2009年10月

ずっと作業していたDTMを今日2曲ドロップした。一通りの作業の流れがつかめてとても有意義だった。

あと一曲未編集のクラシック・クロスオーヴァー風ものがあって、これが完成させたら、ひと段落って感じです、ええ、就職活動ですが・・・・したくないな(笑)。まだ売れる今日家賃を振り込んだら、残高の底が見えてきました(笑)。まだ高く売れるCD4箱ほどあるので、一日潰して仕分けしてまた売ろうかな…。

閑話休題。

この曲。3日以内には完成させるってここに誓います。仮ミックスがものすごくうまくいっていて、あとはほんの少しずつお化粧するだけでよさそうです。素顔美人は違うのお。大変だと思うのが、また声の加工とテイクの選定だと思います。結構これを考えると憂鬱です。

特に公募とかではないのですが、どんな形であれ、皆さんに愛してもらえる曲になればいいなって思います。

そうそう、書き忘れていた。昨日1時間走りました。いつも見かける人がいて、なんかそういうのって励みになりますよネ。

さ!ココア飲んで、やるか!!!!!!

モーツァルト : 交響曲第36番「リンツ」&第39番モーツァルト : 交響曲第36番「リンツ」&第39番
アーティスト:コロンビア交響楽団
販売元:ソニーレコード
発売日:1998-10-21
おすすめ度:4.5
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モーツァルト : 交響曲第38番「プラハ」&第40番モーツァルト : 交響曲第38番「プラハ」&第40番
アーティスト:コロンビア交響楽団
販売元:ソニーレコード
発売日:1998-10-21
おすすめ度:5.0
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モーツァルト、かくあるべしというのはワルターに教わった。父がワルターのCDを多数所有しており、そこから多くを学んだ。

そこを出発点に、他の演奏にも耳を傾け、モーツァルトに対するイメージはふわっとした温かくて柔らかい響きが身上かな、という、どちらかというと表面的な美しさにとらわれた価値観を得た。もちろんそれは、ワルターのモーツァルトの解釈の延長にあるものだと信じていた。

が、最近ワルターのモーツァルトを聞きなおして気づいた。コロンビア響のサウンドは固いし、冷たいし、色彩感もない。演奏もたいしてうまくない。つまり、まったく表面的には全く違う演奏だった。驚きだった。

けれど、ワルターのモーツァルトを聞くと、やはり心の中に「柔らかさ」「温かさ」が残るのを感じる。つまり外面的な心地よさではなく、聴き手の心の中のみにモーツァルトの美しさを響かせているということになる。すごいことだと思う。

僕もぶっきらぼうだけれど心の優しさを感じ取ってもらえる人になりたい。服装は質素でも心は大豊作な人になりたい。これは余談。

リンツはモーツァルトの若書きで有名だけれど、それをワルターは全く感じさせない。第一楽章、リズムは柔らいのにキレが良いという魔法を見せてくれる。テンポは絶妙に揺らされ、各メロディの唐突なつながりを是正している。「ド・ドドドド」という一番キャッチーな部分を強調して不自然にしてしまう演奏が多い中、ワルターはそこに至るまでにさまざまな物語を埋め込み、そこだけ突出しないように音楽を制御している。

緩徐楽章の音が消えいる瞬間瞬間に悠久を感じるのは僕だけではないと信じたい。

プラハは第1楽章第2主題で大きくテンポを落とすのが有名な部分だけれど、確かに少しやりすぎな感じもあるけれど、ここから徐々にインテンポを回復してゆく棒に注目するべきだ。この演奏を知っているか知らないでは、この曲への理解度が大きく変わってくると思う。「ワルターを知ってるのか?」と意見したくなる演奏・評論に出くわさないのを祈るばかりだ。

普段からワルターばかり聞いているのも、古い録音ということもあり、疲れてしまうけれど、やはりたまに聞くとその表現の偉大さに圧倒される。

そして、ことモーツァルトに関しては、モーツァルトの音楽が隠し持っていた深みを、これ以上ないまでに掘り下げたものとして、永遠に聞き継がれてゆかなくてはならない。


今日のランニング・・・1時間

きょうはりょうたとダウンしようかな。
りょうたは発揮してくれるかな。

*このエントリは、ブログペットの「豆三郎」が書きました。

久しぶりに朝、一時間ランニング。気持よかった。体重計も久し振り。1キロふえてた。

ランニングしながら昨日結論を出したミックスを聴いてまたやり直しを決意。ラジオビタミンを聞きながらリミックス。いま実に11回目のミックスを聞きながら電車。また二つ直したいところを見つけた。これでたぶん終われる…。

