2010年02月



皆様皆様!新曲をアップしました。ライブで好評だった「コソアドカ」を、さらにアレンジしなおして、アップいたしました!ぜひぜひ聞いてみてください!!歌詞はこちら

「コソアドカ」とはなんぞや?それは、「これはこれ、あれはあれ、それはそれ・・・」というサビを持つ「歌」なので「こそあど歌」ということで、最初はひらがなで書いていたのでしたが、カタカナにしたら、なんか架空の楽園みたいなイメージが出て、それは歌の内容に無関係でないので、カタカナでつづることにしました。みんな、幸せになって欲しいという願いを込めた歌です。

YOUTUBE特典といたしまして(なんじゃそりゃ)、間奏にあの有名なお説教を入れておきました。聴いてからのお楽しみに。ライブではしませんので(笑)。

また、このエントリーは、Music Revolutionというコンテストのエントリにもなっております。このコンテストが終わるまでしばらくこちらの記事がトップに表示されます。審査員さん、こちらですよ!(笑)。私のプロフィールはこちらです。

みんなで、この曲をわーーーっと盛り上げてください!よろしくお願いします!

最近人気の「雨ニモマケズ」もどうぞよろしくお願いします。

シスター・キャリー〈下〉 (岩波文庫)シスター・キャリー〈下〉 (岩波文庫)
著者:シオドア・ドライサー
販売元:岩波書店
発売日:1997-06
おすすめ度:3.0
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すごく感銘を受けた。

キャリーとニューヨークへ駆け落ちしたハーストウッド、でもシカゴでの地位ある裕福な生活は望むべくもない。ハーストウッドが共同経営していた酒場も閉店し、ハーストウッドは堕落し新しい仕事も探さなくなる。キャリーは生活を立て直すために女優業の仕事を得、トントン拍子で出世してゆく。ハーストウッドの元を去り、ハーストウッドは無一文になり、物乞いをもするようになる。そして冬のニューヨーク、慈善であてがわれた安宿のガス灯のガスで自殺する。

この小説の面白いところは、キャリーやハーストウッドの行動を多角的に捉え、安易な結論に読者を結び付けないところにある。

さらに、当時は不道徳とされていた婚前交渉をもった女性を取り上げた小説で、女性が成功するというパターンは極めてまれであったらしく、この小説は出版当初全く売れなかったそうである。

けれど、そういった当時の読者が抱いたであろう違和感は、現在からしてみると、逆に理解できないほどだ。ドライザーがごく自然に不貞の精神描写を描くので、書かれた時代背景はとてもじゃないが感じさせない。ドライザーのまなざしは恐ろしいほど先の未来を見据えていたということだろう。

そして、独特の賛同を示したと思うと釘を刺し反芻される、立場をはっきりさせない文章。これは、現代人の生き方にそのものではないかと思った。

キャリーを「愚かな女」と見るか「やさしい女」と見るか、という二者択一ではなく、「二者択二」をするように、この小説は強要するといっていい。

そして、それは現代を生き抜くスベであるような気もする。こうすると、意外に誰も恨まなくても済むような気がする。

他にもいろいろ現代につながる興味深い問題の描写がある。セクハラなりワープアなりニートなり。まさに今にこそ読むべき小説だと思うのだけれど、版元品切れとはどういうこっちゃ。図書館で探してみてください。もし借りたい方がいらっしゃいましたらメールいただければお貸出しますノデ。



パスタを茹でたらこんなことに。すごく気持ち悪い。でも美味しかったよ☆

あと、ペンタブを買ったので、「つくし隊」をイメージして絵を描いてみた。あ、1名(本)足りないか(笑)。







あと、面白くもなんともない2コマ漫画。





pixiaというソフトで描いたけれど、このペンタブなのかPCのパワー不足なのか「レイテンシ」が生じるので、smooth drawというソフトが何となく使いやすそうだったのでこれで練習して上達しようと思ってます。動作が軽いのと、筆ペンとか入っているのが良いなと思いました。

うた日記みたいに気楽に日常のことが絵に出来たらいいなあ。

あと、真央ちゃん。銀メダルおめでとう!

