2008年06月

近場の公園で。一時間ゆっくりと走ったが、お尻が重い感がずっとあった。一時間。

ライブに向けて作曲&練習。ライブが終わるまでクラシックの更新は滞ると思うのでご容赦。ていうか本来クラシックのブログじゃねーし(←出たよ)。

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昨日は親戚の叔父さん叔母さんに連れられ山梨へさくらんぼ狩りへ。当初イチゴと勘違いしていた。朝5時起だ。そんな時に限って3時頃となりの部屋から音楽に合わせて机をコツコツ叩くエイトビートで起こされる。ビートに合わせて壁を叩いたら静かになった。たく。

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どっかのPA。まだ8時頃か?

で、目的の場所に付く。

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見事な盆地。写真からは伝わらないが、意外に蒸し暑い。

今年は不作らしいが、四人の胃袋を満たすには十分な量だ。

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おいしそう。

中国人の大家族が来ていて、持ち帰り不可のさくらんぼをたくさん詰めていた。中国人だから嫌な気分というわけではなく、(言語的)無知を武器にしているのが不愉快。と思ったら叔母さんも詰め始めた。

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モー娘。(初期)

腹もいっぱいになったので、妹と種を飛ばして遊んでいたら、中国人のハーフっ子も参戦。子供は無邪気で良い。

その後温泉へ。事前に知らされておらず、もし知っていたらこちらをメインにコンディションを整えていたかも。「そうゆう人達」がまたいた。欲張って浸かり過ぎ、疲れがどっと出、帰り&帰った後ずっと眠っていた。

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意味深長な看板。「そうゆう人達」は多いのかもしれない。さいなら。

9a90e0f2.jpg…の第1楽章を聞いてる。鳥肌立ちまくり。というか初校なんだ。このゾクゾク感は、初めて聞く初校のせいかなのかヤングの指揮のせいかはよく分からないが。

僕は妹の部屋の散らかり具合や、女性の仕事の仕方などを拝見し、女性には指揮という仕事は到・底・無・理、とワシを括っていたが、撤回する。

特に、造形をまとめ上げるのに苦労するのではと思っていたが、ヤングは、さらに造形を際立たすためのテンポすら動かす。これがものすごく効果的であり、即興性も感じさせ、ブルックナーの入り組んだスコアに爽やかな風を吹き込む。

こんなに幸せいっぱいで清々しいブルックナーは初めてだ。それは繰り返すが初校の力なのかもしれない。しかし、少なくともヤングに初校の素晴らしさを教えてもらった。初校を聞いたのはこれが初めてだけれど、ブルックナーはやはり初校がベストだったのではと思ったりもしてしまう。

しかし、ヤングはなぜブルックナーを録音したんだろう。ミスターSの全集もあるのに。初校で録音したかったのかもしれないが、もしかしたら、会社が「どうしてもブルックナーなら、初校で差異化を」なんて事かもしれないが、それこそ驚嘆すべき事なのは言うまでもない。

ヤングのブルックナー以外の指揮を想像ができない。ブルックナーの「天然素材」とこれほどまでの適合性を示されてしまうと、ブルックナー以外に何が振れる?とまで思ってしまう。でも、出来るのかもしれない。でも、よくこんな美しいブルックナーを聞かせてくれた。ヤングに感謝だ。いや、ヤングを生んでくれた両親に感謝だ(?)

結論。今までのブルックナー演奏で1、2を争う大名盤であること。これだけきくと、シモーネ・ヤングに天才の称号を贈らねばならないこと。そして、2匹目のドジョウで女流指揮者がうようよ(Virginクラシックあたりから、なんとなく)出てきそうな予感がすること。

最近のりょうたは自己嫌悪におちいってるみたい。

昨日も消化に悪いことを知りながら、てんぷらでざるを食べて、その次の日走れないから。しかも300kclオーバーのパンを毎日間食してる。あとアイスも。

あと、全然起きれない。せっかくブログの更新をお休みしたのに、目覚ましを8回鳴しても今日遅刻しそうでお風呂に入れなかった。ライブのための作曲でピアノを帰宅後弾いているんだけど、それが意外に脳が疲れて、睡眠を欲みたいなんだって。本当かなぁ。

今りょうたは通勤中で最近は「ジークフリート」をよく聞いてる。ジークフリートの歌手の声があまり好みじゃないんだって。豆三郎はこれが原因じゃないか、って思ったの♪

by 豆三郎

3
◆オペラ偏愛主義/島田雅彦

こういう聞き方もあるのね。

4
◆危ない夏のコーヒー・カクテル/クレオ・コイル

このシリーズも4作目かぁ。今までで一番面白かったけど、一番無理があるし強引(笑)。元夫マテオ、ほとんど活躍せず。前作も読み返したかったけど売ってしまったみたいorz

