2008年05月

dc30353f.jpgジャズ強化週間ナリ、というわけではないが…。昨日シェリー・マンに感動したので、彼の一番有名作を。多分シェリー・マン、サイドマンを含めこれしか持ってないなぁ。

ところで、何度も書いているようで恐縮だが、僕はクラシックよりジャズの方に先にハマった。たぶんこの23年の差は大きいと思う。ジャズの演奏は堂々と好き嫌いで判断できる。旧友にはズバズバものが言えるのと同じ理由だ。

しかし、同時に「旧友のことはなんでも知っている」という過信も生じさせてしまった。つまりあんまり探求をしなくなってしまった。

ついでに「何を聞いてもいっしょ」という考えもある。つまりジャズとは「即興の姿勢」を聞くものであり、パーカーこそが頂点だということ。ひいては自分の体内に少しでもそれを体得できれば、ジャズという音楽は取りあえずは卒業なのではないか?もちろん、自分好みの演奏者を見つけ出したりする道もあるのだろうが、それならジャズというジャンルでなくても出来ることだ。

僕は「ジャズが聞きたい」と思うとやはりパーカーが出て来る。純度100%の即興ニトロを体内にキューッと注入する。これはもうパーカーだけしか味わえないカタルシス、メンブランの10枚組など、見ているだけで恍惚として来る。

あとはチェットにしろ、ジェリー・マリガンにしろ「ジャズを聞きたい」とは思っていない。彼らを聞きたいのだと思う。そういう意味でオーネット・コールマンはパーカーとはまた違う「ジャズ」という名の別種のカタルシスを感じさせてくれる。あと、スタン・ゲッツもそうだ。バリー・ハリスもニトロ純度が高い。

パーカー=ジャズ、としてしまうのに間違いがあるのかもしれない。パーカー=パーカーであって、後のミュージシャンはなにか別の音楽をやっていたのだと思えればよいのかもしれない。そう思った時、私の目に映る、今のジャズ界の荒涼たる風景が少しは御想像いただけるだろうか。

ちなみに、クラシックは「挑むべきもの」としてそびえたっている感じがする。だから、演奏の優劣なんて問う前に、未知の曲を聴いていきたいのだ。

話を戻して、このシェリー・マンは小技的なものはあまり感じられない。あれぇ〜と思う。ピアニストは(有名な話だけれど)、今やクラシック界の重鎮、若き日のアンドレ・プレヴィンなのだが、今回気付いたが、やはり普通のジャズ・ピアニストとはちょっとノリが違うように思う。左手を余り使わないし、アドリブもとことん分かりやすい。入門者にこのアルバムがよく勧められるゆえんだ。

ジャズはもう発展はしないのだろうか。水に落ちたインクのように、ジャズの要素は様々な音楽に吸収されてしまった。オーネットのような、独自のメソッドによる即興態度というのは、メシアンの旋法にも通じるものがあり、こういうところから新しい音楽が芽生えるかもしれない。いや、芽生えないな。

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c3606093.jpgずーっと昔から買いたい買いたいと思ってて、汚い大人になった最近、ついに買ったヨ。

なぜそんなに迷ってたかと言うと、成功か失敗か両極端の結論になるだろうなと思ったから。ベニー・カーターはスィング・ジャズの人だと言う先入観。僕はスィングは苦手なのです。が、結果としてはとてもよかった。

「ゾウ・スウェル」なんて曲に、ちょっとした洒脱なモダンなブレイクが挿入される。この時点で「勝ち」を確信した。

なんていう余裕の歌心にあふれたサックスだろう。これを聞いた時「俺もこう吹きたい!」と思った。それは実は「自分にもできそう」と思わせるベニー・カーターの「技術」に騙されていると言うことなんだろうが。