マッド・アバウト・ザ・ボーイ(紙)マッド・アバウト・ザ・ボーイ(紙)
アーティスト:シビル・シェパード
販売元:P-VINE
発売日:2003-03-26
おすすめ度:4.0
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このアルバム、僕がジャズに興味を持ち始めたころに、新星堂がCDで発売していたんですよね。つい最近もね、同じCDを店頭で見たんだ。自社のレーベルで出したクラシックCDを在庫あるだけディスカウントしてワゴンで発売していてね、その中に混じっていた。

昔からなんどもなんども手にとって「念聴」して(最近「念聴」出来ない若者が多すぎるゾ!修行すべし!)でもそれでも結局手が出なかった。

で、先日LPで見たら、絶対に欲しくなったというのはどういうことか。全く人間というのは不可解極まりない。

今ジャケうらを眺めると、自分の大好きな曲ばかりで、なんでこれを見逃していたんだろうと不思議になる。「言いだしかねて」「マスカレード」「アイム・オールド・ファッションド」「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」・・・、自分のために作られたアルバムではないかと思ってしまうほど。

若い時に買っていたら、多分、今頃ほこりをかぶった状態で出てきて「こんな曲入ってたんだ〜」と気づいて、思い出をただなぞるだけのような聴き方になってしまっただろう。やっぱり盤に出会うタイミングというのも縁なのだな、と思う。

さて、A面は、オセオセのボサノヴァ大会だけれど、B面は、ややしっとりしたジャズの雰囲気が強くなる。このA面とB面の緩急のつけ方が実に見事な「作品」を感じさせてくれる。

「オールド・ファッションド」を聴くと、ジェローム・カーンは偉大だなぁって再認識する。

そして、なんといってもシビル・シェパードの歌のうまさと言ったらない。「本職の歌手顔負け」という表現も、実はどこか「でもやっぱり本職には少し劣っている」ような気分が含まれていることが多々あるけれど、シビルに限ってはそれは文字通りの意味になる。

結局「ここまでやれば十分伝わる」という見極めのうまさが俳優、ないし歌手のうまさであるのだと思う。シビルの経歴はよく知らないが、女優業で鍛えたと思われる、その勘を見事に唄に応用しているように聞こえる。

その表現の見通しのよさを獲得するのに俳優も音楽家も一生苦心することになる。僕は「そこだけに結果を求めないこと」ではないかと、今は思ったりしている。

今、適当に即興で歌を作る「うた日記」なるものをしているけれど、100曲も作れば、自分の「平均値」が見えてくるし、聴いてくれる人も分かると思う。それが多分本当の自分なのだと思う。

たとえば平均50点だとして、90点の表現を試みても突出してしまっておかしなことになると思う。しかも90点を取ったら、どこかで10点が出てくるわけで、ますますヘンテコなことになる。

その「平均値」を恥ずかしがらずに見てもらうのが、今年の自分の目標。結局一瞬背伸びしたって、その値で勝負しているはずなのだから。うた日記。よろしくお願いします。

あ、今日久しぶりに走った。1時間。しんどかったけど、天気が良くて楽しかった。

ラブリー・ボーンを観てきたよ。

映画の興行収入を支えているのは無数の素人なわけですから、素人意見を臆面もなく言わせてもらいますね。

点数を付けるなら100点中30点と言った感じです。

始めはすごく緊張感があって引き込まれたんですけど、突然「え」と思うほど、おかしな「話の展開の仕方」になってゆきます。

始めからこういう展開の映画を考えていたとすると、この監督(ピーター・ジャクソン)さんの想像力を相当疑いますね、私は。

エンドロールが異様に長かったです。10分くらいあったのではないでしょうか。なんか色々大人の事情でいろんな要素を含めなくてはならなくなって、こういう映画になってしまったのかなと思うと、若干の同情の余地があります。

ただ、その変なところを指摘するには、「しかるべき流れ」から違和感を感じた部分を指摘するのが一番なのですが、この映画は本筋に合流するように違和感が流れ込んでくるので、観終わった後には、何が違和感だったのかがよく分からなくなっているっところがうまいというか、狡猾というか、けむに巻かれたような感じがしました。

ただ、死の世界からのメッセージが、生の世界に届く、観たいな設定は、あまりにも幼稚にすぎるのではないかと思いました。

本筋とは関係ないですが、母が娘を殺されたショックで遠いカリフォルニアのオレンジ畑に出稼ぎに行ってしまいます。日本だとこういう場合「北」に向かうのでしょうが、アメリカだとカリフォルニアなんだなぁ、あんまり悲壮感が無いなぁと思ったりしました。けれど、それってカリフォルニアとオレンジに失礼じゃないか?