ソナーの付属音源は「そこそこ」なんだと気付く。いま出来ることをしっかりとしようと思う。

Mahler: Symphony No 7Mahler: Symphony No 7
アーティスト:Leningrad Po
販売元:Melodiya
発売日:2004-08-23
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今日は早おきだ。台風も過ぎ去ったようで気持ちがいい。トラックダウンもだんだんと分かってきた感じがするけれど、大きな間違いをしているかもしれない。でも4回したTDを聞き比べると成長した気はする…けどいかに。とにかくいろんな音源を言いて真似してゆこう。

緻密な作業をしているせいか、音楽をちゃぶ台返しにしたようなマーラーが聞きたくなる。とくにあまり聞いたことのないものを・・・といってもよく知っているのは大地の歌と第九ぐらいだから選択には困らない。

第7番の第二楽章でシューベルトの「グレイト」と意図的にそっくりな素朴な音形が表れて面白いなぁと思った。当時シューベルトの「グレイト」は第7番扱いだったりしたら面白いね。

第6番も最近お気に入り。ホ長調→ホ短調、という誰にも考え付くような、だけど聞きなれると魅力的な和声進行がいたるところに現れるけれど、これが第7番にも出てきてこれも面白い。

演奏はブックオフで買ったコンドラシンのを聞いている。特にこだわってこれを聞いているわけではないのだけれど、マーラーに対する初々しさ、誠実さのようなものを感じて、気に入っている。

今日もひたすら声の加工・・というよりはTD、トラックダウンのお勉強だね。

リミッタの使い方が何となくわかってきた。そしてTDするときにかけるべきエフェクトなど、試行錯誤して何となくそれらしくなった。うん、これいけるんじゃないかと思う。

そこで、プロの方にアレンジしてもらったnote'n notesの音源を聴いてみる。すると、もっと音が太くって実在感があって、音が一つ一つ空間的な余裕をもって鳴り響いており、まだまだだと悟る。

それで自分のTDしたものを聞きなおしてみると、ハイ上がりで一見鮮度の高い音に聞こえるけれど、実はのっぺりとしていて、聞き疲れするような音だと思った。

僕が今DTMをやろうと思ったのは、そのアレンジしてくれた方のおかげで、だからその方と同じソフトを買ったのだ。確かハードコンプなどは使っていなかったようだから、TDの条件は一緒なはず。答えは必ずこの中にあるはずなのだ。

高校時代の時にとある先生に「俺に聞くな、自分で出来るところまでやってから、それから聞きに来い」と言われた。結構この言葉を今でも思い出す。社会人になってから「わからなかったら聞いて」とよく言われるようになったけれど、どうもその言葉のせいか尻込みしてしまう自分がいる。

今回もそう。その方に聞いてしまえばいいのかもしれないけれど、その時点で最短距離の回答は得られるかもしれないけど、たぶん今度はそこからの迂回でまた躓くにきまっている。だって、そこまで他人の運転で来たわけだから戻れるはずがない。

とにかく、TDというのは結構面白いなと思い始めている。編曲とはまた違う脳みそを使っているし、TDまで手掛けると、編曲とTDを一体とした流れで把握でき、編曲の時点で力を入れなくてもいい部分なんかも見えてきた。

ただ、メモリが2Gなのが辛いといえばつらい。ドロップアウトしまくっていますが何か(笑)。でもこれも頭使って乗り切っている。とりあえずこの山が終わったら、Vistaを無駄なソフトを省いて。、思い切りシンプルな形でクリーン・インストールしようと思っている。

Dein ist mein Herz: The Schubert Song Cycles [Germany]Dein ist mein Herz: The Schubert Song Cycles [Germany]
アーティスト:Hotter
販売元:Quadromania
発売日:2005-06-20
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Hotterなのに冬の旅(ごあいさつ)。

このCD、水車小屋と冬の旅、2種ずつ入っている変なCD。冬の旅は片方のヒュッシュの方ばっかりで、ホッターは今回初めて聞いた。

まず今まで聞いた冬の旅とピッチがおかしい。これは回転数を間違えたのか、それとも移調譜を使っているか不明だが、たぶん後者だと思う。結構そのあたりの差異が、古楽器演奏を聴くような新鮮さを感じさせてくれる。