「イフ・アイ・クッド・ビー・ウィズ・ユー」なんて曲、俺、いつ覚えたんだろうか…。その「思い出せない記憶」の蓋を少しだけずらして覗かせてくれる。暖かく、懐かしい。

ベニー・カーターはトランペっても吹いているが、そのトラックを聞いて、このアルバムはすごく絶妙なバランスで成り立っているんだと気付かされる。

このアルバムの真の立て役者は、実はドラムスのシェリー・マンとベースのリロイ・ヴィネガーである。使い古されたスィング時代の曲に、パリッと糊をかけ、真っ白なYシャツのようにし立て直している。どこにも古臭さがないのには驚くばかりだ。

ただ、カーターがトランペット(ミュート付き!)を吹くトラックに関しては、シェリー・マンといえども「健闘虚しく」というように思える。時代に合わせてバージョンアップを繰り返しているカーターのサックスに対し、トランペットに関しては昔のままの奏法なのだろう。ただ、それがアルバムのアクセントになっているのは間違いない。

そして、もし、ピアニストがアール・ハインズではなくてテディ・ウィルソンだったら、この盤の鮮烈な魅力は無くなっていただろうな。アール・ハインズというピアニストは初めて聴いたけれど、基本はスィングの人みたいだが、モダンも体得しているのがすごい。俺がケツメイシを歌うようなものか(笑)。おかげで、このアルバムはレーベル名通り、いつまでもコンテンポラリーな作品であり続けるだろう。

しかし、僕はシェリー・マンの多彩なドラミングに感激した。演奏している人は楽しくて仕方ないんじゃないかな。

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なんじゃこのブログのタイトル。とうとう、いとうは気が狂ったか。いえいえ、これCDの名前なんです。

名前から分かるように、クラシック小品を集めたオムニバスCDなのです。いとうは、こういう雑多なオムニバスCDがとても大好き。失笑を買うタイトルであればあるほどなお大好き。

ずーっと前に「北の詩情」とかいうCDをご紹介した気がするのですが、実は「サウンド・スケッチ」というシリーズだったらしく、たくさんBOOK・OFFに兄弟達が並んでまして、一番まとまってそうなヤツがこれだったのです。

でも定価がやはりないのです。「北の詩情」は航空会社のPR用と目星を付けたのですが、このCDの出現で否定されました。通販もののバラか、オーディオ店向けの特典CDではないかと思っているのですが。制作会社はビクターだからです。誰かご存じの人はいませんかね。解説書もすごくしっかりしたものですよ。

今日はサティが聞きたくなりまして、このCDにはたくさん入っているのですよ。サティ集は一枚あったのですが、あまりのド下手な演奏に売り飛ばしたのです。まぁ本業は作曲家の人だからね(バレちゃうかな)。

フォーレの「夢のあとに」のようなチェロ曲もありますし、クライスラー、ドルドラ、ルービンシュタイン等、有名な曲が満載です。

ドヴォルザークの「母の教え給えし歌」って曲をご存じですか。いとうは知りませんでした。「ジプシーの歌」という歌曲集の一曲だそうですが、これは素晴らしいメロディですね。しかもチェロの音色にドンピシャです。チェロ曲はみんなナヴァラという奏者が弾いてますが、これまた抑制を効かせた歌わせ方が実に素晴らしいですね。フランスの奏者という気がしますがどうでしょうか。

サティといえば、忘れてならないのが「ジュ・トゥ・ヴ(お前が欲しい)」ですが、名ピアニストほどこの曲を弾くのを拒みますね!思い上がりもいいところです!!ブレンデルの弾いた「エリーゼ」を聞いてでなおしてきてください。

サティはみんなバルビエというピアニストの演奏ですが、ホイップクリームのように、甘く軽快な演奏で大満足。

ガロワのドビュッシーもあります。ちょっと、これは美しすぎてバランスを壊してるなんて言ったらかわいそうですかね。ガロワ、もう「音楽のリクライニングシートや〜」というほどの安定感と高級感。やはり名手です。

クライスラーを弾くコーガンはちょっと自分的にはキツかったです。

最後のルービンシュタインのへ調のメロディは、我らがイェルク・デームス。シューマンで彼の演奏にどっぷり漬かったわけだけれど、「うーん、ルービンシュタインでもデームスだ」と唸ってしまいます。やっぱり不思議な音色と節回しを持ってますね。落語のようなピアノですね。

