2010年05月


(5月31日までこの記事がトップにきます)
新曲できました!夏っぽくちょっとレトロな「わたしのことがすきにな〜る」です。ニコニコ動画版もありますよ→http://www.nicovideo.jp/watch/sm10708240

作詞はリチャードさん(http://piapro.jp/kofunz)です。ピアプロにてMP3公開中です(http://piapro.jp/content/rcoqrb96p0ojk3jk)。僕の大好きなビーチ・ボーイズ/フィル・スぺクター系のサウンドです。もちろんサックスはスティーブ・ダグラス。

初音ミクというと、なんの抵抗もなく聴いて下さる方と、まだちょっと抵抗がある方がいると思います。

初音ミクは「VOCALOID2」というYAMAHAの技術を使った音声ソフトウェアです。、この言葉は「ボーカル+アンドロイド」の造語なのですが、その「アンドロイド」の部分ではVOCALOID2はその意義を十分に果たした思います(このことはまたいつかryo-taのブログで書きたいと思いますが、書かないかもしません←なんだそりゃ)。

ですがもう片方の「ボーカル」の部分では、まだ未開拓な部分がたくさんあると感じています。つまり「より人間らしく歌わせること」。「ロボットとしての初音ミク」ではなく「人間としての初音ミク」と言い換えることも可能だと思います。

「ミクだったらはたしてどう歌うのか」ここがポイントです。ソフトウェアだとしても、サンプリングされているのは「人の声」なわけですから、それの持ちうる「感情」までををこちらで制御出来ると考えるのは、それこそ「アンドロイド」でしかないわけです。そうではなくて「歌手」としてのミクをもっと追究したい。美空ひばりの歌唱を誰がディレクションしようが美空ひばりであるように、初音ミクも初音ミクであると、僕は思っており、それを再現する技術がVOCALOID2には備わっているように思うのです。

僕はそれを目指して初音ミクの作品を作っていきたいと思います。

ぜひ、先入観を捨てて、今までと同じ「POPS」としてご視聴いただければ嬉しいと思います。

最後になりましたが、動画制作にあたり、下記の絵師の方々、素材サイトのイラストをお借りいたしました。心より御礼申し上げます。ブックマークにもまとめております。【わたしのことがすきにな〜る】使わせていただいたイラスト→http://piapro.jp/bookmark/?pid=ryotaito&view=image&folder_id=129427

▼絵師さん(ABC五十音順 絵の簡単な(拙い・汗)説明)▼
【berry357さん】http://piapro.jp/berry357(リン姐さんに抱きつくミク)
【mamettiさん】http://piapro.jp/mametti(チューを迫るちびミク)
【mizuseykさん】http://piapro.jp/mizuseyk(ミクボー然の図)
【mooさん】http://piapro.jp/moomumoo(ハートを胸にしたミク)
【mycoさん】http://piapro.jp/myco(ネギの陰からあなたを狙い撃つミク)
【NaoNakagawaさん】http://piapro.jp/nao_na(ミク+イチロー=ミクローw)
【Ravieさん】http://piapro.jp/Ravie(膝を抱え祈るミク)
【蒼ねこさん】http://piapro.jp/aoineco(KAITO兄さんにチュのミク)
【雨音くるみさん】http://piapro.jp/kurumi712(効果てきめん!人差し指を立てたミク)
【いつきさん】http://piapro.jp/Itsuki_Fuyuta(1番最初。もじもじミク)
【いんすとさん】http://piapro.jp/instrumental(ため息をつくミク)
【【黒峰】さん】http://piapro.jp/nakatoki_kuromine(瞬きするミクとボカロ戦隊「ネギグリーン」)
【友場 洋さん】http://piapro.jp/turedure(白目で「すきになーる」と迫るミク)
【妃。さん】http://piapro.jp/sa19840428(サムネ、→に向かって走るミク)
【フクラハギさん】http://piapro.jp/am370(ナイショのしぐさをするミク)
【豆柴さん】http://piapro.jp/mameshiba(鼻ちょうちんミクと踊ってるミク)
【ミヤビ#さん】http://piapro.jp/kurabu(ミクとミクオの図)

▼サイト様▼
【無料イラスト&フリー画像素材「プリデコ」】http://www.prideco.jp/

明日、土曜日はライブがあります。

多分この後は、歌う機会がぐっと減ると思うので、見おさめ、聴きおさめにどうぞ〜。ご利益あるかもよ。


2010年5月29日(土) 
場所:Pizzeria Buono Buono
時間:18:30~(OPEN)19:00~(START)
出演:伊藤龍太、tetsuyaいとうゆーすけ
料金:無料
詳細:3人のアーティストが出演予定。ライブチャージはありませんが、ピザ屋さんなので、お料理をしっかり頼んでくださいね(笑)。


やっぱり、歌うより作曲するほうが得意だと明確に自覚しました。本当に遅いのですが。

負け惜しみではないですが、でも、「歌が何たるか」というのを掴んでいる自信もあります、それを自分で実証出来なかった恨みつらみを、VOCALOIDに叩き込んでいると思うのですが。

だから、生だろうがDTMだろうが、僕は僕であるはずです。だから、明日、来てただける人も、これない方も、これからの「伊藤龍太」をぜひ引き続き応援してくれたらうれしく思います。

ではでは。ノシ

きょう豆三郎は、りょうたとりょうたは初音ミクはサンプリングしたかもー。
それで料理とか確認ー!
だけど、りょうたは下記は公開するはずだったみたい。
でも、豆三郎は、生産する?

