2008年04月

昨夜は寝床でオレンジ・レンジの歌を歌詞カードを見ながら練習してて、いつの間にか寝てしまった。いい歳こいて何やってるんだろうと思う。

◆おとなしいアメリカ人/グレアム・グリーン

読解力、知識の低さを露呈。もっかい必ず読み返したい。

フォンの描写が切なくも美しい。

2
◆長距離走者の孤独/アラン・シリトー

タイトル作はそれほど面白くない。マザコン、自殺、貧困がユーモラスに描かれている。時々しろうとっぽさを感じる。

526ed4e3.jpgまだてんやわんやですよ(CKB)。だってしょうがないじゃない(和田アキ子)転職したてだもの。売り上げ落としちゃ懺悔の値打ちもない(北原ミレイ)。

◆ディベルティメントニ長調 K136

指揮:ヘルマン・アベル
オケ:カメラータ・アカデミカ・ザルツブルク

いわゆる「ザルツブルク・シンフォニー第1番」と呼ばれているヤツだ。第1楽章の主題は聞いたことある人は聞いたことがあるだろう(なにをいっとるんじゃ?)。

しかし、この音楽は浅薄であると思う。聞いていて腹が立つ。有名なのに中身がない良い例だ。

第2楽章もそう。リズムの単調さが原因かもしれない。第3楽章もそう。弦楽器だけで奏されるからかもしれない。とにかく時間を無駄にしている気がしてくる。歯医者さんで聞くべき音楽。


◆ディベルティメント変ロ長調 K137

ザルツブルク・シンフォニー第2番。奏者は一緒。

第1楽章、なのにアンダンテ(あんだって?)。しかも短調で始まり「トラックを間違えたか?」と思った。雲間が開けるように長調に転じる、これはモーツァルトらしい美しい音楽だ。水が跳ねたような第2主題もエグキャッチーである。ただ、第2主題以降や展開部は短調の色彩が支配的で、果たしてディベルティメントとしての役割は果たせたのか?

アベルの再現部を若干早くする解釈は青臭くてちょっといただけない。

第2楽章。アレグロで、これこそが「始まり」という気がする。K136より何倍も素敵な曲だ。

第3楽章。素朴な舞曲風。モーツァルトの舞曲のメロディは全部違う。これには舌を巻かざるをえない。しかもそれぞれ性格も違う。この曲は仄かに優雅さを漂わせている。

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◆悲しみよこんにちは/サガン

感動。女性版ライ麦?面白いのに気が散る。不思議な本。この本自体が青春シテル?

「忘れられた登場人物」とか、個性的で適切な言い回しに惹かれた。

この度、転職いたしまして、てんやわんやですよ(CKB)。まあいろいろ忙しいわけで…(順)、そしたら自然とモーツァルトが聞きたくなりまして、不思議ね(ZARD)。

◆交響曲第24番変ロ長調 K184

指揮:パウル・カントシーダー(?)
カペラ・イストロポリターナ(?)

もう、分析的に聞こうなんて気力もない。第1楽章はシンコペーションがイカすな、程度。でも、モーツァルトの第1楽章にしては、やや物足りない感じがするな。若い作品だからか。

となると第2、第3楽章ががぜん光ってくる。第2楽章の「ミーソッソッソッ」のメロディ、この素朴で愛くるしい旋律。もうかわいすぎて抱き締めたい!!内蔵が飛び出すくらいぎゅ〜〜って。コンバスのピチカートがジャズっぽいスイング感をかもし、踊りたくなってくる。第3楽章も単純な主題で、やっぱり舞曲的だ。

こういうのを聞くと、芸術の優劣とはなんなのか分からなくなってくる。

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◆ミラクルな人/爆笑問題

対談集。普通。談志師匠とのが面白かったが、全体として平凡。僕はまだ大滝師匠に会わせる顔はない。よく本にできるよなという気持ちもある。

今日はある失敗をした。そんな落ち込んだ気分を癒してくれるのは志ん生さんの落語と、ショパンの夜想曲集ですね。

アビー・サイモン(Abbey Simon)というピアニストの全集がVOXから出ていて、中古で安かったので買った。限られた蒐集歴のなかで「VOXに駄作なし」と勝手に思い込んでいます。

