2011年05月

tico☆りん、ブログも音楽も頑張ってるなぁ。素晴らしい。

私がアレンジしました。超名曲。ちょっとスペクター風味。

tico☆りんのブログ
http://ameblo.jp/tico-blog/

※リンク、もう少し待ってねm(__)m

合理化とは

自己のとる行動・態度・考えに対して、論理的・道徳的に妥当な説明を与えて、不安や葛藤を回避しようとする心的過程のこと。

出典:http://www.1-ski.net/archives/000395.html

簡単に言うと言い訳、ってことですが。

この合理化の理由づけに「感情」を持ってきてはいけないと思うのです。
なぜなら「感情」なんて、持ちようによっていくらでも変化できるからです。
つまり、

「嫌いだから、人を殴った」

というのは理由にならないということです。

最近ニュースでも「むしゃくしゃしてやった」というのが犯罪の動機として堂々と報道されたりしますが、とても危険な兆候です。

マスコミによってこのような報道に慣らされてしまうと、「そういう動機づけをしていいのだ」と錯覚させられてしまうからです。

「むしゃくしゃしてやった」という報道に対して「それは理由にならない!」と突っ込める人が何人いるでしょうか。

こういう意識を対外的、対内的に持っている人は気をつけた方がいいです。
こういう意識の人間は、究極的には

「どうして人を殺してはいけないの?」

ということを疑問に思ったりします。
だから「嫌なことを無理やりやらされた」という過程が教育上必要だと思うのです。
その憎まれ役を誰か買って出ないと…話がそれました。

あまり己の感情というものを絶対視・神格化しないように気を付けてください。

久しぶりに新曲を書きました。

といっても、世界平和とか、みんな独りじゃない、一つにになろうとか、そういう曲じゃないんですが、本当にすいません、申し訳ない限りです、ええ。

明日更新の音楽展望(ラジオ)で公開します。といっても酔っ払って歌ってるんで歌詞間違えてますがね。

ところで、31歳も後半になりまして、もう何にも興味ないんですが、生物としてこれでいいのかなと思ったりもしますよ。

ただ、自分の考えていることというのは、とても変わっていたり、異端であったり、それを思い切り「バン」と提示した時に、「あ、それ理解できるな」という人もいるんじゃないかと思ったりもするわけです。

そのためには、100パーセントとまでは言えないまでも8〜9割くらいまではストレートに伝える技術と度胸というのが必要になって来るのだな、ということを最近学びました。

一部の天才を除いて、若い人の言っていることというのは、オリジナルではないということもよく分かってきてしまいました。

歳を取るとそのあたりがストレートになるのではないかなと思ったりもします。そのためには、若い時にどれだけ「自分なりに」悩んだかということが大事になって来るのではないかなとも思ったりします。

なんかよく分かりませんが、多分適当に内容濃くやってゆきたいです。

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