2009年05月

いつまで痛むんじゃい!のおやしらず抜歯後の経過ですが、今日久しぶりに「あ、生きるって素敵」と思えるくらい回復しました。まだちょっと晴れてるけど普通にご飯食べられる。

それで食べ過ぎて体重増。これもリバウンドと呼んでいい、よね?

運動ももう出来るでしょう。六月頭に健康診断あるので、少し絞らなきゃ。

我がnote'n notesの相方、天瀬まゆさんが、所属していたFM浦安を辞められたとのことで、びっくりしてしまいました。

という訳で、FM浦安における「HappyMaker」の放送は5/26の天瀬まゆさんバースディ放送が最終回ということになってしまいました。それもなんという因果でしょうか。

でも、再開を約束してくれました。今の天瀬さんなら、失ってしまった事よりも、新たに出来る事の方がたくさんあるような気がします。

気長に待ちましょう。

ガキの使い今日こそは観たいぞ!おぉぉぉ!


とダッシュで帰ってたら、土曜日だと気づいた。


日本の平和を象徴する番組をやってました。

あぁ、若い女ってめんどくさいね(←オヤジまっしぐら)

ボーノライブ終了しました。来店いただいたお客様、みんなありがとうございました。

詳しくはnote'n notesのブログに書こうと思いますのでそちらを。

アタクシは当然、多分、まゆっちょも、出来に関して不満のあるところもあるでしょう。

つらいなぁ、つらいけど、成長してる証拠。

少なくとも、仕事上がりに駆け付けるのはもうやめよ。やっぱりリハないとちょいキツいわ。

あと、ライブ三日前に歯を抜かないこと。

本日のnote'n notesのライブ会場、ピッツェリア・ボーノ・ボーノに向かってます。

抜歯痛のため、本日伊藤のソロ歌わないことにしました。というよりも、今日痛みがなくなっても、昨日も全然練習出来てないんだから、やる方がお客さんに失礼かな。

ハモりくらいは出来るから、ハモり頑張るぜ!純正律で!←本当は意味分かってない。


アクセンフェルト・ラスト・コンサート
アーティスト:アクセンフェルト
販売元:カメラータ東京
発売日:2005-12-15
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バーゲンで買った。ブラームスのピアノ曲を全然知らないので、まとまっていて便利だと思ったから。

このアクセンフェルトというピアニストは知らなかったけれど、演奏の素晴らしさに度肝を抜かれた。一音一音が心にまっすぐ響いてくる。こんなにブラームスの心は澄み切っていたんだと。高齢ゆえ指の回りが固いところもあるけれど、そのぶん、一音一音に心がこもっていて、耳を傾けさせる。ゼルキンに教わったこともあるらしいが、ちょっと納得。ベーゼンドルファーを弾いており、ちょっと晩年のバックハウスの感じもする。

いい演奏だなぁ、いい曲だなぁとうっとりしちゃう。

と思ったら、3つの間奏曲の3曲目、5:30〜にケータイの着メロが!!


がーーーーーん。(でも、演奏は全然動じてない)



この録音は1996年「草津夏期国際音楽アカデミー」でのライブ録音。この場ではアクセンフェルトが音楽家の卵たちに教鞭をとったりしていた。

その教え子のものと思われる着メロ、そして、それがアクセンフェルトの最後の録音。

所詮、日本のクラシック演奏家なんてこんなもんかしらね、と天国で言われているんだろうなぁ。

きょうりょうたと、お昼も蔵♪

*このエントリは、ブログペットの「豆三郎」が書きました。

今日は親知らずを抜歯しました。

腫れるでぇ!

