2009年11月


http://www.youtube.com/watch?v=1JZ2GpGbGYk

今月から、毎月一曲ずつSONARで作った曲をYOUTUBEにアップしてゆこうと思います。

今月は宮沢賢治の有名な詩「雨ニモマケズ」に曲を付けたものをアップします。先日の作業報告ものこの曲のことでした。

「雨ニモマケズ」は複数の作曲家に曲を付けられていますが、散文詩なので、有節歌曲(1番、2番という型)にすることはできません。よって同じメロディは二度と出てきません。各段落の作者の心をくみ取り、それにふさわしいメロディを探ってゆきました。

この曲は声に力のある、オペラ歌手に歌っていただくことを想定して作曲しました。なのでバックはオーケストラになっています。歌は自分で歌っていますが、声に力がないので、盛り上がる部分はダブルトラックにしています。

でも、別のアプローチも考えられる深みのある詩です。また機会があれば、新たなメロディをつけてみようと思っています。

この曲を使っていただける方、きれいな音源で聞きたい方、歌ってみたいのでカラオケが欲しいとい方、ご一報ください。奇麗な音源でお送りいたします。

こんにちは。
ブログ通信簿なるものがあってやってみました。

▼ブログ通信簿▼
http://blogreport.labs.goo.ne.jp/tushinbo.rb

最新10件の記事から分析して、年齢などをすっぱ抜いてくれたりする面白いプログラムなのです。

で、僕の結果はこれでした。

tushinbo_img
55歳って(笑)。

まあ「趣味悠々」なブログを書く55歳もいるかもしれないけれどねぇ、けれどねぇ、ヒドイ。ちょっと若者意識しようかなヾ(´ω`=´ω`)ノ

しかも「主張しろ」とな。結構してると思うんだけどな。角が立たないように、見える人だけにチラつかすみたいなことはしていると思うんだけど、そのあたりはやっぱり解析できないのかな。マジショックぅ〜なんですけどぉ♪(←限界)

これ、他人のブログもチェック出来ちゃうので、同年代のあの人とあの人をチェックしたら、おひとかた50代が!!!ワッショイワッショイ。でももうひとかたは20代。くやしいです!!

今日は白菜を食べます。キムチ鍋の元が終わってしまったので、どうすっぺかなぁと思ってcookpadで調べたら、白菜のパスタがおいしそうだったので、それを作ろうかなと。cookpadって、すげーーーーーーーーーーーーーーーwwwwww(←限界)

公共料金を払いがてらブックオフに立ち寄ったら、ぬぁんと!東芝盤のリリー・クラウスのモーツァルト・ソナタ全集が4000円で出ててびっくりしたよ。買っちゃったよ。新星堂盤も持っているのだけど。

僕は昔、クラシック評論家の宇野功芳さん信者で、彼がこの東芝盤の音しか誉めてなかったから、これどうしても聞いてみたかった。

実際聞いてみると、テープヒスノイズをカットした清澄な音づくりで、無音部とかは確かにしーーーんとしてるのだけど、新星堂盤の方もカッチリしていて悪くない気がするなぁ。フォルテで音が潰れるのは相変わらずだし。東芝盤は「ふくれすぎ」って感じがする。ヒスノイズを取るってことは高音をカットするわけだから、相対的にそうなるわな。

でも、音の好みなんて、美人の基準が人それぞれ違うのと同じだし、宮崎あおいタンと高橋マリコチャンのどっち?と問われても「どっちも☆」と答えるしかないよねぇ。

主張してみた。バイバイ!

えーーーいろいろ報告です。

11/14日、note'n notesの渋谷多作でのライブ無事終了。ご来場いただいた皆様、本当に、本当にありがとうございました!!!!差し入れも、本当に毎度毎度すいません。

自分としては、note'n notesの新しい一歩を刻めたライブだったのではないかと思います。これからも応援してくださいね。

そのあと、間髪いれずに、とあるコンテストの音楽づくり。今日なんとかしあげて明日投函。DTMを初めて日も浅いということで、一作品一作品、肩に力を入れすぎていたのだなと反省し、今回いい意味で肩の力が抜けたと思う。ビートが利いた、疾走感のあるインストです。まだまだ、ホンモノの「クラブ系」の音楽には一日の長があると思うのですが、その基本的な作り方が分かっただけも収穫があったと思います。

