PICTOGRAPH
こじまいづみ
ブラントンミュージック
2007-05-01


こういうアルバムが作れたら死んでもいい。

このアルバムを受け入れられないヤツは死んだ方がいい。

…いや、死ななくてもいいが、俺の目の前に表れないでほしい。

それだけ、現代人の心は荒んでいるのだ。

意識してなかったが、RI:Cycle(リ・サイクル) [CD]はこのアルバムの影響をたぶんに受けているかもしれない。

こじまいづみ、天才、愛してる!!!

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定例記者会見001でお伝えしたパスワードを入れてください続きを読む

M.I.U. / L.A. Album
Beach Boys
Capitol
2000-07-29


ビーチ・ボーイズの名盤は数あれど、

結局はこの盤に収束してゆく。

え!?だって?

じゃあ逆に問うが、お前の連れ添ってる奥さんは、完全無欠の人間か?

そうではあるまい。

少し腹が出てたり、シミがあったり、性格が悪かったりするだろう。

そして、そういうところに、いとおしさを感じるのだろう?

音楽だってそうだ。

名盤を名盤というのは簡単だ。美人を美人というのが簡単なことと同じことだ。

美人でもない、何かよくわからないけど、惹かれる、

そういうものを持てる方が、どれだけ幸せか。

お前が愛しているものが、どれだけ、自分で選んだものでないものか、

よーくお前らは考えたほうがいい。

ブライアン・ウィルソンが精神病のリハビリを受けて復帰してしばらくした作品。

ほとんどの曲で作曲しているが、プロデュースまで完全に仕切ったのは2曲のみ。

その曲の、完全無欠さ…。

でも、それが全編にわたっていたら、きっとこれほどの名盤になっていなかっただろう。

他の曲は、ブライアンの曲をメンバーで何とか形にしようと頑張ったものがほとんど。

その「ゆるさ」だけどど、根本の「才気」はゆるぎない。

その二つの要素が混ざりあい、

何とも不思議な魅力を発していることか。

全盛期のビーチ・ボーイズは確かに素晴らしい。しかし、切れ味が鋭すぎる。

このアルバムは、メンバーによってオブラートに包まれている、

それがいい。

こういう響きを持ったアルバムは、これ一枚であり、とても好ましいバランス感覚を醸し出している。

1990年に一度再発された。しかし、それは、2曲目とラストがミックスが違っている。

オリジナルで行きたい。2000年の再発盤を買うべし。

特にラストのマイクのボーカル、そしてストリングスの美しさ。

そしてコーダに出てくるコーラス、そして、スネアの美しさは涙が出る。

ブライアンの曲ではないんだけれども。

てめぇの感性を信じろ。それだけだ、俺が言いたいのは。

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お便り待ってます!
ryotaito@hotmail.com


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隔世の感ありです。

heart natureはこちらのアルバムに入ってます
Happiology(ハピオロジー)
note'n notes
伊藤音楽研究所
2015-10-31




 

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ディス・ナイト・イズ・スティル・ヤング
やけのはら
felicity/Pヴァイン・レコード
2010-08-04


ラップ素人がラップのことを考える。

ラップで使われている言葉って、とても普段着みたいで、具体性があるなぁ、と思った。物語もなく、ただ単にその人の見る風景がある、その人が思ったことがある。そういう世界に、少しずつ惹かれている自分がいる。

POPSの歌詞って、まぁ、具体的なことを書くと、なんかメロディが乗った時に、あんまり空高く飛んでゆけないというか、地上でのたうち回ってるような、座りの悪さがある。どこか、抽象的に、象徴的に、書かないと、なんか、メロディという鋳型にはまらない気がする。

もちろん、だからこそ、すこし、ドキッとするようなギミックを作詞家は使って、鋳型からすこし外れて個性を出すんでしょうけど。

でも、それって、少し疲れてくる。いや、正直、疲れてきた、というのが正解かな。もともと、そこまで歌詞を書く人間ではないけれど、あんまり、深く考えずに、言葉数多く、ラップしてしまうのも、気持ちがいいのではないかな、と思ってきた。