と、先生に宣告されました。

抜くのに相当てこずっておられました。

自分の根性と同じように、根っこが変な方向にカーブしていたのが原因だそうです。




正直痛くて何もする気になりません。

note'n notesの練習、たまにフリーズしてました。

お昼は牛丼を死ぬ思いで食べました。全然おいしくなかったです。

ディスクユニオンで買おうとしてたCD、買われてしまってました。



寝よ。

オセロー (新潮文庫)
著者:シェイクスピア
販売元:新潮社
発売日:1973-06
おすすめ度:4.5
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シェークスピアは、やっぱり面白い。ゆくゆく全部読んでみたい。

解説を読んで、気付かされたことがある。

オセローの妻への嫉妬は、嫉妬のための嫉妬という次元だったように感じた。

「嫉妬という感情は愛情から発するもの」という常識が、オセローを苦しめて続けていたのではないだろうか。

「愛するゆえの責任感としての嫉妬」、ということもできるかもしれない。そしてその「愛」ではなく「責任感」にオセローは正気を失っていった気もするのです。

証拠として、オセロの妻デズデモーナに対する愛情を私は感じなかった。そこにはムーア人という人種の隔たりを払しょくする(ないし汚す)ために、他民族の美人をめとる、というような屈折した感情もうかがえなくもない。実際、デズデモーナの父ブラバンショーに対する言動は、勇気ある誠実さ、というよりは、見下したゆえの大胆さ、といった感じがする。そこにはもちろん愛はない。

ストーカーと言われる人たちがいる。そういう人とオセロの行動は同じである。ようは、「愛」を知らない人なのだ。オセロの最期のセリフ「愛することを知らずして愛しすぎた男の身の上・・」。自己分析が立派にできているのを最後の最後まで誇示しているようで実にいやらしい。そういうところもストーカーと同じである。

愛は空気のように感じるものなのだと三十路直前男は思いますがね。

ちなみに、愛を「知らないこと」を知っていたのが、黒幕イアーゴではないだろうか。オセロとは正反対に、妻をあっさり切りつけて逃げてしまう。オセロとイアーゴはちょうど裏表の人間なのだ。そう、あのボードゲームのように。

note'n notesの動画がいよいよyoutubeにアップされましたよ。どんどんパフパフ!

動画制作、アップロードに携わっていただいた方々に、本当に感謝いたします。ありがとうございます。

サイドバーに張ってあるので、ぜひ見てください。ケータイからは見られないので、PCからアクセスしてね!

さ、早く寝なくちゃね。おやすむぅ。

昨日は午前中にnote'n notesの練習があって、作り忘れていたCメロを作りました。

その後江戸川に走りにいこうと思ったのですが、風が強いのもあったのですが、どうも体調が優れないので断念。帰宅して朝までたっぷり寝ました。夢も見なかったから、相当眠りが深かったのかな。

でもまだ眠いな…


多分Cメロを作ったせいだと思う(笑)。公開作曲はやっぱり疲れるんだな、今後慎もう…といってもまたやっちゃうんだろうけど(笑)。

ちょっと、書き足りないと感じたもので(笑)。

昨日述べましたように、ブギもブルースも知っておりながら、その様式を柔軟に変えてしまうのが服部良一先生の音楽です。

ですが、その融通性が、のちの日本の音楽界に曲解して伝わっていってしまいました。

日本は「書道」を例にとるまでもなく、先人の素晴らしいものを模倣したり、型を重んじたりする、素晴らしい文化がある国ですが、音楽においてはどうもそうはいかなかったようです。これは本当になぜなのでしょうか?

これは私の推測ですが、日本がここまで先端技術に通ずる国になったのは、前述の文化と無関係ではないと思います。ですが、音楽に関しては、自分たちの土俵へなぜか引きずり込みがちです。これは、宗教や食に関しても言えることかもしれません。

感情が入り込む余地があるもにになると、そちらが優先されてしまう情緒的な国民性なのでしょうか。

そこで、服部良一先生の話にもどりますと、たとえば「東京ブギウギ」。オーケストレーションはR・コルサコフ直伝、そしてデューク・エリントンばりのスィング感を持ちながら、メロディはとことん日本的という、「西洋を無理なく情緒的に解釈」した音楽が「東京ブギウギ」であり、あらゆる意味で、終戦直後の日本人の心を勇気づけたのではないでしょうか。

