2010年04月


新曲アップしました。初音ミクに歌わせた「初恋桜」という曲です。詩はtionさん、絵は優和さんの作品です。お二方ともピアプロにいらっしゃいます。本当に、ピアプロは素晴らしいアーティストがたくさんいて、切磋琢磨しており、自分も頑張らなきゃなって思います。

優和さんのこの絵は、本当はもっと縦長で、申し訳ないながらも、少しカットしてしまったのです。ぜひプアプロに原画を見に行ってくださいね。見ているだけで涙が出てきそうな素敵な作品です。

この曲のmp3もピアプロにありますので、気に入ったらダウンロードしてi-podのおともにしてくださいね。

▼詞 tionさん「桜」▼
http://piapro.jp/content/g4v16j614hvz6djp

▼絵 優和さん「spring」▼
http://piapro.jp/content/2v0y7v7ngl9du2n7

▼ニコニコ動画もあるよっと▼
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10258568
(画質、音質改善したのをUPしなおしました!ニコニコのほうがYouTubeよりきれいにアップできるんですね。知らなかった。)

(4月11日追記)

フルヴァージョンが完成しました。

http://www.youtube.com/watch?v=sJKOllEttp0(YouTube)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10359657(ニコニコ)

絵は、前述の優和さんをメインに他の作家さんのも使わせていただきました。ご御礼申し上げます。

【久楽さん】http://piapro.jp/kutara
【sealagoonさん】http://piapro.jp/sealagoon
【Hituzi123さん】http://piapro.jp/hituzi123

shortとfull、どっちがいいんだろうなぁ。自分では少々判断しかねますので、両方聴いてみてください(笑)。fullもピアプロにmp3置いておきましたのでご自由にDLくださいね。


マイガール/初音ミク powered by ピアプロ

新曲できましーーーーーーーー(涙)。アキラさんのマイガールという詩に曲をつけました。

▼アキラさん「マイガール」▼
http://piapro.jp/content/vwrdedwmw3snik2g

音が悪いのは、このピアプロプレイヤーの仕様なので、ぜひDLして聴いてみてください。音が全然違います。そして、初音ミクの調声が、結構、大変でした…。

でもおかげで、相当初音ミクのニュアンスが分かりました。次はもっとサクサク作れると思います。楽曲的には、かなりトリッキーな転調をつかってみました。気づかないでしょ。まあそのあたりが腕の見せどころやね。

今からYouTubeとニコニコ用に動画を作ります。ゴールまでもう一息。ちゃお。

先日レンピッカ展にBUNKAMURAへ行ってきました。

▼レンピッカ展公式サイト▼
http://www.ntv.co.jp/lempicka/

正直全然興味がなかったけれども、最後の方では「1人の絵描きの生涯」が重く実感させられた。

何の個性もない初期の作品から、いわゆるレンピッカの「個性」が「突然」表れ一世を風靡した絶頂期。そして絵の注文が激減し、作風に迷いが見え、抽象画にも挑戦した迷走期、そして、従来の肖像画に舞い戻った晩期。それが時代順に展示されている。

絶頂期の作風は僕をいらいらさせた。そこには女の傲慢(そして裏返しの自信のなさ)と自らの作風を省みようとしない無反省さが感じ取れ、「これは必ず消えてゆくだろう」と僕は予言することで、この女流作家を封じ込めた。そして、それはしっかりと的中することになる。

絶頂期の肖像画は、こちらに目を向けているものが少ない。おそらく、人間というものを信じておらず、そして愛していなかったに違いない。元旦那を描いた未完成の肖像は、やむを得ず向き合わずを得なかった(おそらく)唯一の相手であり、人間と交わることで付いて回るいやな面、嫌悪感や恐怖感だけで描かれているような、おどろおどろしい作品である。

しかし、晩年の肖像画は違う。昔日の作風が入り込むことがあっても、そこに描かれているのは「人間」であり、温かみやユーモラスさがあって僕は好きだ。とくに顔を隠している女性の作品が気に入った。

けれど、これらの作品がレンピッカの代表作として扱われることはない。本来の自分の姿を知ってもらうには、裏切り続けた時期が長過ぎたのだろう。けれど、最後に本来の自分に戻れたレンピッカは幸せだったに違いない。晩年の写真のいい顔をしていた。