3作目はまだ読んでないから読もうかなぁ。でも舞台は冬なんだよな。

99d0fdd6.jpg◆バードランドの子守歌/ケニー・ドリュー(PCCY-30112)

ピアノ:ケニー・ドリュー
ベース:ニールス・ペデルセン
ドラムス:エド・シグペン,アルビン・クイーン

クラシック事始め、みたいなブログを見た。黙って聞けよって感じだった。

さて「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」ビリー・ホリディの名曲。ケニー・ドリューのタッチは晩年にむけて透明感のあるものに変わっていったが、この曲ではそのタッチはそのままに、ブルース・フィーリングを感じさせてくれる。ケニーはビリー・ホリディと競演したことがあるのだろうか?ビリーの思い出話を聞かされてるような、しみじみした良い演奏。晩年のケニーを軽視する方は聞いてみて。

第一、ケニーはヨーロッパに移住してからスタイルが変わったと評す人もいるが、僕はそれを感じない。音の印象は変わったけれど。

あと、晩年のケニー・ドリュー・トリオに共通するのは、構成の工夫である。「ゴッド〜」は最終テーマの変わりに、ソロが置かれ、印象的に終わる。「グリーン・ドルフィン」はアドリブ部で、ベースラインだけはコンポジションを与えている部分がある。こういう工夫が生み出すのは、音楽の形式感であり、それを「クラシカル」と評するのは間違いではないと思う。ただ「クラシカルなタッチ」というのは全く何を意味するか分からない言葉だ。

「中国行きのスローボード」は珍しい選曲で、ソロも今まで聞いた晩年作の中でも出色の出来。バップ魂に火が付いており、ケニー節大炸裂、興奮させられる。小節線を無視するようなケニー節はこんなにも魅力的なんだと再発見するだろう。

真のアドリブとは、いつ聞いても、初めて接した興奮を何回も呼び覚ませてくれるものなんだということがよく分かる。それは、聞き手に取っては、ちょっと浮ついたような不安定感をも肯定してゆくという積極的な行為であり、ジャズを聞く、演るというのは、結局のところ、その姿勢の体得なのだと思う。

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9bf63c21.jpg◆バードランドの子守歌/ケニー・ドリュー(PCCY-30112)

ピアノ:ケニー・ドリュー
ベース:ニールス・ペデルセン
ドラムス:エド・シグペン,アルビン・クイーン

「まるで春のよう」は何種類か録音がある。確かブルーノートの初リーダー作の10インチにも吹き込んでいたはず。愛奏曲なんだろう。

真っ白なカーテンが音も立てずに揺れているような、静かなたたずまいで、晩年のケニーの心情が表れているようだ。この盤はケニーのレーベル、マトリックスからの未発表音源であり、しみじみと誰に聞かせるでもなく弾いているような感じがする。ニールス・ペデルセンが重音で伴奏を付ける部分があり、とても新鮮である。

ミシェル・ルグランの「思いでの夏」も凛として美しい。ここまで美しく弾かれたら、文句をつける方がひねくれものになるだろう。この盤は録音年代が不明だが、この2曲は完全に「黄泉の歌」になっており、恐らくは最晩年のものではないか?いや、そういうことにしといてください!

ピアノソロの「ジャンゴ」は急に音が窮屈になるが、演奏の貴重さと素晴らしさで「そんなの関係ねぇ〜」。バップ・ピアノ風のソロではなく、なんとスイング時代のストライド奏法でアドリブをカマしてしまっている。これは驚きで、目から鱗でもある。ケニーも「出来るんだな」と確認するためのテイクだったのかもしれない。



・・・ってところで眠りに落ちた。

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41a0a0b3.jpg◆ベニスの愛/ケニー・ドリュー(PCCY-30110)

ピアノ:ケニー・ドリュー
ベース:ニールス・ペデルセン
ドラムス:エド・シグペン


ベートーヴェンの「月光」の第1楽章がゆったり弾かれているが、ベースラインしか提示されず、いきなりドリューはアドリブになる。最後の最後におなじみのメロディが、霧が晴れるように見えて来るところは結構スリリングだ。

ま、正直、コード進行が単純すぎてジャズには向かない曲だ。プロデューサーの意向を、どのように自分が納得する形に持って行くか、悩んだ結果がこれだろう。ニールス・ペデルセンのソロを引き伸ばすことによって、原曲の雰囲気と、ジャズの緊張感を融合させている。