冬の旅、好きだなぁ。

そくそくと迫る寂しい曲ばかりだから、声に温かみがあるといいのだなとホッター盤を聴いて思った。長調曲におけるホッターの声はつかの間の日の光を感じさせてくれるようで、感動的。絶望している人間も太陽の温かさを感じる権利はあるはずだ。

水車小屋もそうだけれど、冬の旅も、ただそこにある自然の美しさを十全に描いているのが好きなのかもしれない。自然に意味付けするのも人間だし、意味を見出さないのも人間。どちらも正解だとただ生かされている人間のいかに小さいことよ。

今日は歌声の加工をした。

この辺りは、これだけで飯を食っている方もいるわけでして、一朝一夕で行かないわけなんですが、とりあえずのレベルは出来たいところ。

ここから書くのは自分の備忘録くらいの内容しかないので、プロの方が見られたら「ふ」と思われるかもしれないけれど、たぶんペーペーの方が見られたらたぶんそれなりに参考になるんじゃないかと思うので、恥ずかしげもなく書いてみたりする。

■SM58について

まずは、マイクについてね。SM58というマイクは「フッ」という「吹かれ」を防ぐためのウィンドスクリーンが内蔵されているのだけれど、どうも録音された音を聞くと「ふ」が入ってしまっている。なぜだ。

僕はその時、ピアノからフォルテまで広いダイナミックレンジが必要な曲を歌っていたので、マイクから離れて歌っていた。つまりウィンドスクリーン手前の銀の部分(グリルと呼ぶ)に「吹かれ」が生じていたのだと思う。昨日書いた通りに。

内蔵されたウィンドスクリーンは、至近距離で初めてその効果を発揮するもののようです。けれど、近づけば近づくほど録音される声質は太く太くなってゆきます。とうぜんその至近距離ではフォルテを出すことも出来ません。

つまりSM58は、常にシャウトするロック系の曲か、ウィスパー系のヴォーカルには向いていると思います。

ぎゃくに、ダイナミックレンジが広い人(オペラ的歌唱)、マイクに近づくとうまく歌えない人(あと自分だけかもしれないけどヴィブラートに癖がある人)などは向いていないと思います。

SM58はウィンドスクリーンは内蔵されているから、外付けのそれ(ポップガードと呼ばれている、金魚すくいみたいなやつ)は付けるのはナンセンスというのが定説ですが、付けてみるのも全然アリなんじゃないかと思います。今度やってレポしてみようと思います。最近ご無沙汰だけど。FM浦安でも58にポップガードを付けていたような。

でも正直58がこういうマイクだったら、初めからコンデンサを買った気がします。でもまぁしょうがないか。でも、歌入れとかで依頼が来たときのために、早く買った方がいいかもなぁ。やっぱりコンデンサの方が癖なく録れるんだと思います。

■加工について

これこそ一朝一夕では出来ないけれど、この前天窓で対バンした情熱ナデシコ座のスタッフさんにプロのエンジニアさんがいらっしゃって、その方のご助言がすごく役に立ったので、ここで感謝したいです。

僕はボーカルの加工はまずは、ノーマライズしてからスタートだと思っていたのだけれど、その方は、まずはリミッターとおっしゃっていた。半信半疑だったけれど、結局その通りにうまくいった。きちんと録音されていればノーマライズなんて不要なのだと知った。一つの選択肢が減るだけでもどれだけ素人には助かるか。

それとリバーブなのだけれど、SONARのProducer Editionのみに付いているリバーブが高品質なんだと思っていたのだけれど、それにあたるPerfect spaceは正直使い勝手が悪いと思った。普通のCakewalkのリバーブで事足りた。そのなかでpredelayだったかな、それを調整するとオケの空気感になじんでゆくように感じた。EQもきわめてシンプルな物を使った。

あくまで少ない調整で自然な音楽を響かせられるのがいいのだと思った。ごつごつしてても、エフェクトを掛けた説得力がそれと同等でなければ、またゼロからやり直し、それの繰り返しだった。

でもやっぱり一番大事なのは綺麗な音録りなんだな。

今終わり、徒歩で帰宅してます。

SM58なのに「吹き」の音が入ってしまうなんでだろうと悩むが、そんな時はむしろマイクに近付けばいいんだと気付いたのが15分前。

内蔵のウインドスクリーンの手前の金属に「吹き」が生じていたのだと気付く。シュアー社もズッコケるに違いない。ええなにせペーペーでして。

でも、そんな中、満足いくのが録れたと思うよ。しっかりきれいに編集しなくちゃネ。

78d3ec1d.JPG今から歌入れです!マウスを忘れたばか者!

