2007年11月

ハイドン更新、電池切れ。思考停止…パッパッパニック、パニパニパニック。

ちょっと充電します。マラソンで言うと魔の30キロ地点ということにしておいてくだされ。

で、今日はマーラーを。たぶんこのブログで初めて取り上げるかも知れません。

僕は割りと頑張ってマーラーを折あるごとに耳に通そうとしていますが、まったく理解不能。1〜5、9、大地の歌、ことごとく意味不明or何も感じない。このショルティのマーラーも中古屋で500円で見つけなければ多分買わなかった。

で、これを聞いてみたんだけれど、もう2回目を聞いたりしている。おおいに興味をそそられている。なによりも楽しい。

まず、第1部がすごく良かった。「グローリア」とか、教会音楽でよく耳にするラテン語の歌詞が乗せられており、まずは親近感が沸いた。

ただ、wikipediaなんかではこの楽章を「多声的」と書いていたりするけれど、果たしてそうだろうか?僕には「なんちゃって多声」に聞こえる。無教養さを感じる。チェリビダッケがマーラーのことを「もっとも痛ましい事件」と評している気持ちも、何となくこの楽章を聞いていると分かる気がするのである。

第2部は「大地の歌」に似た学句がたくさんでてくる。けれど、こちらは祝典的で明るいのが良い。そしてルチア・ポップの独唱がすごく可憐。ボーイソプラノもかわいいし、それは希望の一筋の光みたい。

《千人の交響曲》という副題が付いているけど、第2部などは900人程は持て余している感あり。何とも燃費の悪い作曲だ。コーラスなどは終演後の拍手を、自分のものとして受け入れられるか人事ながら心配である。

そうか、マーラーはバブルだな。インフレだな。マグロの大トロだけを取り除き、あとの部位は捨ててしまうような贅沢さがマーラーの交響曲にはあるような気がした。大根の葉っぱまできちんと調理する僕には、理解できなくても致し方ない音楽なのかもしれない。

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今日は走らず。

昨日の夜にラジオの弾き語りの練習でミニ鍵を弾いていたんだけど、なんか頭が重い。ハイドンは休んでしまった。楽しみにしていた人すいません。

朝起きてもまだ頭が重いので無理をせずランニングも休む。

エロール・ガーナを聞きながら入浴(ほんとあんたもすきねぇ)、出た後パールマンとズッカーマンのモーツアルト二重奏を聞く。ミルク抜き砂糖入りコーヒーと言った感じ。

出る時、夢で小島よしおが「降水確率 今日は80パーセント でもそんなの関係ねぇ」とハッスルしていたのを思い出していたら、本当に雨だった。どのみち走れなかったかもしれないけど、やっぱりちょっと後悔した。

今日は朝1周。

さすがに昨日の疲れがあったみたい。筋肉痛はないのだけれど、膝関節が…。月200kmは到達できそう。

エロール・ガーナのポートレイト5枚目を丸々聞けた。うーん、気持ちいいね。

江戸川沿いを1時間45分ほど走って来ました。もう暗かったので、途中から分岐が分からず、違うコースに入ってしまい、正確な距離が掴めませんでしたが、多分15km位じゃないかなと思います。

いわゆるLSDという、長い距離を時間を掛けて、という練習にしようかと思ったのですが、いかんせん気が短く(笑)すぐに普通のスピードになってしまいました。まあ、寒かったこともあります。なんで今日は丁寧語なんでしょう?

LSDはまだ日が高いうちに、ウォークマンとか聞きながらやりたいですね。

で、ショックなこと。僕は1km5分を切っていると思っていたのですが、6分位掛かっているみたいです(:_;)しくしく。まあ、家の1回りが2.5kmという概算はだいたい合っている事も分かりましたが、15分ほど掛かるので。

となると単純計算でフルマラソンが4時間20分程掛かる事に…。本当に脚って早くなるんでしょうか…。いろんなブログを見てると、全然練習しなくて、4時間切りをしてしまう人もいるし…、自分は走りの天分には恵まれていないとあきらめて地道に頑張ろう。逆に言えば、僕は音楽に関してなら…(以下略)。

