2006年11月

変えました。一日30件も無関係メールが来るからやむをえず。まだ皆にその旨連絡してません。いずれします。急用の方は電話してください。

色々考えました。「天才りょうた@」とか、「やしもーといふー@」とか、「WANDS Love@」とか。いやはや、むつかしいものだね。

結果的に、ものすごく、シュールなアドレスになりました。以下に書いておきます。



なんて書いたら、また無関係メールが来るので書きませんが。

2006年11月24日に永眠されました。びっくりしました。

村上春樹さんが「ポートレイト・イン・ジャズ」でとても的確に彼女の魅力を書いておられるので、どうしても二番煎じ的な言い方になるけど、やはりジャズにシッカリ根を生やしたシンガーでしたよね。こんなこというと変だけど、バックハウスのピアノくらい、不器用で、媚びがなく、絶対に嘘は付かないシンガーでした。

彼女が麻薬の犠牲になった事を前述の書籍で知ったんだけど、その話でものすごく、「繋がった」気がしたのです。その一線を踏み越えずにいた糸は、とても細く張り詰めていた事さえ、彼女は隠さなかった、いや、隠せなかった。だからこそ、あれほどの歌が歌えたのだ。

彼女の晩年については全く知らない。幸せだったと思える最期であったであろうことを私は願う。

静かに休んでください。

すいますん。また岡本太郎の話です。彼はこんなニュアンスの事を言っていた。

「我々が芸術と思い込んでいるのは《芸術屋》が作ったものが多い。それは芸術でもなんでもない」

なるほど。そして当然…、

「芸術は爆発だ」


…という事になる。


本当はみんな「バクハツ」出来るはずなのに、小手先だけの器用さに翻弄され《芸術屋》を目指してしまう。

モーツァルトの芸術がいまだに受け入れられているのは、やはり「バクハツ」しているからだろう。バクハツというのは相対的なものではない。何によって、は関係ない。爆発はいつの時代も永遠に爆発なのだ。それが心を打つ。

自分もバクハツしなくてはいけない。芸術的に生きる事は、なにも絵を書いたり詩を書いたりする事じゃない。誰だって出来ること。むしろ、しなくてはいけない事だ。


高校生の時は悩み深い性格だった。しかし、すごく内向的に悩む自分が楽しかった。この二面性が初めて分かった。悩む事も芸術だったのだ。その芸術に酔っていたのだ。

もう一度芸術家に戻ろう。あまりに安全な道を歩み過ぎていた。


今の自分が可愛い、なんて方は手にとるのをお勧めしません。自分の毒で自分を殺せるか。

今日は早く寝ます。とても良いことだ。朝から眠かったよ。

布団をかぶりながらウイスキーのオンザロック。BGMはハモンドオルガンが色添える素敵な音楽。

幸せとはこういうものかも知れません。寝る前のひとときだけでいい。明日も素晴らしい日になればいい。

おやすみ。

女性専用車両を導入した時に生じるであろう問題を考える(実例がすでにあるなんていわないように)。


1 女性専用車両のすぐ隣りの車両に乗った女は変な目でみられるのか。


2 女性専用車両で痴漢が起きたら…なんか他の痴漢と違った裁き方をされるのか変わりがあるだろうか?


3 どこかの大事故を参考に、敢えて先頭に女性専用車両を設けたのか?


4 逆に喧嘩、しないのかな?



とにかく、何か事故が起きる前に取っ払いなよ。有料化もいいアイディアかもしれない。

我らが《タクアン電車》にもとうとう導入された女性専用車両。絶対に間違っている。なに?そんなに男性が嫌いですか?そんなに女性だけがつらいわけですか?男性だってつらいですよ。

ジェンダーフリー先進国アメリカはどうなんだろう?多分そんな車両無いんじゃないかな。同性愛者の問題もあるけど、「アタシたちが言い出した手前、女性専用車両なんて言えないよね〜」と潔く諦めているような気がする。あくまで想像ですが。というかあの国はそんなの作ったら逆に危ないですよ。女性だけを殺したい変質者にとっては実にありがたい車両です。幸せぼけの日本だけですよ。

作るなら先頭に「かわいい子専用車両」を作って欲しいね。審査はなし。自己申告制。「あの面でよく乗れるよな〜」「うわ、芸能人に似せてればかわいいと思ってるのかよ」「あんた、女性?」と男性も興味で前の方に集まるだろうし、乗客も散って好ましい。