CDの規格以上のものが配信で手に入ってしまう。

これは、いろいろ言いかえられる。

CDの規格以上のものを自分から配信することができる。
CDの規格以上のものは配信でないとできない。

かといってSACDはなかなか定着しないし。もうCDが消えてしまうのではないかと思った。実はものすごくダイナミックな変化の時期に我々はいるのかもしれない。それの流れを味方につけられるのは、既存の「レコードを売る」コード会社のアーティストではなくて、アマチュアからぽっと出てくるような気がする。もう自分の部屋が売り場になる時代が来る気がする。

ユーザーとしては、プレイヤーがCDの規格にのっとっていいるので。その「CDの規格以上」のデータをCDに焼いてコンポで楽しむ、ということができなくて不便だ。僕は「DVDプレイヤー」でCDを聴いているけれど、このデータを「CD」と認識させずに例えば「DVDの音声」とか、高フォーマットのファイルとして認識させ再生できるようなことができたら未来が開けてくるかもしれない。最近のDVDプレイヤーはMP3も再生できるので、「CDの規格を超えたMP3」というものが開発されたらいいのになあと思う(素人考えまるだしですけど、あくまであったらいいなの話)。

現状パソコンで再生させることになるけれど、それでもWINDOWSでASIOも通さずに聴いて、その規格を生殺しにしているリスナーなどはゴマンといるだろうし(その前に私はASIOも少々疑いを持っているけれど。ちょっとマックをいじってみたい)、こちら側の「自衛」もしっかりしていないとアーティスト側も開発側も報われない。

共に意識を改革して、音楽の未来を考えてゆきたいですね。おしまい。

今日は、東京都庭園美術館にアール・デコ展を見に行きました。

▼東京都庭園美術館▼
http://www.teien-art-museum.ne.jp/index.html
(グーグルマップがなぜか新宿と表記されていて、行かれる方は注意、目黒にあります)

西洋美術史にかなり疎く、というよりも、意図的に鈍感を装っている自分ではあるのですが、やはり何個か並列的に作品を見てゆくと、「なるほど、これがアール・デコであーるか」と思うようになった。

とにかく、芸が細かい。バスルームの排水溝の網までにイカした模様をあしらえる芸の細かさは、今のPOPSに通じるようなものがあるのではないかと思った。その割には全体的にはとても簡素に感じる。

だんだん利便が追求されていゆき、同じ大きさ形の製品が大量生産されてゆく時代にオーバーラップするようにアール・デコという風潮が出てきたと、確かそんな事が書いてあったように思う。もちろん、一度便利を知ってしまった人間が、昔の時代に戻れるわけでもないけれど、そういう工業製品でも、気の効いたことってできるよね、という風潮だったのではないか、・・・・っていうのは個人的に思ったこと。

細かい装飾というのは昔っからあったわけだけれど、それを「木」ではなく、今度は「鉄」や「ガラス」にもしてみましょうよ、というのがアール・デコなのかな、違うかもしれない。

でも、自分勝手な解釈を推し進めるのならば、アールデコは「終わった」のではなく「淘汰された」というべきなのではないだろうか。前述のように、それは今でもしっかり息づいているように私には感じられるから。

自分の好きな音楽で言うならば、例えばシンセサイザーで「ちょっと古ぼけたヴァイオリンの音」を出す、といったことではないか。これを本当の「古ぼけたヴァイオリン」でやるのは価値がなく、最新技術で懐古を演出する(実際には懐古だけではないけれど)ことにアール・デコ的価値が出る、みたいな。

けれど、完成したその音楽は「アール・デコ」ではないと思う。アール・デコとは動いているものの中だけに存在するものなのではないか。なぜなら、アール・デコは、様式を何一つ生み出さなかったからだ(と私は思ったから)。

「古ぼけたヴァイオリン」と「シンセで再現した古ぼけたヴァイオリン」、それが100%同じものだったら、それは同等の価値を置かなくてはいけない時代がすぐそこまでやってきている。それを、アール・デコは予言している。

だから、結局、高らかに「自分の言葉で」歌いあげるしかないのではないだろうか。

難しい話になってしまったけれど、そのあと庭園で桜を見た。もちろん新曲の「初恋桜」もそこで聴いて、ヒット祈願した(爆)。

そのあと、「白金のブックオフ」に寄った。白金はリッチなイメージもあるけれど、ブックオフもあるし、100円ショップもあるし、バーミヤンもあるし、ジョナサンもあるし・・・というよりも、それくらいしかない、むしろわびしい感じのところだった。