色々考えたけれど、走り終わった後、伯母が沸かしてくれたお風呂の気持ちよさといったら!湯船に漬かるのが多分一年以上振りだしぃ、いつもより長距離走ったしぃ、冬だしぃ、みたいな好条件が大挙して押し寄せてきたのだからたまらない!そして、出た後の食事が美味しいのなんのって!癖になりそう。

というわけで、疲れたので今日はハイドン休みます。すいません。

今日は休みでのんびり。今から伯母の家へ走りに行きます。

入浴しながらロッシーニのシンデレラをまた聞く。出てもご飯や洗濯をしながらも聞く。最後は大団円でめでたしめでたし。

けれど、ちょっと素朴な疑問がかすめた。なぜ末っ子のシンデレラがメゾなんだろう?普通薄幸のヒロインならミミのようにソプラノじゃないか?

しかも、三人姉妹だから、アルト→メゾ→ソプラノときれいに並べられるのにね。

イタリアのみならず西洋だと、成熟した大人の色気ムンムンの女性の方がモテるのだろうか。そんな意味でバルトリは適役すぎ!?

今日職場で鼻水が止まらず、たまらず鼻炎薬をトリンケン。ピタッと止まるけれど、口がパッサパサになるんだよな。帰りにうまい棒(チーズ味)買って食べたら、ただでさえ少ない唾液をうまい棒が吸い、飲み込むのに苦労をした。

さあ、今日も頑張りましょう。

◆第58(48)番ハ長調(1789 55歳)

第1楽章…アンダンテ・コン・エスプレッシーヴォ

アンダンテだけれど、もっと遅く聞こえる。遅いこともあり、この形式をはっきりと理解するにはかなりの忍耐が必要とされるだろう。ボケッと聞く分には気持ちが良いが。

正解は《ABACA-D-ABACA》というロンド形だと思う。Dのトリオ部は主題回想を含み、ソナタ形式の展開部と同じような価値を与えているのが特殊だ。ちなみに再現部のB主題、C主題(ともに短調)はかなり大きく変奏されている。

ただ問題は、主題がどれも耳に残るインパクトに欠けるという事だ。タダ長ったらしいだけの楽章と思われても仕方あるまい。B主題とC主題がもっと明確な性格を持っていればと悔やまれる。

第2楽章…ロンド・プレスト。

ロンドなのは良いけれど、副主題に目だった特徴がなく、主題の描きわけがはっきりせず、平板で単調な印象を植え付ける。短調のメロディがトリオだろうが、繋ぎ目をなだらかにしているので、せっかくの効果が出ていないのである。

一番目立つメイン主題は再現箇所によって例えば属調に移調される。ロンド形式では珍しいかもしれない。つまりこの楽章もソナタ形式の価値を与えられたロンド形式ということが可能だろう。

ただし繰り返しになりますが、さっぱり面白くないのです。あまりオススメできないソナタです。ではおやすみなさい。

オススメ度…★★


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朝4周。やっとまともな気分になれた気がする。

2周目にいきなり「乗る」。「もっとスピード、あ・げ・て・み・ない?」と脳が誘惑する。官能的ですらある。よーしと速度を上げると同時に、たっぷり出したと思った便意を今日もよおしてきた。クソーっと文字通り思う。

昨日計算したんだが、月200kmは、月末まで毎日欠かさず4周走れば達成する。すなわち、結構KAT-TUNばりにギリギリなのだ。

3周で断念するか、けれど体はどんどん「乗っ」てきているのに。スパートの坂道を駈け上がり、4周目にさらにスピードを上げて突入した。すると、便意が少しだが引いて来「いける」と確信した。結局きちんと走りきり、ストレッチもきちんとして無事放便することができた。下事情は一生僕に付いて回る命題のようなものかもしれない。

エロール・ガーナのポートレイト5枚目を聞きながら入浴。出た後、この前買ったシンデレラの第2幕を聞きながら朝食。このオペラは結構せかせかしていて朝にはいいかも知れない。

眠いので、チャチャっと終わらせましょう。

昨日から11枚目に入っていて、ショルンスハイムのお言葉を紹介するのを忘れました。今回は…


《情熱のアビス》


…とのことです。

◆第35(43)番イ長調(1783 51歳)