Puccini: La Boh醇QmePuccini: La Boh醇Qme
販売元:RCA
発売日:1998-11-07
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昨日自宅にネズミが出た伊藤です。こんにちは。

note'n notesのライブが終わってから今日まで何やってたんだろう。そんなワタクシをしり目に秋はどんどん深まってゆくのであります。

「ボエーム」が聴きたくなった。このオペラは冒頭から、冬の寒さと、それゆえの温かさが出ていて好きです。プッチーニの甘ーーーーーく温かいオーケストレーションは本当に素晴らしいですね。

ムゼッタがギューデンというのがライブならではでしょうか。ギューデンはクライバーのフィガロの結婚でのスザンナ等有名ですね。考えてみれば、主役級の女性が二人ともソプラノというオペラというのも珍しいのではないでしょうか。喧嘩したりしないのかな。僕のイメージではムゼッタはラテン系美女なんですが(笑)。


     (~)
   γ´⌒`ヽ
    {i:i:i:i:i:i:i:i:}  
   ( ´・ω・)    <冬はしまむらダネ
    (:::::::::::::)
     し─J

りょうたの「もうしわげねぇっす」のまねしてかいてみるね

まず、頭が最悪でもない。

*このエントリは、ブログペットの「豆三郎」が書きました。

まず、10月18日のnote'n notesのライブ、終了しました。応援にかけつけてくださった方々、本当に、本当にありがとうございました。そして出演者の方々、スタッフの方々、ありがとうございました。

今日は友人のお見舞いに行ってきたのだけれど、自分の体調が最悪で、逆に心配されてしまったという。外出先でも眠らせてもらってしまったくらい。帰宅後やりたいことがあったのだけれど、このブログを更新するのが精いっぱい。ごめんね。

熱もないんだけど、頭がクラクラして。結構ライブ前にもこの症状があって・・・なんなんだろうか。鉄分ミネラル不足かと思ってサラダをたくさんとトマトジュースを飲んだけれど。今死んだらちょっと無念だな(笑)。

明日体調が良ければ、スタジオに行って、歌入れしてきます。

山に例えると今自分は何合目にいるのだろう。たとえば3合目だとすると、そこまで歩んできた自信はある。車で来たものは車で帰るのは道理。自分が下山するときは恨めしく思うかもしれない。

Bach: Goldberg Variations 1981Bach: Goldberg Variations 1981
販売元:Sony Classical
発売日:2004-07-26
おすすめ度:1.0
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ピアノ音楽の面白さを教えてくれたピアニストがいる。それからかな、ピアノ曲とか室内楽とか熱心に聴くようになったのは。

もちろんそのピアニストにはそのピアニストなりの美意識というものがあって、それに影響されていた僕は、グールドのピアノにデリカシーのなさを感じたものだ。特にベートーヴェンの厚い和音での濁りようと言ったら、耳をふさぎたくなったくらいだ

(「平均律の濁りと」書こうとおもっていたが、グールドは平均律を採用していなかったらしい。がピアノでは濁りを消すことが名手の条件の一つであるとすれば、グールドはまったくそこには無頓着である。)

しかし、片隅ではわかっていた。たぶん、グールドには綺麗な和音以上に大切にするものがあったのだと。それが、バッハを演奏するときには十分に発揮されている、という位置にこの盤はあるのだと思う。

名盤中の名盤中の名盤と言っていい。この盤を実はしっかり聞いたことがなかった。先日レオンハルトのチェンバロ演奏で聞いて、興味を持って今日求めた。

とても魅力的な演奏。でもバッハを聴いたという感じはない。それがこの盤が幅広く愛されているゆえんでもあるのかもしれない。

今、パソコンで音楽を作っているが、MIDIという音楽の規格は、画面上では分かりやすいように可視化されているが。すべて数値で管理されている世界。

音の強さは1~127、音の長さは「小節数:長さ1~999」・・・というように。グールドの演奏も、このような数値で制御されているのではないかと思わせるような演奏、といったら分かりやすいか。そういえばバッハの音楽も数学を聴いているような感じがする。

特に音の切り方(鍵盤から指を上げるタイミング)の小気味よさは聴いていて気持ちがいい。

バックハウスやデームス、クリーンと言ったオーストリア勢の、平均律という縛りを感じさせない演奏に価値を置く態度とは、全く違うものだ。

グールドがMIDIというものを知ったら、ピアノの蓋を閉めだろうか。

今日髪の毛を食す夢を見てうなされた…orz

明日はnote'n notesのライブですよ!頑張るぜ!ご来場お待ちしております!

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