解説書に「この曲にはこんなカクテルが似合いそう」なんて、イラストや作り方までのっています。なんか、いいなぁと思うわけです。スノッブじゃないクラシックの付き合い方、忘れずにいたいものです。

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3a58552c.jpgこの前眠っちまったつづきみちおセンセです。

三幕の最後、マンリーコのアリア「見よ、恐ろしい炎を」は、さすがドミンゴですね。観客の熱狂もすごいです。ドミンゴはイタオペの粋を十二分に味あわせてくれますが、さらに機智も感じさせてくれるんですよね。

あれ、ここ聞いたような気がしてきました。まあいいや。

第四幕は、レオノーラのマンリーコを慕うアリアです。カバイヴァンスカは、決して美声ではないですが、表現に曖昧なところが見られず、老練な歌を楽しめます。比較するのも何ですが、ジャズ歌手でいえばアニタ・オディといった感じでしょうか。

そのすぐ後の、ルーナ伯爵(カプッチッリ)との二重唱も、手堅く、クッと心に引っ掛かって来ます。イタオペのというよりは、純粋に音楽という芸術の手応えを感じます。

第二場。アズチェーナとマンリーコが幽閉され、互いに話している。この掛け合いが、たらーんとして、しみじみしていいお味(処刑を待つのにたらーんもないと思うが)。例えばプッチーニの「マノン」の最終幕のようなつまらないものにならないのは、ヴェルディのペンの強さでしょうか。

ドミンゴはいうまでもないですが、アズチェーナのコソット、実に素晴らしいですね。何度目かにやっぱり思います。アズチェーナにしては、声がきれいすぎる気もしますが、音色作りが多彩で、ここぞという時はジプシーの血を煮えたぎらせます。コソットという歌手に"コソット"興味を持ちました←ばか。

最初はどうなることかと思いましたが、このトロヴァトーレ、実に素晴らしいです。カラヤンの棒はやっぱり本調子とは思えないのですが、歌手がみんな鮮烈な個性があって、素晴らしいです。でも一番偉いのはヴェルディですね。

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f8bb874b.jpgこれ、買ってしまいましたorz。転職の初任給のご褒美、ご褒美、と何度つぶやいたことか。

マイスタージンガーはカラヤン盤をMP3で通勤時に楽しんでいたのですが、図書館のコピーなのです。やっと自分の「ニュルンベルク」が一対持てて嬉しく思います。

外装は素敵ですが、中身のCDはCD-Rが入っているようなペナペナな紙+パラフィン紙のケース×33に包まれており、ちょっとがっかりしました。ちゃんとしたスリーブ・ケースをつくってほしかったな。ブックレットには簡単なトラックの場面説明が付いています。

ワーグナーのオペラ、失礼、楽劇のおいしいところの紹介というのはなかなか困難ですが、頑張ってみます。

ザックス:カール・リッダーブッシュ
ヴァルター:ジーン・コックス
ポーグナー:ハンス・ゾーティン
ベックメッサー:クラウス・ヒルテ


指揮:ヴァルヴィーゾ

まず、ヴァルヴィーゾという指揮者が正体不明ですが、スイス生まれの指揮者だそうです。すっきりと見通しのよい指揮で、埋もれがちなワーグナーの動機をくっきりと示します。見当違いな感想かも知れませんが、イタオペ風なワーグナーともいえるかも知れません。前へ前へ進む指揮に聞こえますが、これは、テンション的な問題のような気がします。ベームの「リング」もそんな印象を受けたことがあります。バイロイトという舞台が特別な場所であることを感じさせます。

ヴァルターのジーン・コックス、声が非常に素晴らしいですね。若々しくて、フェアで、情熱的で・・・様々な感情をこの声だけで感じることができます。「赤毛のアン」のギルバートみたいな役どころでしょうかね(笑)。カラヤン盤のルネ・コロに似ている気もしますね。ルネ・コロも素晴らしいですよね。もう第一幕「もう終わりっ?」て感じで聞き終わってしまいました。