戦争に負けても、日本人としてのアイデンティティは≪このように≫残すことができるのだ、と服部良一先生の音楽は語っているような気もします。そして、言うまでもなく、その姿勢が以後の日本の音楽の主流になっていったのは歴史が証明しています。

話は少し変わりますが、私は一番尊敬する大滝詠一師匠は「書道的」なミュージシャンということもできましょう。もしかしたら、日本の音楽はこちらの方向に進んで行く可能性もあったかもしれないと、僕は思っています。

僕は大滝詠一師匠の音楽に出会って、自分の「血統」を証明したいと思いました。それがまずないと、音楽を世に問う資格はないと思ったのです。大滝詠一師匠もそうだったのではないでしょうか。だからこそ、その「血統」を何枚かのアルバムで示したあとに、はじめて大衆に自分の音楽を問う自信が芽生えたのではないでしょうか?(「A Long Vacation」のことを言っているのです)

日本の音楽では「ネタばれ」と言って、あまり元ネタを明かすことを好まない傾向があるようですが、それは正直おかしいと思うのです。元ネタをしっかり把握していないと、ろくな音楽なんて書けないはずなのです。どれだけ豊富な元ネタがあるのか、そこでまずは実力を測られるものではないでしょうか。どうもそのあたりはうやむやにして「オリジナル」と言いたがるところに、歩んでしまった日本の音楽の歴史が垣間見えるような気がします。

まとめます。歴史が「こちらがわ」に歩んできてしまった以上、服部良一先生は間違いなく「キング・オブ・J−POP」なのです。

最終認識だけ私は世論と意見が合致するのです(笑)。

服部良一生誕100周年記念企画 僕の音楽人生服部良一生誕100周年記念企画 僕の音楽人生
アーティスト:服部良一
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発売日:2006-09-27
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専門的な話になりますが、僕は短調の曲でハーモニック・マイナー・スケールをテキトーに使っていました。それに気づき、しばらく短調作品をお蔵入りさせていたことがあります。

その、しがらみから解き放ってくれたのが服部良一先生でした。

服部良一・・・・指揮者、朝比奈隆と同じ師、メッテルからR・コルサコフ直伝の管弦楽方を学んだという、他人から見たらのどから手が出るほど輝かしい経歴の持っています。でも、その音楽はまったく庶民的で、そこがすごく素敵なんですが。

で、話を戻すと。服部良一先生の曲を研究していた時に、なんと、短調の曲で、いくつかハーモニック・マイナー・スケールを用いてないもの、ナチュラル・マイナー・スケールが散見されるのです。

例えば有名な「雨のブルース」。島倉千代子がカバー曲したヴァージョンで研究していたので、オリジナル(淡谷のり子)を聞いたら、それもやはりそうでした。

僕は、理論も何も知らずに作曲をはじめました。それで自然に選び取ったのが、ナチュラル・マイナー・スケール。服部良一先生は、意図的にナチュラル・マイナー・スケールを選んだ。なぜか。それは、ナチュラル・マイナー・スケールの方が日本人の耳になじみやすいと考えたからではないのか?実際自分もそれを自然に選んでいたわけだし。

なんてすごい人なのでしょうか。普通なら理論を盾にしてしまうものなのに。

それからというもの、僕はオオイバリでナチュラル・マイナーを使うようになりました。はじめからナチュラル・マイナーを選んだ自分を誇りました。そして、一つの曲の中に、ナチュラル、ハーモニックが複数が共存する曲も作りましたよ。

音楽は知識で作るものではなくて、やっぱり感性なんだ。それを「知識」を存分にもった人が言うわけですから、これはすごいことですよ。

同じような意味で。「東京ブギ」も「雨のブルース」も全然「ブギ」じゃないし「ブルース」じゃない。ついでにいえば「てんとう虫のサンバ」も「サンバ」じゃない(笑)。

服部良一先生が「ブギ」や「ブルース」を知らないはずがない。やっぱり、この言葉を選ばせたのも「感性」なのだ。だって「東京ブギ」以外のタイトルで、あの冒頭のメロディに乗りそうな歌詞ってあるでしょうか?