子供が「わーーーーーいジョナサン」と駆け足で店内に入ってゆく光景は、白金の化けの皮の下をくまなく照らし出していた。おしまい。


【FULL版の】初恋桜/初音ミク(short ver)【動画募集】 powered by ピアプロ

あんまり、制作後記みたいのは書かないのですけど、ちょっと書きたい気分だったので。お付き合いください。

自分は、「こういう曲を作ろう」という気持はあまり持っていなくって、出会った詞からインスピレーションを得ます。tionさんの詞に出会って、サウンドは出来あがってました。後はイメージを見失わないように、丹念に音符を重ねてゆきました。オケはすぐにできました。

そして、ここからが書きたかったところなのですが、歌ってくれるソフト、初音ミクの調声に3日くらい時間がかかりました。これがすごくつらく長い作業だった。

唐突ですが、私の父が、いわゆるWindowsのような便利なOSが出てくる前の、BIOSから書き始めなくてはいけないような頃のPC時代に、打ち込んでいた頃がありました。

伝わってます?うまく日本語書けません(爆)。無理に繋げずに書くと、今も父はPCを使っていろいろ楽しんでいますが、いわゆるマニアではなくて、普通に「PCを利用する」ユーザーです。けれど、昔の、起動するのにもいちいちプログラミングをしなくてはならなかった時代からもPCを趣味にしておりました。そのころは多分「マニア」に属していたのでしょう(というか「マニア」でないとPCをいじれない時代)。そのレベルを維持していれば、今ではいわゆる「ハッカー」になっていたかもしれないけれど、そうはならずに、いわゆる「普通のユーザー」に落ち着いた、というニュアンスを上記2行にこめたんですが、伝わってましたか(笑)。

で、話を戻すと、今では、お笑い草のドンくさい作業を必要にしたのだと思います。

そして、それを、自分が今やっているような気分になりました。

多分、近い将来、ただベタ打ちするだけでも、かなりの日本語で歌ってくれるヴォーカロイドが出現するに違いありません。そうすると、今自分がしている努力って、多分「笑い草」になってしまうんだろうなって、すごくむなしい気分になりました。

性格のせいか、自分は将来につながってゆく努力しかしたくないタイプです。父はB型のせいもあるのかもしれませんが、昔のものは平気で切り捨てていくタイプだと思っています。「あのときの努力って、今の父とどう繋がっているの?」と聞いても、「別に」と答えられてしまうような。そういう意味で、父をすごくうらやましい、と思いました。

けれど、自分も父の子ですので、ヴォーカロイドやDTMを「別に」と言ってしまう時期が来るのではないかって、すごく不安になりました。

これか!!!

この2日間、とても精神的に落ちていて、その原因を探るべくの文章だったのですが、多分、そういうことだなって、思いました!ちょっと元気回復。

そうだな。多分「別に」って言う頃には、本当に「別に」って言っているような気がします。その時は苦しみも何もないハズ。それまで頑張ってみよう。

初恋桜、自信作です。聞いてくださいね!!

【追記】

正直に告白すると、初音ミクの歌声は「死ねるほど好き」というわけではありませんでした。完成されたソフトウェアだと感じた事と、その知名度からこれを使用しました。

ただ、コツコツと作業をしていくうちに、初音ミクの歌声に「ああ、この旋律にはこんな表情が隠されていたんだ」とか「ここは初音ミクだからこそジーンとくるんだな」という場面が多々ありました。多分、制作するにあたって、こういう「気づき」はとても大事だと思いました。

初音ミクの歌声は、異質なようでいて、実はどのような楽曲にでもなじむ融和性があり、しかも作曲者に「気づき」も発動させる、やっぱり優れたソフトだと思った次第です。

でもめぐっぽいども欲しいぞ!誰か買って(爆)!


しばらくこの記事がトップに来ますの。最新記事は下にありますのでご注意ください。

伊藤龍太、初の初音ミクを用いた作品が出来ましたのでぜひ聞いてみてください。有名な山村暮鳥の詩に曲を付けたものです。

完璧に趣味的に作りました。一か所だけ「イケメンのなのはな」と歌わせているので探してみてください(笑)。

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