あともう一曲。「エンジェル・アイズ」マット・デニスの有名な曲。あぁ、こんな曲書けたら死んでもいいなぁと思う。ケニー・ドリューも真剣に取り組まざるをえない感じで、タッチが真剣に聞こえる。ちょっとピリからでいいぞと思うけど、あっさりテーマに戻る。5分はソロを取って欲しかったなぁ。

もう一曲。「枯葉」。アドリブ部が二つに分かれていて、最初はニールスがシャンソン風に伴奏を付けていて、ケニーも小手調べ。そして後半から普通のジャズに。小節内に入るだけの音符を詰め込むケニー節が聞かれるが、あくまで肩の力は抜けている。ちなみにキーはF#マイナーで、枯葉には珍しいと思う。ケニーなりに弾きすぎた曲を新鮮に弾くための工夫なのかもしれない。

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8caf905b.jpgトランペット:チェット・ベイカー
ベース:ニールス・ペデルセン
ギター:ダグ・レイニー

1979年10月4日のライブ。ちなみにワタクシの年齢、1ヶ月と9日のこと。暇な人は計算してみい。

昨日のニールス・ペデルセンの音が気になって、このCDを取り出したが、バカテクはそのままだが、音はギリギリと硬質さを持ち合わせている。昨日のふにゃけたベース音はなんだったんだろう。

このCDは高校のとき、ディスクユニオンで中古で1000円で買ったな。懐かしい。

そうそう、チェットにも触れなきゃ。全く枯れてません。バリバリ吹きまくっています。50年代のチェットも聞きまちがえない音色とフレーズを持っているけれど、70年代もスタイルは様変わりしたけれど、唯一無二であることだけは変わらない。かすれた音で、音符をまき散らす量が半端なく多い。

ドラムがなくギター入りで、穏やかな雰囲気の好きな盤です。

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7d0a769d.jpg◆ピアノ・ナイト/ケニー・ドリュー(PCCY-30107)

ピアノ:ケニー・ドリュー
ベース:ニールス・ペデルセン
ドラムス:アルビン・クイーン


今日は結局、水道管工事に立ち合わなくてはならず、走る時間が無くなった。くそ。

さて、晩年のケニー・ドリューは「売れ線路線」とレッテルを貼られ、不当に過少評価されている。可哀相だ。日本が企画した盤が多く、これは世界に誇る録音遺産だと思う。昨今の新興レーベルの走りとも言えるかもしれない。メーカーも自信を持って推せば売れると思うのだけれど。

このCDはキャニオンが出しているが、せっかくヴィーナス・レーベルを販売しているのだから、ヴィーナスとフランチャイズして、ジャケをヴィーナス風に代えて出直せば売れるだろうに。

さて、死の1年前1992年のスイスでのライブ録音。演奏はもう文句のつけようが無い。「この人1年後死ぬのか」と思えるほど元気満点だし、レスポンスも高い。しかも鼻歌交じりのような肩の力の抜け加減。即興を気張らずできる、落語ですよ、これは。年月を経なくちゃ出来ません。それを売れ線路だなんて。志ん生さんを売れ線路なんて言う人は誰もいないですよね。

しかし、ジャズピアニストの枯れ方も千差万別だと思う。オスカー・ピーターソンは晩年ほど気楽さが無くなって来た感じだし、まだ存命だが、ハンク・ジョーンズは内面の吐露を感じさせる。ケニー・ドリューみたいに「死ぬまでフルスロットル」というのも素敵である。

あと、ニールス・ペデルセンのベースが当然聞きもので、ペデルセンのベースって、そういえば太くフニャッてる録音が多いいなあと前々から思ったのだけど、その分「メロディ」を強く感じさせる。わざと、そういう音にしているのかもしれないと思った。ペデルセンがソロで奏でるオリジナル「サンバ・プティット」も楽しい。最後にバッハの無伴奏チェロの一節を重音まで用いて奏でるのが面白い。そっちはあまり詳しくないが、ジャコ・パストリアスの一節も弾いているらしい。

そして、ケニー・ドリューだけのソロ、「イエスタデイズ」も素晴らしい。僕はバップ・ピアニストのピアノ・ソロというのがすごく好きで、どのように演奏を成立させているか興味を持って耳を傾ける。ドリューは、リズムは自由に、和音の変化で聞かせるスタイルなのだが、そこにはかのバド・パウエルの名演の幻影を感じとるといったら考えすぎか?わくわくする全編の中で、一際印象的なトラックです。

DSDリマスタリングということもあるでしょうが、ドリューのタッチはととも美しく、人気を博した理由がよく分かります。タッチは録音でごまかせるようなものでは無く、もともと大衆に愛される要素をドリューは兼ね備えていたのだと思わざるを得ません。そこをやっかんでもどうしようもないではありませんか。