あと、なぜ、「ラブリー・ボーン」なんてタイトルが付いているんでしょうか?死んでも可愛い女の子のままだよ、ってことでしょうか?でも、死体は密閉された金庫に入れられていたわけですし、まだ事件後2年もたってないわけですから、まだ白骨化もしていないでしょう。鑑賞後「ラブリー・ボーン」という印象に持ってゆくなら、もっとやり方があったような気がします。たとえば音楽の選択もそうですし、「現世にもどりたい!」なんて言語道断でしょう。もっと死後の世界を満喫していただかないと。

良いところ。ヒロインのスージーを演じたシアーシャ・ローナンが愛くるしさ満点でした。初恋の女の子を思い出しました〜。そして音楽自体はとても良かった。

最後に、僕にとって映画30点って、割といい方ですので〜。

マッド・アバウト・ザ・ボーイ(紙)マッド・アバウト・ザ・ボーイ(紙)
アーティスト:シビル・シェパード
販売元:P-VINE
発売日:2003-03-26
おすすめ度:4.0
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先日ツイッターで281028さんとおしゃべりしていて(ツイッターとはチャットみたいなものである)ジョン・コルトレーンのバラッドの話題になって、すこしコルトレーン熱が出てきた。

昨日津田沼にお散歩にいって、あ「バラッドあるかもしれない」とディスク・ユニオンをのぞいたら、あるんだよね〜。こういう時に限って(笑)。しかも盤質Aで420円だからね〜。絶対縁だと思って買いました〜。

ちなみに、津田沼のディスク・ユニオンだけなのかなLPを買うと、絶対に「鍵盤してください」と外袋を外された商品を渡される。あれ、どうしてなんだろうか?

思うに。CDジェネレーション(俺もそうだけど・w)がLPを買って、「プチプチ音がするよぉどおしてだよぉ」とかクレームを付けに来るのかもしれないと、邪推してみたりして。「そりゃあLPですから」「でも傷ついてないよぉ」「いや、細かい傷もあるかもしれませんし、その溝のすり減りは外見だ…」「(話を遮って)じゃあ、傷が付いているのに盤質Aなんていうなよお、おかしいおお」ってなるのかもしれない。

なんだろう、その手の「あきらめ」が出来ない若い人が増えてきた気がするのだけれど、気のせいかな。

かく言う僕も、幼い時に、右目と左目の瞬きの数が同じで、その力の入れ加減も同じじゃなければいけない、眠りに就く前にその両者のバランスを調整させてあげないとストレスに感じて眠れなかった、ということがあった。とても変な性癖。でもそれはいつの間にか忘れてゆかなくてはならないことだし(実際もうずぼらだし)、でも、そのまま体だけ成人になってしまった時の心労って計り知れないんじゃないかなと思ったりもする。

ま、いいや。

「バラッド」は置いておいて、それと一緒に買った、シビル・シェパードのこのLP(630円)がすごく良かった。シビルはアメリカの有名な女優さん。スタン・ゲッツが参加していて、美人の女優の横ですごく上機嫌なのがわかり「現金なものね」と思ったりも知る。多分「ギャラいいからもう一曲参加させて」なんて言っちゃいそうな雰囲気。

しかし、俳優で歌がうまい人が多いのは偶然じゃないだろうね。やっぱり、歌も「演じる」ことがとても大事なのだと思う。

でも、シンガー・ソングライター系で演技が達者な人って少ない気がする。「誰かを演じる」のではなくて「自分」で勝負しているからだろうかね。

先日、友人の演劇を見てきた。知り合いの演劇を見ていつも思うんだけれど、「自分も舞台に一度たってみたい!」ということ。たぶん、歌手魂がうずくんだろうね(笑)。今読んでる「シスター・キャリー」も演劇をすごく美しく描写していて、役者であるって素晴らしいことなんだなって思う。

「自分」で勝負するのがシンガー・ソングライターと上で書いたけれど、僕はそういうタイプではないと自覚している。だから、役者にも向いているのではないかと思う(爆)。


さささ、タイムアップ。お風呂入ってお出かけします。ではでは。

(昨日の津田沼の出来ごと「うた日記」で歌ってます(笑)。ねむいねむい。という歌です)


シスター・キャリー〈上〉 (岩波文庫)シスター・キャリー〈上〉 (岩波文庫)
著者:シオドア・ドライサー
販売元:岩波書店
発売日:1997-06
おすすめ度:5.0
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かなり面白い!!!!