第二幕にさらに素晴らしい宝物が待っていました。リッダーブッシュのザックスのモノローグです。噂で「リッダーブッシュのザックスは最高だよ」とは聞いてはいたのですが、予想以上でした。ヴァルターに対する賛美と嫉妬とが入り交じった感情を、自ら静かに納得させるように、あくまで格調高く歌い上げます。また、ヴァルヴィーゾの指揮が、ザックスを慰めるかのようにそっと寄り添ってきます。なんだか泣けて来ます。

今日はこのあたりにします。おやすみなさい。明日は、走るよ(笑)。

ちなみに、このCD、ネットでは品切れですが、タワレコ渋谷店に8.990円でまだ在庫たくさんありました。問い合わせてみては。アマゾンでも7.000円台で再入荷予定があるみたいです。回しものではありません(笑)。いいものは共有したいではないですか。

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af497b9d.jpgこの前のカラヤンのトロヴァトーレの2枚目を。

1枚目はあまりにバラバラな演奏で「呆」でしたが、なぜか忘れられず、何度か聞き直してしまいました(笑)。この「残り方」というのはどうしても予測が出来ません。関係ないですが、評論家はそれを主眼に評論して欲しいものでございます。

確かにバラバラでも、「ライブ」の音がするのです。それが、とても心地がよいのです。

2枚目は演奏の乱れはもうあまり感じられません。アズチェーナのコゾットというメゾ・ソプラノ、実に素晴らしいですね。先日ご紹介した、名もない「トロヴァトーレ」のアズチェーナは、やけに老婆を強調しててくどいんです。コゾットは、しっかりと音楽的感興を与えてくれるメゾで、アズチェーナの憎しみもしっかり感じさせてくれます。

しかし、アズチェーナという役はちょっと掴めませんね。恨んでいたルーナ伯爵の子供(マンリーコ)を育てられるものでしょうか?まだ子供だったから愛情が芽生えてしまったのでしょうか。それならラストのシーンも納得がいきますが。アズチェーナは実はルーナ伯爵を愛して、なんてのはどうでしょう(といわれてもねぇ)。

マンリーコ(ドミンゴ)の「見よ、恐ろしい炎を」やレオノーラ(カバイワンスカ)の「恋はばら色〜」はも素晴らしいです。後者は、カラヤンの「死の前の沈黙」というような音楽作りも独特だと思いますが、ライブと考えれば、ぐっと引きつける効果があります。





・・・というところで眠りに落ちたようです。さようなら。

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cf062ab6.jpgビーチ・ボーイズの「ワイルド・ハニー」というアルバムが、こんなにクリエイティブなものだったのかと今更ながら再発見した。「ワイルド・ハニー」はもはや「聞き潰した」と本気で思っていたのだ。たぶん誰に言われてもその考えを改めはしなかっただろう。

音楽とは不思議なものだ。いつ何が誰の心に響くか分からない。

ただ、その「傾向」というのは確かにあると思う。やっぱりクラシック聞き始めの人は、表現が分かりやすい、例えばフルトヴェングラーやバーンスタインとかの演奏を偏愛したりする。

そして、段々とクラシック経験値が上がってゆくと、もっとスッキリしたものや、小技が効いた演奏を求めるようになり、フルやレニーを鼻で笑い始めたりする。

ただし、ここで忘れてならないのは、彼らが笑っているものは、好みの遍歴の「傾向」なのだということだ。

その「傾向」から抜け出せれば、晴れてクラシック高校卒業といった感じだと思う。そうすれば、フルトヴェングラーの本当の凄さと重さが分かるだろうし、ビーチ・ボーイズが過少評価されようが気にならなくなる。

《傾向》期は熱中期でもある。人様に見透かされるのは恥ずかしいのは当然。いまオペラにはまりつつあるけれど、はやく「傾向」から抜け出したい。後でオペラの記事を読み返すのが今から恥ずかしい気がします。それを軽減するため、オペラ記事ではですます調になっているのですね。ずるいです。