*このエントリは、ブログペットの「豆三郎」が書きました。



(5月15日までこの記事がTOPに来ます)

「マイガール」YouTubeにアップしました〜。とりあえず今はご連絡だけ。ニコニコ動画にもアップしてます。シティ・ポップな感じ?プロポーズソングみたいでもあります^^素晴らしい詞はアキラさん、才気煥発な絵はmashiromuさん、そして音楽・動画は私です。ピアプロにMP3を上げてますので、ご自由にDL下さい。

【ryotaピアプロ】http://piapro.jp/ryotaito
【アキラさん】http://piapro.jp/kaku13_between
【ashironさん】http://piapro.jp/mashiron

おこんばんは!

というわけで、今月ライブがあるのですよ。いつもの場所「Pizzeria Buono Buono」、いつものダチ(演奏者)、tetsuya、伊藤ゆーすけ、いつもの時間、18:30~オープン、19:00開演。そして、いつものオーディエンスが来てくれればそれでいい…(背中で語っている感じ)。

ピアノ弾き語りでやります。「伊藤龍太」のレパートリーで行くので、初音ミクの曲はやりませんからね(汗)。

なかなかDTMをやっていると、生演奏の機会が遠ざかってしまうものですが、こうやって機会を与えてくれるPizzeria Buono Buonoの店長、シゲちゃんには心から感謝しています。

というわけで、お待ちしておりますお〜。

2010年5月29日(土) 
場所:Pizzeria Buono Buono
時間:18:30~(OPEN)19:00~(START)
出演:伊藤龍太、tetsuyaいとうゆーすけ
料金:無料
詳細:3人のアーティストが出演予定。ライブチャージはありませんが、ピザ屋さんなので、お料理をしっかり頼んでくださいね(笑)。

Beethoven: The Nine Symphonies [Box Set]Beethoven: The Nine Symphonies [Box Set]
販売元:MADACY
発売日:2006-11-21
おすすめ度:4.0
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■雪かき、落ち葉掃き・全集

こんな全集もそうないのではないか。

シュランメルンを聞くように楽しくてのんびりできる、そんなベートーヴェン全集ってないのだろうか。そんな事を「第二」を聴こうと棚を見ているときにふと思った。

クナッパーツブッシュ、ジンマン、シューリヒト、ワルター…どれも確かに名演と言われているものだけれど、すごく大事なモノが欠けている様な気がしてならなかった。いうなれば、(村上春樹ではないけれど)「雪かき」「落ち葉掃き」のような、誰にも顧みられないけれど、誰かがやらなければ世界が回ってゆかないような演奏が…。

それがこの全集には詰まっていた。

クリップスはウィーン生まれの指揮者。ロンドンsoという、異国のオケを指揮しているけれど、感じられるのは伝統に培われた、豊かな音楽のフレーバーである。

あぁ、そうか。全ての指揮者はこの全集にアンチを唱えることで、その存在意義を証明してきたんだな、と思った。そう表現すれば、この全集の持つ雰囲気が伝わるのではないか。

素っ頓狂な発言かもしれないけれど「英雄」(ひでお、ではなく、えいゆう)を聞いたときに「あ、これはフルトヴェングラーに似ている」と思った。でも、それほど空飛びな考えではないと思う。

例えば第二楽章の再現部第二主題がすっと早くなる。この楽章が冗長なのでそれを防ぐ伝統的な演奏流儀なのだと直感的に感じた。フルトヴェングラーも同じ表現をしているからだ。つまりフルトヴェングラーの表現も伝統的なそれを再構築したものだということが分かる。

そういう「新鮮」な驚きがこの全集のいたるところに見出せる。そして、その表現は「楽譜の的」を射ているとすごく感じる。

昔、お笑いのコントで「戦いごっこやろうよ〜」と言った出し抜けに、言った方が本気の蹴りを相方に浴びせ、笑いをとる、というものがあったけれど、今の演奏家のやっていることって、ほとんどこれに似たようなものだ。音楽のテンポを遅くしたいところも無視してインテンポで突き進む、ヴィブラートをかけるのが必然な形なのに「ヴィブラートの指示がない」と無視を強要させる指揮者。「伝統」を少なからず体内に宿らせている人間にはさぞかしストレスがたまるに違いない。もちろんクラシック界のみならず、世界がこういう方向に向かっているのは言うまでもないことだ。