美人だけど垢ぬけない娘キャリーは、発展著しい都会のシカゴに出てくるのだけれど、そこでナンパされて囲われる(ひどい言葉)けれど、愛情は別の妻子持ちの男に移っている。出た素人劇で女優を夢見る。

キャリーに複雑な感情を抱く。成功してほしいけれど、たゆたうように男の間を行き来する女の生来(のと思わせる)姿に嫌悪感も抱く。

今の日本と似たような感じも受ける。日本にもとうとう「勝ち負け民主主義」の産声が上がったということなのか。

ネットラジオ、音楽展望9更新いたしました!ぜひ聞いてみてください。

今回の目玉は、大滝詠一師匠の「恋するカレン」を弾き語りしたところでしょうか。ケロログはJASRAC登録曲がカバーできるんですよ。

ラジオ内に組み込むと、そのラジオはポッドキャスト出来なくなってしまうので、別エントリとして分けています。WEBで聴くことが出来ます。ぜひ聞いてみてください。伊藤が世界で一番好きな曲です。

http://www.voiceblog.jp/ryotaito/

それと、クレオフーガに出品している曲。特に「あなたにつくし隊」の別バージョン、リレー作曲も1曲完成いたしました。

楽しんでいただけたら幸いです☆

ブログネタ
仕事中のツイッター、だめですか? に参加中!
「仕事中」ではなくて「仕事上」ならおっけーでしょう。

ちなみに、ツイッターで匿名性は保つべきではないと思うし、保つと全然面白くない。個人とネットの住み分けがへたくそな「ネット音痴」の多い日本人だけれど、ツイッターはそれを改善するいい薬になってくれるんじゃないかと思う。

仕事のぼやきで「言っていい範囲、言っちゃいけな範囲」これはネットもリアルも差があってはいけないと思います。それが見えれば標題の疑問も解決すると思います。

マイクスタンドを「うらじゃ」の賞金で買ったよ。サウンドハウスで一番安いやつだけれど。ふむふむミュージシャンの部屋っぽい。これで、DTMの弾き語りが容易になったので、またいろいろアイディアが浮かんできた。

ラジオ「音楽展望」で既知の曲を弾き語りでカバーしてゆこうかと思う。ケロログはJASRAC登録曲をカバーできるんですよ!その代りダウンロードは出来ないんだけど、そのファイルは本編と分離して、ラジオはいつものようにポッドキャスト対応にして、カバーを聴くのはパソコンで、という風にしようと思う。

自分を形作ったアーティストの楽曲をカバーしてゆこうと思う。

それともう一つ「うた日記」を同じくケロログでやろうと思う。不定期だけど。

これは完全即興で、その日の気持ちをピアノと歌でつづるという企画。早速やってみた。昨日の伊藤の行動はこれで判明する(笑)。これ結構面白い←自分で楽しんでちゃ世話ないが〜(爆)。ぜひ聞いてみてください。こういう短いものだと、ポッドキャストの登録も増えるかもしれない。

ここでやろうと思ったんだけど、MP3がアップロードできないのね。でも不幸中の幸いで、PODCAST対応のケロログの方が逆に広がってゆくんじゃないかと思った次第。

▼伊藤龍太の音楽展望&うた日記▼
http://www.voiceblog.jp/ryotaito/

あと、クレオフーガのコンテスト楽曲、ちょこちょこコメントいただけてて、ありがたい限り。でも、自信作の「あなたにつくし隊」だけがスル―気味なのが不安だわ(汗)。

では、いまから友人の演劇に行ってきます!楽しみ☆

▼ハムエッグ▼
http://creofuga.net/songs/3723

▼ハーフ・ノート・サンバ▼
http://creofuga.net/songs/3720

上記二つは「ジングル」コンテストです。今回のテーマはギターです。「Yellow Tools Independence Free」のギターの音の質の高さに触発されました。「ハーフ・ノート・サンバ」は、有名な「ワン・ノート・サンバ」が発想の原点で、「半音」を駆使してテーマメロディを作りました。これ、ジャズのスタンダード・ナンバーになって欲しいな。無理かな?

