2008年04月

6f469b6d.jpg一年にベートーヴェンの第5を何種類も聞され、意見を求められる評論家というのは大変な商売だ。

音楽を売っている人で、家でほぼ無音というひとに何人か出会った。ほとんど労災といっていいと思う。

僕も、通勤時はオペラか落語を聞いている。朝はバロック。クラシッククラシックした曲はとても聞けたものじゃない。もうウンザリになるものだ。

そんなときは、思いっきり風変わりな音楽を求める事になる。今日はなんとしてもペルトが聞きたくなった。この「フラトレス」という曲は一つの旋律を独奏楽器、または合奏がひたすら繰り返すというもの。すごく気持ちがいい。ベタな言い方だが、癒しを感じる。

これは、音楽を売っている弊害ではなく、今の世の反映なのかもしれない。

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昨夜は寝床でオレンジ・レンジの歌を歌詞カードを見ながら練習してて、いつの間にか寝てしまった。いい歳こいて何やってるんだろうと思う。

前も取り上げたかな。この曲はへとへとに疲れた時に聞くと染みる。ロストロポーヴィチとゼルキンのもの。

ブラームスはつくづく音色作りの名手だと思う。とにかくチェロのおいしい音色がひき立つようなメロディを書く。

音色や声色というのは個人的趣向が強いので、ブラームス愛好家は、理想の音色を求め、何枚も同曲異演を追い求めることになる。こういう人達はもはや音楽は聞いてないんだと思う。

けれど、ブラームスほどその音楽を分析しようとする考えを放棄させる作曲家はいない。完全に技巧は音楽の裏に隠されてしまっている。そこがシューマンと違うところだ。

だから、僕がブラームスを聞く時は「きちんと聞きたいけど疲れているから仕方がない」という時に限られている。言い逃れる余地を自分の中に残すわけだ。そして、やっぱりブラームスはいいなぁと思う。

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ファジル・サイのハイドンを聞いた。自慢じゃないが僕はハイドンのピアノ・ソナタを全部聞いたのだが、あれ、こんなんあったっけ、あれ、あれ」みたいな情けない状態だった。まぁ、かなりシブい選曲ではある。

作曲家に対するイメージというものは誰しもあるだろうが、サイのハイドンはハイドンらしくない。だからと言って悪いわけではない。私が好きなブレンデルのハイドンだって相当ハイドンらしくないからだ。

けれど、サイのハイドンに対するアプローチは、「だったらチェルニーでもスカルラティでも良かったんじゃないか?」と思えてしまう。100m走でも10000m走でも障害物走でも、サイはその脚力を遺憾なく発揮できるのは素晴らしいことだ。ただ、それはそのスポーツの有する感動や達成感とは異質な気がして来る。

とにかく、もうちょとじっくり聞いてからかな。

27144ff6.jpgフレディ・レッドってまだ存命しているのだろうか。天龍のような黒光りの肌を持つ、さすらいのピアニスト。寡作だがそのほとんどが傑作。おそらく最新の録音。

ドラムがビリー・ヒギンズでそれも聞きどころだけれど、やはりライブの楽しさと、「フレディは実在したのだ」という感慨を噛み締めて聞くのがいいだろう。観客はこのピアニストの正体も知らずはしゃいでいるが。

バド・パウエルの名曲「アイル・キープ・ラビング・ユー」が泣ける。フレディは何を拠り所にして生きていたのか。その答えが、この曲にあらわれている気がしてならないからだ。フーツラのアルバムでもバドへの傾倒を示す曲を書いている。

1988年録音だが、もしフレディが存命なら、この録音のチャンスを得たことを昨日のことのように話してくれるに違いない。そこで、自分はいかに欲にまみれているのかを知ることになる。