ともかく「傾向」を恐れないことを僕は学んだ。これを学んだだけで、人生何倍も楽しくなった気がするのです。かしこ。

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3a3652fc.jpg昨日のトロヴァトーレの結末はまたこんど聞くとして。やっぱり新しいのが聞きたいのでマルタを。

フロトウというドイツの作曲家はこれ一曲だけが九回裏満塁サヨナラホームランみたいな出来だったのでしょうか?手持ちのオペラ本にも、他の作品の紹介すらされていないのです。経歴も超あっさり。ちょっとカワイソウ。

けれど、この作品はリストやワーグナーに認められ、指揮も手掛けるほどだったそうです。ふーん。

ます思ったのが、雰囲気はウェーバーに近いかな〜と言うことです。ちょっとフランス的なエスプリも効いている感じ。音楽は切れ目がはっきりしていて、イタオペの影響は無視出来なそうですが、重唱になるとモーツァルト風?なんだかよく分かりません。


まず、ソプラノとメゾの重唱です。ルチア・ポップとドリス・ゾッフェルですが、音楽的にどうかと思うくらい脳天気で明るいです。トリスタン(B)の口説きに対する掛け合いも、ポップは難しい跳躍を楽〜にこなして、なかなか利発な女性を感じさせます。

第2場は、広場のにぎわいが男性合唱(「おとなしく真面目な娘さんよ」)によって表されています。単純な旋律+主要3和音で構成され、ここなんかもウェーバーに近い感じがしますね。

ただ、オーケストラが薄手なのがちょっと残念な気がします。僕はベルカント・オペラをすこーし敬遠してしまうところがありますが、その理由が、オケの薄さなんですよ。フロトウはそのベルカント風の薄いオーケストレーションを、あえて手本にしているように聞こえますね。でも、それで娯楽性がアップしていると肯定的に聞かれる方もいるでしょうね。

そのあと、ライオネル(T)とプランケット(BR)の重唱がありますが、きれいなものですね。ビゼーの「神殿の奥深く」もそうですが、男性どうしの重唱は出て来れば新鮮ですし、意外に重苦しくならないものですね。男性のコーラス・グループが女性のそれより多いのも理由ありきなのでしょうか。ビーチ・ボーイズなんかも全然飽きないですからね。

全曲聞くのが楽しみです。明日早いので、今日は子の辺りにしましょうか。

5
ためになった。

この人、昔レコ芸で「ワインと音楽の対位法が…」とか俗悪な事を書いており、虫眼鏡で顔写真を焼いたことがある。そういう面を差し置けば、やはりきちんと知識はあるのだなと思った。

こんな1文が。

「バッハに流れ込んだもろもろの要素は、ひとつひとつ分析して先輩たちとの結びつきを証明出来るが、しかし同時に、そうした一切の分析と証明の努力は無意味と思わざるを得ないほどに、バッハのスケールは大きく、個性は際立っている」


「バッハ」を「大滝詠一」に置き換えても通用すると思った。大滝さんはバッハ的な音楽家なんだと気付かされた。

「大滝に帰れ」これである。

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5381e2cb.jpg昨日買った、カラヤンのトロヴァトーレを聞く。

おやおや、どうした事でしょう。歌手とオケがバラバラです。息が全然合ってません。カラヤンの指揮も金管がうるさく、テンポの融通性がなく、立て付けが悪い感じ。ヴェルディの弦の刻みがなんと生気がないんだろう。やる気がないようにも感じます。

ドミンゴのマンリーコはそういう不満を一瞬忘れさせてくれます。今第2幕を聞いていますが、後半に持ち直すのでしょうか?今日はそれを確かめる時間がありませんが。

カラヤンの演奏で、「無難にまとめあげる事すらしない」という演奏を初めて耳にしたように思います。僕が接したカラヤンのCDで、断トツ1位の最低演奏です。

観客はかなりの熱狂ですが、ちょっと信じられない思いです。ミーハーというのは海外にも等しく存在しているということでしょうか。

あと、カプッチッリのルーナ伯爵も、この悪条件の中頑張ってマス。

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