▼あなたにつくし隊▼
http://creofuga.net/songs/3718

「春の食材」をテーマにしたコンテスト。謎のアイドル・ユニット「つくし隊」をプロデュースした曲です。食材としての「つくし」をアッピールします。まあ素材が素材だけにこれが第二の「おさかな天国」的なヒットになるとは思えませんが、編曲にはすごく満足です。バック奏者がみんな「つくし」のような可愛さがあるなって個人的には思っています。あと、色々素材を織り込んでいます。

絵を描いて、Youtubeにアップしたいんですよね。そして、最後にクレジットで、元ネタを一気にバラす、みたいな(笑)。

▼spring rain(春雨)▼
http://creofuga.net/songs/3726

で、問題がこれ。「形にした音楽」としては、現時点で一番の「駄作」だと思います。2曲エントリーが出来ると勘違いして、だったらせっかくだからと3時間でパーっと作ったものです。多分着想から完成まで最短の作品だと思います。

つまり「全く推敲していないで作ると伊藤の音楽はこんな感じ」というのがもろに現れているという意味で、貴重な作品というみあかたもできると思います。

前奏のオブリがまず変。コードが「---此廚箸ると思ってメロディを奏でているのに実際は「---后廚藩茲討い董屬△譟」という戸惑いが出ている。まあいいやって思ったんだ、その時は(笑)。

そしてAメロが繰り返されていると思いきや、コード進行が違う。本当に、気の向くままにコードを弾いて、後でメロディをくっつけたからこんなことになってしまった。でも、これはこれで、意外に面白いかも。

以上でおしまい。



で、宣言します。

2週間に1曲、YouTubeに新曲をアップします!

いまオーディションみたいのをやってるんだけど、YouTubeに6曲くらいしか音楽が乗ってないアーティストに誰が興味を持つんだって話ですよ。2週間に1曲なら、1年で40曲はできる。それがすべてYouTubeに入るって、結構すごいよね。

これは他の人に言った言葉なんだけど「Now or Nothing」ですよね、何事も。NowはYouTubeに6曲だけのアーティスト。だめだよね〜。

もちろん昔の曲を使うこともあるだろうけど、やっぱり新曲。そして、「わかりやすい」をテーマに。そういうお題とかはクレオフーガで気分転換できるし。やっぱり「自分が一番POPSだと思うもの」を信じて、どんどんやってゆきたい。

あ、あと、ラジオ。ケロログって、JASRAC登録した楽曲も歌うことが出来るのです(その代りDLはできないですが)。それを使って、自分を形作ってくれア曲のカヴァーをやってゆこうと思っています。もし、リクエストがあったら言ってくださいね。でもとりあえず1回目唄うやつは決めてるから。

とにかく、どんどんどんどん、頑張らないと。いちお、決意表明でした。

後輩の演奏会に行ってから、チャイコフスキーの「悲愴」にどっぷりハマってしまっている。あんだよ今さらって思わないで!

「悲愴」はとても感傷的な曲だ。作曲家は自らの「レクイエム」としてこの曲を書いたとも言われている。けれど、そんな悲嘆に暮れている中でも、それぞれの楽器に見せ場を均等に持たせているような作曲家の「気遣い」が感じられたのが、なんだか面白かった。

演奏会に大いに満足し、早速家でも聴こうとCDを探したが、ステレオ録音のCDが1枚しか無いのに愕然とした。有名なムラヴィンスキーのものである。
チャイコフスキー:交響曲第4-6番チャイコフスキー:交響曲第4-6番
アーティスト:ムラヴィンスキー(エフゲニ)
販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック
発売日:2009-11-11
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しかし、このCD、「おおすごい」とは思うものの、繰り返し聴く気になれない(評論家のみなさん、ココ大事なところですよ、繰り返し聴けないCDは「レコード芸術」として優れているのでしょうか?こういう演奏を「推薦」としてよろしいのでしょうか?)。

それに演奏会の感動を追体験したかったので、その演奏会は「悲愴」というよりは「悲恋」と表題が似合う感じでして、ムラヴィンスキーの演奏は「皮相」にすぎるのではないかと思ったのです。

アバドのCDを持っていたと思ったのだが、どうやら大処分の際に売ってしまったらしい。

チャイコフスキー:交響曲第6番/Tchaikovsky;Symphony no.6チャイコフスキー:交響曲第6番/Tchaikovsky;Symphony no.6
販売元:EMI
発売日:2007-01-01
おすすめ度:5.0
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というわけで、新しいCDを求めた。チェリビダッケのものでブックオフで500円だった。チェリビダッケは、異様に遅いテンポをとる指揮者で有名で、期待できそうだと感じたが、演奏内容は期待以上のもので大いに満足した。