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ca437e4a.jpgお風呂場の天井が少し水漏れしてて、管理人さんに申し出たら「また上のガキどもだな」と駆け足でクレームをつけに言った。しかしそれは原因ではないらしく直らない(濡れ衣)。しかも、部屋からも聞こえる距離での新しい「ポタポタ」も聞こえてきて不安だ。

今日構わずお風呂に入ったら換気扇から「ジョボジョボ」とこれまでにない水の量が飛び出して来てびっくり。明らかに水道管が緩んでいるみたいで、管理人さんに、Xデイが近い感じだから早く見てけろと訴え、明日見てくれることになった。今日帰宅するまで不安だったが、ポタポタレベルの水漏れを維持しているようで一安心。

さて、通勤時にCDを聞いているアタクシですが、ワーグナーって意外に電車では聞きにくいと言うことが分かった。まあ電車内という条件は最悪だし、ヘッドフォンの性能もあるのだろうが、意外にワーグナーってオケが薄い場面があるのだなと最近気付いた。

で、家で聞き直し、聞き取りにくかった部分が判明し、いちいち感動している次第である。

特に、このワルキューレ第3幕は、有名な第1幕より実は聞き応えがあるんじゃないかな。まずは有名な「ワルキューレの騎行」があるし、ワーグナー印のたらたらとした二重唱があるし(ここが聞きとりにくい)、これまたワーグナー印のヴォータンのモノローグもある。

特に、この形の二重唱は中毒性がある。目立つメロディもないし、二人同時に歌わないし、ねえ、そのどこが楽しいの?と問われたらなかなか説明しずらいのだけれど。

でも少なくとも、今までになかった音楽を「いい!」と聴衆に言わせたワーグナーは天才ということです。「今までになかった音楽」という状況は今でも有効で、最初取っ付きにくいが、それを乗り越えて「いい!」と思えると、結構あとは早いです(何が?)。

ブリュンヒルデはニルソンです。もう言うことないですね。ぎっしりとした銀の声とでも言うか、音色だけですでに聞き手を虜にしてしまいます。もう3回目を聞いてますが、ただでさえ中毒性のある音楽にニルソンの声が大々的にフィーチャーされるのですから、ベーム盤の最大の聞きどころの一つであることは間違いないはず。

ヴォータンはテオ・アダムです。ニルソンの方が強そうですが(笑)、やはり文句の付け所のない立派なヴォータンでしょう。

また、ベームの指揮が素晴らしく、特に長い二重唱のところは生き物のように楽器がうごめき、音色が変化し、まるで大河のごとしです。僕はベームのCDはあまり持っていませんが、多分彼の演奏の中でも出色の出来なのではないでしょうか?ただ、最後の魔の炎の音楽の最後は随分あっさりだけど。でも、これだけ聞いてると、ベーム盤を超える演奏があるのかな、なんて思ってしまう。てか、またリピートしちゃったヨ。何回聞くねん?

明日の休みは快晴の予報です。スポーツの日にしようとおもいます。おやすみなさい。

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be035997.jpg捕らえどころのなかったシュトラウスの管弦楽曲が最近分かって来た。ワーグナーの楽劇を聞くようになったからかもしれない。ワーグナー的感興を得たいが時間がないとき何か、シュトラウスの管弦楽曲はぴったりだ。

ジンマンのこの選集は非常に素晴らしい。現代美術のオブジェのようにクールにミニマムにシュトラウスを音化する。ミニマムということは、全体が見やすいと言うことだ。つまり分かりやすい。シュトラウスをあんなに太らせたのは誰なんだ?

また、トーンハレoが燻し銀のい〜音色を出すんだよなぁ。この音だけでオジサン、ご飯3杯はいけちゃうよ。そして実に上手い。

場面転換もフッといいスピードで変わる。シュトラウスのスコアをすごく信頼しているんだなと思う。ベートーヴェンでは時折、主張が先走る面も見られたけれど、このシュトラウスはジンマンのみならず、我々にとっても「共感が追いついた」音楽であり、肩肘張らずに、心の歌を奏でている。誇張もなく、物足りなさもなく、水のように自然に流れてゆく、完璧な演奏だと思う。

もう3回聞いてます。いや〜惚れ惚れする。何度聞いても飽きない感じです。

僕が今期待するのは、このコンビのブルックナー。とてつもない演奏になる気がする。

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死ぬほど笑わせてもらった。今でも思いだし笑いが。佐藤浩市、最高です。ただ、ストーリー的にはかなり無理がある気がした。最初はかなり不安だった。帰っちゃった人もいたくらい。

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