こんなに長く書くつもりはなかったのですが(笑)、ものはついでなのでちょっともう少し書いてみます。

正直に書きます。これほどまで敬愛し尊敬している服部良一先生ですが、僕は日ごろ愛聴しているというわけではありません。古臭さを感じざるを得ません。なぜなんでしょうか、僕の貧弱な感性では説明できそうにはありません。たぶん、メロディが当時の流行に合わせて書かれているからではないかと推測しているのですが。

けれど、それを飛び越えて、いつ聞いても感動を誘う作品がいくつもあります。それは和声進行に類稀な独創性を見せるもの、そして、ややはみ出したアイディアがあるものです。前者では「蘇州夜曲」「風は海から」「ヘイヘイ・ブギ」、後者では「買物ブギ」「ホームラン・ブギ」などでしょうか。歴史というのは、やはりはみ出した個性の普遍化が積み重なったものなのだと僕は思っています。

それと、笠置シズ子さんのために書いた作品は、どれもこれも素晴らしいです。笠置さんが超天才歌手だというのもあるのでしょうが、やはり服部先生の曲も、気合いが全然違う気がします。フィル・スペクターにとってのロネッツみたいなものだったのでしょうかね。

ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第5番&第9番ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第5番&第9番
アーティスト:オイストラフ(ダヴィド)
販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック
発売日:2005-06-22
おすすめ度:4.5
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えへへ、実は「春」って持ってなかったんすよ〜。のだめで有名になるまで、知らなかったんすよ〜えへへ。で、買いました、一番安いやつ。

この曲を全曲まともに聴いたのは、前の職場にいたとき、ヴァイオリン講師とピアノ講師の生演奏によってでした。結構興奮しました。

「春」の第一楽章のテーマって、これは自分の知る限り、ベートーヴェンの書いた、一番美しいメロディではないかって思います。

オイストラフというヴァイオリニスト、高名ではありますが、自分ははじめて聞きましたが、音程がすごく正確で、慌てず騒がずの音楽運びが素敵だと思いました。音楽を聴いたな、という充実感を味あわせてくれます。

カップリングの「クロイツェル」も高貴な演奏で、聞かせてくれます。音楽は「クロイツェル」の方が断然面白いですね。

アキラ 1アキラ 1
アーティスト:小林旭
販売元:コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2002-02-21
おすすめ度:4.0
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小林旭 ゴールデン☆ベスト小林旭 ゴールデン☆ベスト
アーティスト:小林旭
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2003-11-26
おすすめ度:4.0
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日本のヴォーカリストで一番好きなのはやっぱり小林旭さんだなぁと思う。

コロンビア時代と、クラウン時代とで、声に変化が表れるのだけれど、どっちも素敵。カラッと空に突き抜けるようコロンビア時代、声が太くなり、色気や人生を感じさせるクラウン時代。

すごいなと思うのは、コミカルな歌と、哀愁感のある歌と、同時に歌いこなせてしまうというところ。

それにあこがれて、真似して、相当痛い目を味わいました、自分、はい。

そうだな、たぶんはじめての、挫折かな。あ、とてもかなわないんだ、と。歌手としてはダメなんだ、と。

曲の方は、おこがましいけれど、頑張れば、先輩方々の諸作に近づくことが出来ると確信がありました。でも自分の歌では届くものも届かないんだと。

すごく苦しかった。

そこから、少しずつ歌い手の相方を探し始めたのかな。何度か失敗もしたけれど、いまはとても素敵な人に出会えて、ほんとうに幸せです。

頑張って作曲しよう。恩を真摯に返さなきゃ。

でも、たまには、歌わせてね(笑)。

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