チェリビダッケの演奏はブルックナーで親しんだ。音をレンガ状に積み上げてゆくような音楽づくりのように感じたけれども、チャイコフスキーでは全く違う様相を呈していた。第四楽章のアダージョを聴けば、そんな「積み上げ職人」みたいな印象は払しょくされるだろう。ヴァイオリンのビブラートをぞんぶんにかけメロディを慈しむが、決して「お涙ちょうだい」の情緒纏綿たる趣ではない。逆らえない運命に身をゆだねるような、悲しみすら通り越したあきらめた感情が支配する。

よく耳を傾けると、音の立ち上がりからヴィブラートを掛けさせており、それが効果的なように聞こえる。細かいところま指示を徹底するチェリの姿がうかがえる。前述の演奏会ではノンビブラートで弾かせていたが(ヴィブラート掛けていた人はおそらくトラではないか・笑)、それも一つの方法だろうけれど、従来のやり方でさらに深い表情を伝えるチェリビダッケはやはり偉大だ。

もう一つのものすごいところは、第一楽章の再現部、第一主題の最後部分。テンポをさらに遅くとり、運命が高波のように立ちはだかる。ティンパニの最強打がすごい。これはいつ聴いてもゾクゾクする部分だ。

こちらも、前記にならうと「悲愴」というよりは「悲運」と言った感じの演奏と言えるでしょうか。

さて、先ほどのムラヴィンスキー盤であるが。これは日本盤なので、解説が付いている。久しぶりに読んだけれど、いろいろためになることが書いてあって、参考になった。

その解説者は「チャイコフスキーの4〜6番はすべて標題音楽である」と高らかに宣言されていた。僕は、驚くとともに、これがとても新鮮だった。

標題音楽とは、きちんとしたテーマがあって、それを表現するために音楽は組み立てられている、とされているもの。時に「絶対音楽より劣ったもの」のニュアンスを込められることもある。

その解説者は、チャイコフスキーの弟の書簡によって、その裏付けを図っている。すなわち、(手元にないので少し内容は違うかもしれないが)「第一楽章はチャイコフスキーの日常生活を表している。第二楽章はささやかな娯楽、第三楽章は彼の生涯、そして第四楽章は悲しみである」ということだ。

本当だろうか?

標題音楽、絶対音楽と音楽は分けられるものなのだろうか、という議論はさておいて、幸いなのは、細かい内容をチャイコフスキーが墓場まで持ちこんでくれたおかげで、指揮者はいろんな解釈が出来、その結果、クラシックの最主要レパートリにまで上り詰めたのではないかことである。そして、チャイコフスキーも当たり前ながら。それが分かっていたに違いない。作曲者はあまり色々言わない方がいいという好例である。

話は少しずれるが、思いついたから書くのですが、標題音楽と言えば、ベルリオーズの「幻想交響曲」がある。僕は、この曲に「幻想交響曲」というタイトルが無ければ、ここまでポピュラーになったとは思えない。かといって、「幻想交響曲」の表現する細かい描写をいちいち思い浮かべられるわけではない。そういう意味ではこの曲は、きわめて不徹底を感じます。

僕は、この狂った作曲のエピソードを知り「この曲は狂ってるんだ」と思いながら聴いています。すると、その不徹底さに天才の気まぐれを感じ、なんだか愛着がわいてくるのです。とても不思議な曲です。ですが、やはり標題抜きの絶対音楽としては存在できない曲でしょうね。

で、話を閉めようと思うのですが。最後に一言。「悲愴」が標題音楽だったら、「ブラームスの4番」だって大いに標題音楽だということ。つまり、僕は「悲愴」=「標題音楽説」には大いに反対です。

「聞き手が自発的に標題を見出せる音楽」は「絶対音楽」なのです。

かしこ。

ネットラジオ、音楽展望8更新しました!大変お待たせしました。遅れてすいませんでした!

▼伊藤龍太の音楽展望▼
http://www.voiceblog.jp/ryotaito/

伊藤のバレンタイン・ディの思い出、リレー作曲「吾輩は猫である」、そして伊藤の新曲「コソアドカ」を流しました。ぜひぜひ聞いてみてください。

皆様。毎度。伊藤龍太です。

音楽展望、まだ更新でかていません。今夜中には音楽展望更新致します。スイマセン何度も延期のご連絡ばかり。

よろしくお願いします。

皆様、まいど!伊藤龍太です。

えと、今日更新のネットラジオ、伊藤龍太の音楽展望ですが、朝までに更新できればと思ったのですが、予定通りいかず、夕方、ご自宅に戻られる頃には更新、という感じになってしまいました

本当に本当にすいません。アップしたらすぐにご報告いたします。ぜひぜひ、音楽展望、よろしくお願いします。

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