第1楽章…モデラート。ハイドンが若い頃の主題のように《元気は良いのだが地味》というような主題だ。けれどやっぱり年輪を重ねただけの深い味わいがあるような気がする。メロディはなかなかトニカに解決せず、悠久を感じさせるといったら大袈裟か。

第2主題など左手が3連符を刻む若いハイドンそのものなのだけれど、今までとは何かが違う。それはありきたりのトニカの分散和音ではなく、たとえばそれはニ長調の提示部終止への通り道、つまりはドミナントの役割を与えられていたりするからだろう。

つまり、一見若返りしたようなこのソナタも、ハイドンの後年の様式をしっかり踏まえているという事になる。

第2楽章…メヌエット。メヌエットというよりもスケルツォという感じもする。この同音を「タッタターン」と奏でる主題はハイドンにはかなりレアなものではないか。なんとなくロッシーニっぽくもある。ほとんどリズムの面白さでこの楽章は作られている。

メロディというのは、当然作曲者が腐心する部分ではあるけれども、メロディだけで音楽は成立しない。ハイドンもこの楽章でメロディの呪縛から開放されたようなきがする。どんなメロディを用いようが、ハイドンは自分の音楽にしてしまえる自信があったのかもしれない。余談だがベートーヴェンも晩年にはそういう境地に達していた気もする。

トリオはレガートを効かせた優雅な旋律で、主部と鮮やかに対比させて見せる。

第3楽章…ロンド。ハイドンのロンドはどれもハッとする仕掛けがあるものだけれど、このロンドはちょっと面白みがないような気がする。地味な主題が何度も出て来て、それが単調な印象を与える(律義なご変奏もむなしく)。

前2楽章で円熟味を感じさせたハイドンでしたが、終楽章は若い頃に舞い戻ってしまったような、青い果実を思わせる、堅い印象を持ちました。おやすみなさい



オススメ度…★★★☆



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朝2周

今日どうしても朝しなくてはならないことがあって、ランニングの時間が刻々と減ってゆく。かなり押して3周走れるかどうかの時間に出発。ところが、体、重っ!三日間のブランクや不摂生に自己嫌悪。

しかも、昨日贅沢で食べたラーメンによる便意に襲われ最悪。この前ラーメンを食べた時もそうだった。次の日走るならラーメンは避けようと何度目かに誓う(人間とは学ばない生き物だ)。

よって2周で断念しトイレに駆け込む。まったく壮快感のないランだった。

月間200kmがちょっとやばくなって来たか?後で計算してみよう(仕事しろ)。

昨日買ったクリーンのモーツアルト小品集を聞きながら入浴する。始めて聞く曲がほとんどなのでノれず。出た後、エロール・ガーナのポートレイト4枚目を聞く。エロールの軽快な曲の良さが最近好きだけれど、このアルバムは無作為に出て来る。まあ悪くは無いんだけど、白米を噛みながらの華麗な「オール・ザ・シングス〜」は不思議な取り合わせなのは間違いない。

CDの査定額は15000円になった。嬉しかったのでクリーンのモーツアルト小品集とバルトリがアンジェリーナを歌った「シンデレラ」で3000円をはたき、しかも夕飯は外食(ラーメン)してしまった。日曜日と言うこともあり、これではまるで競馬オヤジの行動と変わらない。ちょっと落ち込んだ。あとちょっと無駄遣いだったと言う罪悪感もある。

今20%増しで買い取ってくれるそうなので、また行こうかなと思っている。そして、ソプラノ・サックス購入の資金を作ろうかと考えている。

今一番怖いのは、めぼしいCDがなくなったら、もう我が家には金になるものが残ってないと言う事である。クアドロマニアとかブリリアントだけのコレクションじゃちょっとひもじ過ぎるよな。

◆第33(20)番ハ短調(1771 39歳)

第1楽章…モデラート。ハイドンのソナタではかなり長く10分42秒を用いてる。

第1主題はひそやかな寂しさがあり、幸せを回想するかのように長調にゆらぎ、第2主題で完全に長調になるが、極めて短いもので、すぐに冒頭の短調に繰り返される。

展開部は、提示部末尾の明るい雰囲気を引き継いでいるが、徐々に先行きが分からない音楽が、不安定な調によって示され、また寂しい第1主題が戻ってくる。そして次はとうとう長調には転じず、冷酷なペダルトーンが、運命の鉄格子を降ろす。