かと言えば「伝統」を知らない人間が「伝統的解釈」を演出したりする。名前を出すと角が立つので控えるが、高名なあんなピアニストやあんなヴァイオリニストなんかは酷いものだと思う。あれは「表現的」ではなくて「自分勝手」というものだ。

でも、それだけ「伝統の消失」に歯止めをかける使命感に駆られているのだろう。また、いろんな同情の余地もある。しかし多分そういう過渡期の演奏スタイルというのは、時代の狭間にそっと置いていってあげるのが正しいのだと思う。そういう意味で、ショパンコンクールでのブレハッチの圧倒的な優勝は、その次の世代への期待がすごく込められたものだったのだと、今だとすごくよくわかる。

なんか、興奮して随分長い文章になってしまった…。最近クラシックあんまり聞けていないので、クリップスのこの演奏に対する感動が大きすぎたっぽい(笑)。

で、そんな忘れ去られてゆこうとする「伝統の音」がこの全集には確かに刻まれている。すごくオススメ。リンク先のアマゾンは高いけれど、HMVでは700円だし。バンバン買ってください。


■クリップスの実力について

僕はクリップスの演奏を聴くのがこれが初めてではない。

有名な「ドン・ジョヴァンニ」や未完成、グレート等を聞いたことがある。この「グレート」(確かサンフランシスコso)がどうしようもなくしまりのない演奏で、その欠点は「ドン・ジョヴァンニ」でもいたるところで(とくに最終幕)で見受けられ、正直私も興ざめしてしまう時がある。

「ドン・ジョヴァンニ」は有名な盤なので、そこでクリップスの実力に「二流確定」の判を押してしまった方も多いと思うけれど、この全集はそのような欠点は見受けられない。オケの細部まで統率が効いている。

「どこかで緩むんじゃないか」と嫁の粗探しをする姑のような耳で聞いているけれど、みつけられなそうだ。

そうなると、はて、どうしてこの盤に限ってクリップスはここまでのやる気を見せるんだろう、と不思議に思う。ロンドンsoから初めっから尊敬のまなざしを持って迎え入れられたか、もしくは自分の人生の散り際に「一仕事頑張ってみるか」と気合いを入れたのか。全くそのあたりは原因不明である。本当に不思議だ。不思議すぎる(しつこい)。

どのCDから聴き始めても「いい買い物したな」と思うはず。けれど、すでにいたるところで指摘されているけれど、「第九」の終楽章の音質は酷いです。というよりもテープの回転数が冒頭おかしい。ここだけ、ね、あとは。

▼ヨーゼフ・クリップスについて▼
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%B9(ウィキペディア)

この全集のことも少しふれてますね。ふーん、有名な演奏なんだね〜。

ワルツ・フォー・デビイ
アーティスト:ビル・エヴァンス
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:1991-03-25
おすすめ度:5.0
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ジャズで大定番な一枚。知らない人いない。美しいジャケットの割には結構激いピアノとベースのやりとりが聴かれる。

でも、僕は、この盤をしばらく聴かなかった。10年くらいかな。理由は簡単で、盤に深い傷が付いていたから。

いつか買いなおそうと思っていた。それも、中学生の時にこづかいを貯めて買った同じ品番のものがいいな〜、と。そして、このたび、同じ品番で完品を中古で安価で発見したので購入した。品番はVICJ-23517、裏に一本ラインが引いてある(リバーサイドは薄い青)統一ジャケットのもの。定価は2300円。このころはCDも丁寧に作られていたな〜、とつくづく思う。

スピーカーに対峙して聴くのはもしかしたら初めてかもしれない。「マイ・フーリッシュ・ハート」のイントロが流れてきたとき、環境も機材も違うのに、懐かしい!と思った。

ベースが左でピアノが若干右に寄ったミックスバランス。これも今回初めて知ったけれど、初めて知った気がしない。DTMのミキシングででベースを左に持ってくるのが自分流となっているけれど、もしかしたら、無意識のうちに影響を受けていたのかもしれない?

このベーシストがスコット・ラファロというスゴイ人なわけだけれど、ほとんど当時はピアノしか聴いていなかった。けれど、不思議なことに、ラファロのパートも随分覚えていた。若者の吸引力ってすごい。

今アパート暮らしなので、大きな音量を出せないので、ラファロのベースを楽しめないだろうな、と思っていたけれど、むしろラファロのベースは、低いところにとどまらずに旋律的に行くので、とても楽しい。というよりも、ラファロのベースばかりに耳が行ってしまうのはどういうことか。ラファロの少々エキセントリックなベースが、むしろリラックス感を与えるというのはどういうことだろうか。

懐古で音楽を語るようになったらオヤジ化の始まりだと思うけれど、「その時何を聞いていたのか」を再認識することは決して無駄じゃないなと思った次第。

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