女性専用車両を作る前に、もっとやることがあるだろ、と言いたい。例えば車椅子専用車両とか。

悪いけど、俺は乗り込むよ、わざと。あたりまえだよ。

前に立ち読みして「なんて危険な本なんだ!」と思った。数ページでかなり鮮烈な印象を与えた。このたび買った。とくに意を決してというわけじゃなくて、ただ職場で本を読み終わって、帰りに読む本がなかったから。こうして、積ん読は進行するのです。

しかし、力強い言葉だなぁ、と思う。内容についてはとやかく言わないけど、でも、岡本太郎もいい人だと思う。だって、世の中の虚ろな人々に一生懸命語りかけてるから。私だったらとても根気が続かない。

でも、やはり力強い言葉達だ。「これでよかったんだ」と意を新たにさせられる。そして、もっと生意気に生きよう。

電車で「幸せだという奴はニブいだけだ」というところで目を上げると、だらしないデブが乗って来た。顔はニヤけ、首の肉は襟からこぼれ落ちそう。

あまりにタイミング良すぎて「気もちわりーんだよ」と思わず言って睨み付けてしまった。しかし、そんなことをしろとは一言も書いていない。

(集英社 isbn:4087489834)

いやあ面白かった。架空の秘境を探検する話。三つの短編が入っているけど最初の「悠久のアクチアジャンパン」は、早く結論に行きたいんだな〜というのが感じられてつまらなかった(たまに清水先生はそういうこと、あるよね)(誰かの語り口を真似ているようだけど?!)。

でもこの短編を、ラストの「遥か幻のモンデルカ」の緻密さで書いたら、それだけで本が終わってしまうだろう。というわけで一番面白いのは「モンデルカ」だね。次に何が起こるか手に汗握る。モーツァルトのK488のフィナーレのようだ。最後の場面、あぁ、歴史は繰り返されるのだなぁ。というか、探検って何なんだろうね?要は探検とは自分の中のロマンとの対話なのかもしれない。

最後によんだ「渾身のアドベンチャー・ロード」も文句なし!最後の「グレード・ネイチャー」紙の書き出しときたら!休憩室で思わず吹き出しました。

今気付いたけど、「モンデルカ」の高橋秀幸とは、他称(?)辺境ライター、高野秀行さんのことだね。清水さんも「ムベンベ」や「シンドバッド」を読んで、触発されたのだとしたら、なんだか微笑ましい。高野さんの本は面白いですよ!同じく集英社文庫からたくさん出ていますので読んでね!

今日スーパーに入ろうとしたら、自動ドアの向こう側におじいちゃんが立ちすくみ、何か言っている。

なんだと思いながら、ドアに近付き、ドアがウィーンと開く。

おじいちゃんは唱えていた。



「ひらけゴマ!」



お役に立てて嬉しい。

先日日本テレビでモーツァルトの脳みそがどうたらって番組がやってた。結構ブログでも盛り上がってたみたいだ。脳みその研究者の茂木さんのキャラっぷりが良かったけど、内田光子さまのコメントあと臆面も無く喋りまくるのはいかがなモノか?私だったら、ははぁ〜となにも言えないけどね。

なかなか面白いアプローチの番組だったけど、例のモーツァルトの自筆譜ね、直しが無いって伝説。ああいうのは平気で信じちゃうんだな〜と思った。

そんな直しをしない作曲家なんている訳ないし、物的証拠だってある。でも「結果的」に直しの無い譜面が多いのは事実かも。

でも、たぶん作風から、ハイドン氏も直しが少なそうだけど、いかがなものか?それを故意に隠蔽しているなら音楽学者は悪質である。

《なぜ直しの自筆譜が少ないのか》

1.時代性…楽器も少ないし複雑な和声もあまりなかったから

2.モーツァルトの美意識…修正液なんてないし、ぐしゃぐしゃーと直すよりは新たに書き直していた。

3.貧困…あくまで想像だけど、当時写譜屋というのがいたとすると、彼らに頼む余裕がなかった。もしくは、彼らの能力を疑問視していた。つまり、モーツァルトのペンが初めて五線を染めた瞬間が完成稿になった。


想像力を駆使するとこうなります。想像力がないと音楽なんて聞けませんよ。

私かいまケッヘルノートを付けているのも、虚構を剥ぎたいため。昨日も16歳作のディベルティメントを聞きましたか、今一つでした。

モーツァルトは天才なんかじゃないのです。

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