2010年10月

りょうたと、文章は期待するつもりだった?
だけど、りょうたと正解も戦争したの?
でも、子供達みたいな否定したの?

*このエントリは、ブログペットの「豆三郎」が書きました。

さまざまな報道などを見ていると、なにが真実なのか分からなくなる。だから、私は「ふーん」という態度しか取れないようになってくる。

だいいち、

「真実」だけを重ね合わせても、その「なぜ」になりはしまい。

しかし、私たちが「真実」という言葉を使うときに「なぜ」を含んでいることを期待してしまう。これは仕方のないことなのかもしれない。

人と人が対話するときに、お互いに「真実」を話しているはずだ。

けれど「真実」というものが「なぜ」を含まない限り、この二人の間には「真実」だけでは埋められない溝があると思う(逆に言うと「真実」によって埋まらない溝もあるだろうが)。

それを埋められるものというのは、やはり、第6感というか愛というか、そういうものしかないと思う。そして、それこそ説明が出来ないものだ。

「真実」は「納得」させるものではない。

「納得」というのは「なぜ」を一方的に理解出来たときに起こる。そして、もちろん、その正解はやはり誰にも分からないし、どこにも書かれていない。

きのうは全員っぽい志願したかったの♪

*このエントリは、ブログペットの「豆三郎」が書きました。

ムツゴロウの本音 (文春文庫)
著者:畑 正憲
販売元:文藝春秋
発売日:1993-01
おすすめ度:4.0
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著書が多いせいか、ややルーティンワークな感じも見受けられる氏のなかで、久しぶりにムツゴロウ節を堪能させていただいた一冊。連載していた雑誌が違うらしい。


一枚のレコード (1978年) (中公文庫)
著者:吉田 秀和
販売元:中央公論社
発売日:1978-11
おすすめ度:5.0
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吉田御大は、憎たらしいほど音楽の聞き所を文字に載せるのがうまい。けれど、この本はわりと若いころに書かれていたので、ややペンが軽いところが感じられてそこが面白かった。今の氏の文章は、一部の隙もない。

そうだな・・・音楽を文章に載せているのではなくて、自分の思いを文章に十分に転写できてるところが、彼の著書の読了後のすっきり感に繋がっている気がする。頭がとてもいいのだ。そして、それは気持ちのよい音楽を聴いたときのカタルシスに極めて近いものだ。批評というのはひとつの作曲行為なのだ。

けれど、その作曲行為が、たとえばベートーヴェンやモーツァルトの音楽の代わりになるかというとそうではない。彼の文章を読んで、なんとなく「聞いた気」になっている人は、おそらく「吉田御大の音楽」を愛好しているのだと思う。そしてそれは断じて「音楽」ではないことを肝に銘じておくべきだろう。

久しぶりの更新になってしまいました…(汗)

さてさて、去る2010年7月31日と8月1日に行われた岡山県のお祭り「うらじゃ」で、ワタシの編曲を使っていただいた踊り連「鬼彩(きいろ)」さんの演舞の模様がYouTubeにアップされたのでご紹介します。



ほかに二つ、計三つアップされているのですが、一番音楽が聞き取れるこちらをご紹介させていただきました。曲は(なんどかタイトルだけご紹介していますが)「ソカうらじゃ2010」といいます。ソカのリズムを使っているからこう名付けました(安易)。

初めて見たときは鳥肌が立ってしまいました。使用していただいて本当にありがとうございました。

この曲の続編(ソカうらじゃ2011)(←安易)を今年はコンペに出品しており、ぜひまた使っていただけたらなと今は思うばかりです。

他の2つの動画は、審査本番の映像もあり、より熱の入った演舞を見ることが出来ます。ぜひチェックしてくださいね。

▼鬼彩さんのYouTubeのチャンネル▼
http://www.youtube.com/user/aki178aki

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