やっぱりいい演奏です。でも、一番の「おや」ポイントは、ピアノの音色でした。解説を読むとボールドウィン(BALDWIN)というピアノをサイモンは使っているようです。

ベーゼンの音色を「桐」とするなら、ボールドウィンは「樫」という感じを抱いています。有識者の意見はどうでしょうかね。ベーゼンとくらべ、ちょっとタフさも感じるいい音色です。

夜想曲はムード音楽だと思います。そうなると、「優しい音色」というのは大事なポイント。アビー・サイモンの弾くボールドウィン、ワタクシ的新提案です。…まっ、品切れのようですが(ひどいオチ)。

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第3楽章 変奏曲

葬送行進曲のようなリズム、雰囲気をもつ。昨日から感じていたことだけれど、ショパンの葬送ソナタをちょっと意識しているんじゃないかな?

明るくなったり暗転したり、気分が定まらないのが印象に残る。中間の楽章に変奏曲を入れるのはかなり珍しいと思う。他にはベートーヴェンの熱情ソナタくらいか。

第4楽章 プレスティッシモ

やっぱ、葬送ソナタを意識していないかな〜。ただ、シューマンのはきちんと調性感があり、表情的である。第1楽章との音型的な共通点も見受けられ気もする。

ちなみに、シューマンの著書「音楽と音楽家」を読むと、シューマンがショパンの葬送ソナタの真価をクリティカルに捉えていない事が分かる。木を見て森を見ない評論だと思うのだが、まさにシューマンの作風も共通するものを感じる。

葬送ソナタが「物語」という直感的な造形を持っている事にシューマンは気付けなかった。これはシューマンの作曲に常に欠けているものでもある気がする。

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◆ピアノ・ソナタ第 3番 op.14

第1楽章 アレグロ

ショパンの幻想即興曲みたいな流れるような第1主題。ピアノ・ソナタといえば、具体的なパッセージを一つ一つ積み重ねたり展開してゆくような音楽を思い浮かべるが(やはりハイドン、ベートーヴェン、だろう)、シューマンのそれはまったく別の世界だ。とりとめもないというか、幻想的というか。

第2主題はシンコペートするメロディと思われ(0:53)、ですぐにリズミカルな第3主題(1:13)に入る。そのあと第2と第3主題が変奏されまた出てきたりもする。

展開部を欠いたような形で、再現部へ。再現部とは名ばかりで、主題はしっかり装飾・変形させられ、ここに音楽の重心は当てられているようだ。最後に第1主題が再現され、幕が下りる。

ころころと気分が変転するせわしない、追い立てられるような音楽であり、ソナタ的に聞いてもその面白さはキャッチ出来ないだろう。部分部分のパッセージに自分の気分のチューニングを合わせる事が出来るなら、共感出来る音楽だと思う。僕は、意外と好きだ。

第2楽章 スケルツォ

スケルツォだけれど、なんか気分がはっきりしない音楽である。それがシューマンの良さでもあるけれど。前楽章はソナタ形式だから、とりとめもなさも「まあいいんじゃない」と思えたが、やはりスケルツォはそれでは持たない気がする。

メロディが果てることなく続き、どれが本当に大事なメロディなのか、直感的に伝わってこない。

ただ、よく聞けば分かる。ちゃんとABAの形をしている。Bの入りも余りにさりげないし、Aの戻りも見事なくらい繋げている(P5重奏もそんなスケルツォだった)。ただ、それがスケルツォという形態に有利に働いているとは思えない。

ただ、それに気付けば気付けない人が不思議に見えて来るわけで、今も昔もシューマニアーナという人種を生み出すのかもしれない。シューマンの連続試聴をはじめたときはウンザリした時もあったし「シューマンは二流作曲家!」と断罪スレスレにまでなったが、困ったことにシューマンの音楽に毒され始めている自分に気付く。シューマンならなんでもいい、そんな気分にすら・・・困った。

続きはまた明日。

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