なんとも、文学的な楽曲紹介になってしまったけれど、そんな表現主義的な感じがするんだよな、この楽章は。

僕は基本的に音楽の文学的解釈みたいなものは嫌いだけれど、たとえばベートーヴェンの《田園》の絶対音楽的アプローチなんてばかばかしいことだと思うし、絶対不可能だと思う。やっぱり音楽にはそういう「運命」とか「祈り」とか「自然」とか、そういう感情を想起させる力があるのは間違いない。ハイドンのこのソナタは、彼の内心の吐露を感じたりするのだ。

第2楽章…アンダンテ。なんとも、右手の下降アルペジオが主題だと思ったら、それは左手に引き継がれ、右手がトリルを交え歌う。恐ろしいほど神々しいメロディだと思う。

最初の引き継がれた左手は休みなく均等に刻み続け、右手と重層的に音楽が展開されてゆく。左手はなんだか賛美歌を想像させる。ラヴェルのP協の第2楽章にも似ているかもしれない。

出だしの神々しい雰囲気は、調を明らかにしないところにも理由があるかもしれない。一見変イ長調に聞こえるが、最後まで聞けば変ホ長調である事が分かる。それまでのハイドン節とは違い、出だしの変イ長調をあくまで変ホ長調のサブドミナントとして扱っているのがこの雰囲気を生み出しているに違いない。トニカで始まらない手法はポップスにも効果的に用いられている。ビーチ・ボーイズの「シー・ノウズ・ミー・トゥー・ウェル」なんかそうだ。

第3楽章…アダージョ。なんとなく自嘲的で皮肉な感じのする主題である。長調に転じ一瞬音楽は明るさを取り戻すが、展開部以降少しずつまた激しい感情があふれはじめる。第1主題が少し回想され、それがまたパッションに油を注いでしまったよう。再現部は当然ハ短調に戻り、もはや長調に転ずることもなく、静かに覆らぬ運命に屈する。

ショルンスハイムはフィナーレあたり、もうちょっと暴れて欲しかった。

長いソナタだけれど、第2楽章が絶美だし、両端楽章もドラマチックで時にハイドンの苦悩を感じたり。ハイドンにとって大きな意味を持つソナタではないかな?

オススメ度…★★★★☆




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三日走らず。

昨日は朝までコース…。昼過ぎ起きるも二日酔い。走るなんてとてもとてもいえいえ何をおっしゃいますやら奥さん。

夜「吐きたいなぁ」と思うが、ほとんど何も食べてないので出すものが無い。そこで一番キそうなロイヤルミルクティをトリンケン。気持ち良くリバース(大人になるといろんな技が身につくものだ)。まさに暖を取るためだけのミルクティだった。

フルトヴェングラーのブランデンブルクを聞きながら入浴。特にフルトヴェングラーがピアノを弾く5番、ほとんどジャズだな。ポケーッと聞いている耳でさえ力技でスピーカーへひねらせた、思い出深い演奏。音は悪すぎるけど。

で、いまCDを売りに行く。もはや片道の残金しかない。早くお金にして、そのお金で、なぜかマックを胃にぶち込みたい気分。

今日も走らず。

まったく起きられなかった。からだが眠りを欲しているんだと思う。月間200kmの目標は射程圏内ではあるけれども…。明日は休みなので、伯母の家に行って30kmくらい走ってこようかな。

ジェリー・マリガンの『ジェル』というアルバムを聞きながら入浴。高校時代から「めりはりに欠けるアルバムだなぁ」と思いながら、十数年飽きずに聞き続けている。ジェリー・マリガンにはそういうアルバムが多い。

最近、資金繰りのためにまたCDを売る予定だけれど、クラシックとかはわりと軽く売ってしまえるものが多いけど、ジャズはなかなか売りに出せない。中高生の頃に頑張って買ったものが大多数を占めているから。

青春時代の音楽と言うものがあるのなら、僕はそれはジャズになるのだなと昨日思った。

今日は飲み会なのでハイドンはお休みします。悪しからず、すべからく。

やっと衣替えをした(遅い!)。すると、徹底的に掃除したくなり、ほうき掛けとガスコンロ回りもゴシゴシ掃除。気持ちいい。

さて、今日もハイドン行きましょか?