フレディ・レッドのように、ピアノに生き、ジャズに生き、それではじめて、人の心を打つ音楽が奏でられるのかもしれない。

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◆音楽の冗談 K522

演奏は引き続きカントシーダー。

第1楽章…あまりに稚拙なリズムで開始されるが、これが割と中毒になるなんていったらモーツァルトは怒るだろうか?ユーモアとは批判精神である。5度上に解決するメロディ、末尾のホルンの追随、ハイドンやヘンデルを批判したものなのだろうか?これは冗談ではなく陰口だ。その他、効果の薄いトリルなどが面白い。

第2楽章…ホルンが乱れている。あと、当時のホルンでは明らかに出ない音があるのではないだろうか。モーツァルトは友達のホルニストのロイトゲープを思い浮かべていたのだろうか。その他には冗談に聞こえるところはない。当時では禁止の跳躍などがあるのかもしれないが、今の耳にはなんともない。やっぱりヘンデル的な終わり方をする。モーツァルトはヘンデルが嫌いなのだろうか?

第3楽章…調がまったく安定しない。基本の調はト長調だが、あっちにふらふら、こっちにふらふら。特に展開部(?)以降は逆に名人芸だ。これはモーツァルトの名(迷)品の一つに数えられるだろう。

それと、いきなり始まるバイオリンのカデンツァ。何となくバッハ風だ。途中のスケールで半音うわずってしまうが、無事にハ長調に戻ってくる。ん?この曲、ト長調だったのでは?ん?でもト長調って??

第4楽章…半音のうわずりがまた表れるが、これは今の耳にはモダンな響きを持っている。モっちゃんの誤算である。一番最後はちょっと悪ノリ過ぎだと思う。

第3楽章はあるいみ絶品だ。

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e91c2c6e.jpg疲れてなかなかブログが更新出来ない。すいませんね。

マルトゥッチのこの管弦楽付きの歌曲を気持ちが安らぐのでよく聞いている。どんな内容を歌っているのかは全く不明だけれど。ヴォーン=ウィリアムズの管弦楽に声を添えたというか、「四つの最後の歌」をもっと現実的にした感じというか、そんな感じだ。

各パートが全部カンタービレを要求されているようなところは、ワーグナー風かもしれないが、その旋律はイタリアっぽい明るいもので、つまりかなり気持ちがいいのです。トスカニーニが認めていたのも納得です。

これはおすすめのセットですよ。

de441670.jpg昨日に引き続きすごい風だった。休みだったが、ランニングしたら風でイライラがつのること必至なのでやらなかった。先週の今日はフル走ってたんだなぁ。一週間走ってない…。ま、久しぶりにシューマンやっか!


◆ユモレスク op.20

全部アタッカで繋がっているのが特徴。

1 「森の情景」のようなのどかな曲想。いい音楽が始まる予感。

2 変拍子も入った闊達な音楽。なんか「軍隊行進曲」にも似てる?一番最後に「1」が回想されるが、どんな意味が。

3 出のメロディは不思議な拍を持っている。次々と違う曲想が出て来る。「スマイル」時代のブライアン・ウィルソンを思わせる。一番最後に出だしのメロディがまた回想される。

4 悲しいような懐かしいような、シューマンは和音の微妙な味わいを使い分けるのがうまい。というかシューマンのピアノ曲の特徴といえば誰しもそれを思い浮かべると思うのだが、ご本人はそうは思っていないんだと思う。ヴィルトゥオーゾなんだぞ、と思っているに違いない。そんな曲想がまた中間部に挿入される。やれやれ。また冒頭の回想。これですべてが丸く収まるとシューマンは思っているのだろうか?

5 冒頭のメロディはやはり素晴らしく美しいものだ。こうるさい部分(失礼)も少なく、悪くない。

6 激しい。

7 左手の和音が何度も叩き付けられる。霊感に乏しい。しかし、実演で弾くなら、終曲に向けての体力温存の場となろう。そういう「体力的解釈」もあって良いと思う。

8 終曲。何か大きなものが出てきそうで出てこない感じ。ハッキリ言って、この曲、よくわかりません。

おすすめ度:★★

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