で、いまDTMコンテストは、結婚式のBGMを募集しているのですが、これに参戦することに決めました!!イメージがわかなかったのですが、イントロを作ったら「いける」と確信しました。制作日数10日と決めました。

それと、同じくDTMコンから臨発的なアレンジのコンペが。これがとても難しいけど楽しそう。これを見たから結婚式BGMに参加しようと思った。一発キメて、勢いを付けて取り掛かりたいと思ったので。でもこれ難しそうだぞ。

あ、あと12月の歌も作らなきゃ!これはもう決まっているんだけどね。昔作ったラップのリメイクです。ちょっとネタが古くなった気もするけれど、「雨ニモマケズ」はちょっとまじめすぎたからね。脱臼する勢いで肩の力を抜いたラップを作ります。

あ、あと就職もしなきゃね(笑)。とにかく忙しきことは良きことかな。

死ぬということについて考えてみた。

いろいろ考えをめぐらせたのちに、昔に読んだ養老孟司さんの言葉を思い出した。確か「死が実感できない世の中になっている」というような言葉だったと思う。

最近人が亡くなる時は病院というのが常識。意図的に死が目に触れないように隔離されている。町に死体が転がっていることもないし、猫の死骸は保健所がすぐに引き払ってくれる。だから、死がどのようなものかという実感がわかない。

ショートケーキかチョコレートケーキを選ぶように、何か別のものと同等に「死」が選べてしまうような錯覚があるのかもしれない。けれど「死」は何かと比較できるようなものではないはずだ。

死への恐怖が薄らいでいる。しいては命がかるんじられている。

もし人間が不老不死だったら人間は努力を忘れてしまうかもしれないと友達が言っていたけれど、「死」を想像できない人にも同様の現象が起きるだろうと思う。

逆説的な言い方になるけれど、自殺をする人は自分が死なないと思った人なのかもしれない。だから、その人は死ぬとは思っていないくて、ただ死を選んだだけなのかもしれない。けれど死というのは、想像の及ぶところではなかったと選択後に気づいた・・・かもしれない。

けれど、日常的に死体が転がっている世の中に好き好んで生まれたわけではないのだから、なんとかこの「死の軽さ」という「現代病」に折り合いを付けて各々が生きてゆくしかないのだろう。転んだり、殴られたり、振られたり、骨折したり、そういうリアルな痛みを重力のように体内に取り入れながら成長してゆけば、自ずと死の重さが分かってくると信じたい。

とにかく、現代社会では生き続けることだけで、本当に素晴らしいことだと思う。戦争は起きていなくても、人を殺してゆくシステムはいつの時代も息づいている。

先日の宣言通り、作っていた音楽がほぼ完成しました。最終形としてミックスしたのを何度か聞きなおしてみると、弦を左右に振りすぎた気がしたので、ミックスしなおそうと思う。

先日聞いたワルターのモーツァルトが割りに弦を左右に振っている感じがして、それくらいかなぁと確認したらもっとワルターは狭い範囲で鳴っていた。音の立ち上がりが早い弦だから振りが大きく感じたんだろう。

それと、今作っている作品は、オーケストラ伴奏の独唱曲で、オペラ歌手とか声に力がある人が歌ってもらいたい作品なんだけれど、自分の声じゃあまりに貧弱で、一番の盛り上がりでオケに負けてしまう(しくしく)。そこで、声をダブルトラックにした部分があるんだけれど、そこをやり直したい。あともうちょっとEQで落ち着いた音色にしようかな、それでおしまい。

そして、今日は神田の古本まつりに行ってくるよ!!この日のために頑張ったのだ。

去年も行った、九段会館での船村徹先生の「演歌巡礼」の帰りに寄ったんでした。今年はないのだろうか。電話で確認したけれど、どうやら今年はやらないらしい。というよりも「当分やる予定はないかもしれません」と回答。先生お体の具合が悪いのだろうか。それともスポンサーと何か行き違いが。去年もあまり歌っていなかったのでちょっと心配です。

さ、行ってきます〜。

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