◆「生徒と先生」(1779 45歳)

面白いタイトルだ。4手の連弾曲。ピアノ・フォルテの前に二人腰掛けているのを想像すると、何となくほのぼてしてて悪くない。

テーマ:のどかな主題を中低音がまず弾き、高音が追いかける。タイトルにふさわしい主題である。

第1変奏…8分音符に変化する。基本はテーマと一緒の受け渡し。

第2変奏…お次は16分音符の上昇音階をともなった変奏。

ショルンスハイムとシュタイアー、どちらが「子役」をやっているか不明だが「先生」のアーティキュレーションもしっかり模倣していて、なんだか笑ってしまう。子供ってこうやって成長して行くんだよなと訳の分からぬ感慨にふけったりする。

第4変奏…お次は3連符。まったく面白みに欠ける作曲だが、なんとなく聞かせるのは、コンセプトの力であろうか。もしくは、奏者の楽しさが伝わって来るからだろうか?

第5変奏…段々パッセージが細かく難しそうになって来る。「これ難しいけど弾ける?」「弾けらい!」なんてやり取りが目に見えるよう。これはこのタイトルを思い付いた時点でもはや成功は見えていたような気さえする。

第6変奏…今度は像のような重厚な主題。子供が無理に背伸びをして、大人の仕草を真似ているような、なんとも微笑ましい。面白いのがピアノ・フォルテの胴を叩くような、パーカッシブな響きがあるところ。楽しい。

第6変奏…半音を交えた、ちょっとオトナな変奏

…と思いきや、いきなり目覚ましアラームのような音が!!(え、え!)演奏中断。ショルンスハイムが「アンブレアース」とか言っていて、シュタイアーが「ライト」とか溜め息を付いている。

いわゆる《授業中にケータイ鳴っちゃった》的な演出なんだろう。勝手に翻訳すると「信られないわ!切っときなさい」「…はい」となる(たぶん違う)。…というかこの時代にアラームって!??…てか、もはや変奏じゃねえ!!

第7変奏…ますます早くて難しいパッセージに必死に付いて行く生徒。しかしここでも外的ハプニングが。どういう事かよく分からないのだけれど、足音(?)がして、バイオリンのチューニングの音が聞こえる。生徒は次の1音を弾いてしまって、しばらく演奏を停止してしまう。

メヌエット…最後にメヌエットがトラックに入っているが、似ているが、同一曲とは思えないのだけれど…。でも連弾曲ではあるみたいだし、よく分からない。まぁ、すったもんだを経、最後に先生と発表会、みたいな感じだろうか。

まったく異端のピアノ・ソナタではあるけれど、なかなか楽しくて悪くないと思った。いわゆる、絶対音楽を指向したハイドンらしからぬユーモアには違いないが、それを隔てる壁というのは思いのほか薄いもの、いや、本人にとってはないも同然なのかもしれない。僕にもそれは無いからだ。

オススメ度…★★★★


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今日は走らず。

もしかしたら、体調が回復し走れるかもと思い、目覚ましを六時前にセット。目覚ましが鳴る前にぱっちり目が覚め、先回りして止める。けれど頭はまだ重い感じがあり、やはり走るのを断念し、また布団を被る。

考えてみれば、今日は祝日なのでガキンチョ避けのために早く起きる必要もなかったのだと後で気付いた。結局同じ事だったろうけど。

エロール・ガーナのポートレイトの一枚目を聞きながら入浴。やっぱりええなぁ。僕の琴線にぎゃんぎゃん触れて来る。

若い頃の演奏でも、いわゆるビハインド・ビートなる奏法の萌芽が見られるけど、それを「看板」に、ゴリゴリ弾いてはいない。これがね、すごく新鮮で上品に聞こえるんだ。

「そうだ、俺はビハインド・ビートなんだ」と自分で意識し始めた途端に、エロールのピアノは輝きを失いった、なんて話は出来過ぎかもしれないけれど。でも、すごく教訓的な仮説ではある。

ノンビリしすぎて、遅刻すれすれの時間になり、走る。今日はまったく走ってないので、スイスイ走れてしまう。いいんだか悪いんだか…。

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