ボーイズはアメリカで最高のライブ・バンドと評されたこともあった。それはまったく衰えることがなかった。アメリカ一のライブは、ほんとにすごいものだった。有無を言わさぬ迫力に満ちていた。

それはマイク・ラブの花のある動きもそうだけれど、ブライアン・ウィルソンの楽曲とアレンジ、そして、それをがっちりと支える分厚いコーラスワーク、そのどれも欠けては駄目なのだということ。

こんな見事に期待を裏切らなかったライブはないだろう。期待を裏切られた人なんて、前述の再評価組の頭でっかちのファンだけじゃないかな。だからみんな次来日しても絶対に聞きに来ると思う。自分もそうだから。

だから、また来てね!

興奮しちゃって、当日の夜は全然眠れませんでした(笑)。夢がかなったんだもん、当たり前だよな。

あ、最後になりましたが、デヴィット・マークスはギターがすごくうまくて、数合わせのための参入ではないということをきちんと書いておきます。「サーフィン・サファリ」でギターソロで前に出てきたときに、マイクがにやけていて、会場も「あーー」ということでちょっと笑いが起こりました。なぜなら、デヴィット・マークスが実際にオリジナルで演奏しているのはこの曲と409だけだから…(レコードではカールが弾いてるんだろうけど)。というか、みんな歌を覚えていて、本当にびっくりした。ビーチ・ボーイズが好きな人って自分だけじゃないんだなって、なんだか嬉しかった。というかみんな詳しいよな〜。

【おススメCD】

左)最新アルバム。温かいコーラスワークにほっとする。ライブを思い出すという新たな楽しみも増えた。日本盤もあるよ。
中)これでもかとぎっしり詰まったベスト盤。アメリカで100万枚売上のプラチナディスクを獲得しました。
右)ゆっくり目の曲を中心に集めたアルバム。私のMP3にいつも入ってます。素晴らしいコーラスをワークをステレオで。


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リアル・リー・コニッツ
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久しぶりにジャズを。私はリー・コニッツというアルト奏者に中学時代にしびれまして、ある1枚を徹底的に聞き込みんだものです。

しかし、その1枚以外にはあまり聞いたことがないのです。そういうことってありますよね。その最初に触れた一枚が、もう完璧なくらいの名盤だったんだと思います。だから、その「完璧さ」をそのままにしておきたいって気持ちになるんですな。

たとえば、私はバルネ・ウィランというサックス奏者が好きなのですが、「ルヴェンゾリの野犬」というアルバムが本当に素晴らしく、こんな魅力的なサックス奏者はいないんじゃねぇの?って思ったほどですが、彼の死後、そのアルバムは復刻される気配もなく、日本で吹き込まれた、どうでもいいようなアルバムばかりしか手に入りません。このアルバムに先にふれていたら、バルネ・ウィランにそんなに愛着を持たなかったのではないでしょうか?

さて、リー・コニッツ、彼のこのアルバムは聞いてみたいと思ってた。というのも、ずいぶんこのアルバムは変わっているからだ。コニッツ自身が編集に携わって、自分の「おいしい」ところだけど抜粋した内容になっている。だから、途中で演奏が終わったりしている。

解説を読むと、コニッツの「自信作」とのことだ。確かに、この純度の高いアドリブには舌を巻く。透明な天然水が汲めども尽かなくあふれ出てくるさまは圧巻である。

リー・コニッツはトリスターノ学派というものに所属する演奏家だが、この音が出る前に2歩引いて考える、みたいな姿勢は実にユニークで、今でも異彩を放っている。

でも、それが時にあだとなって、いったい何がおもしろいのか?と聞き手が置いてきぼりになる演奏も多数見受けられる。

この盤はとてもバランスがいい。その「あふれ具合」がまったくもって圧巻だから、それで聞けてしまう。

それと、バラードがすごくいい。コニッツはバラードを吹くと、どこか音色的に間が抜けた面白さが出てくるが、イージー・リヴィングはそのテーマからの崩し方といいい、曲の形もかなり変質しているにもかかわらず、この曲が持つけだるい雰囲気が見事に表現されている。

このアルバムは初心者ご法度といわれるけれど、そんなことはないと思った。

しかし、最後の曲までアルト・ソロのフェイドアウトって…リー様、ドSでございます。

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