歌うより、ラップしてしまうと、語りにより近いわけだから、その人の性格ってわかると思うんだ。だから、もっと自分というものをわかってもらえるような気がする。

そして、前のエントリーみたいに、バックトラックは、今までPOPSで培った編曲の技をしっかり使って、丁寧に作って、きちんと聞いてもらう。

僕が突然ラップを始めても驚かないでね。
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ディス・ナイト・イズ・スティル・ヤング
やけのはら
felicity/Pヴァイン・レコード
2010-08-04


ラップとか、おふざけでやったことがあるんだけど。(うしろにいるよってやつ)

メロディがないと、バックトラックによく耳が行くことに、いまさらながらなんですがとっても気づいた。マジックアイみたいに、そこにピントが合った。

歌物でよくありますが、歌を外してバックトラックだけ流すと、初めて聞き取れる音ってある。それが面白くて、カラオケバージョンも併せて聞いている中学生とかは、きっとミュージシャンになる素質があると思うんだけど・・・。

でも、それって、逆に言ってしまえば、「歌が入ったら聞こえなくなってる音」なわけで、それって、「無駄」とも言える。

音の厚みを出すために、いろいろ音を重ねる、フィル・スペクターの影響ってのは今でもめちゃくちゃ強くて、僕もそれが当たり前で、埋もれる音があって当然、とか思っていたけれど、逆に、とてもシンプルなものにも憧れていて、それを示したのが「RI:Cycle(リ・サイクル) [CD]」でもあったんだけど。

でも、それだけじゃない。歌メロディによる意識の持っていかれ方というのは、やはり強烈なのだと思う。

脳みそが、歌が始まると、メロディを追うようにできてしまうのだと思う。カクテルパーティ効果みたいにね(ちょっと二日酔い気味だから、あまりお酒の話はしたくないけど…)。だから、裏でどんなイカしたリフを入れようが、カウンターメロディを入れようが、一般の人には耳に入ってないと思ってよろしい。

だからね、発想を逆転する。

メロディを載せなきゃいいんだと。

メロディを歌わせなきゃいいんだと。

やけのはらさんのラップを聞いて、ものすごくそれに気づかされた。バックトラックがすごく繊細でキレイなんだ。それにかんたんに気づくようになっている。それが、ラップの使用、なのではないかと自分は思った。

やけのはらさんは、ラッパーと呼ばれるより、ミュージシャンと呼ばれたいらしい。これを聞くとそれがとてもよくわかる。トラックが実はとても主役なんだと思う。そういうラップというはあるのだろうか?あるのかもしれないね。僕が知らないだけで。

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Happiology(ハピオロジー)
note'n notes
伊藤音楽研究所
2015-10-31


お待たせしました。ライブで告知した通り、note'n notesの唯一のアルバム、Happiologyを値下げいたしました。999円になりました。800円の値下げです。

自画自賛になりますが、このアルバム、本当にめちゃくちゃ僕は好きです。 天瀬さんの明るさと、僕の作曲の多彩さと、管弦楽器がたっぷり詰まっています。

天瀬さんと僕の今後の活動で、このアルバムの価値がどんどん上がっていけばいいと思います。

解説と合わせて聞いていただけると本当にうれしいです。

 

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天瀬まゆ&伊藤龍太の音楽ユニット、note'n notesは再び解散します。

天瀬さんからの申し出があり、僕は承諾しました。
僕としては解散したくないのですが、相手がいないと成り立たないことなので、仕方ないと思います。

理由は、僕が時間にルーズなこと、そして練習をしないことなんだそうです。
時間にルーズか、練習をしないようなライブをしてきたかは、いままで接してくれたファンの方々に判断してもらいたいと思います。

僕たちは、音楽を作っています、そして伝えています。
天瀬さんが作詞、そして僕が作曲。

 ちょっとした言葉の違い
 ちょっとしたメロディの違い
 ちょっとした歌い方の違い

そういうのを少しずつすり合わせてゆく、とてもデリケートで神経と思いやりを使う作業です。相手の「いい!」と思ったことを少し否定して修正してゆく作業だからです。でも、note'n notesが「いい音楽を作り届ける集団」であるのであれば、仕方のない部分です。なので、この部分で問題が起きるのはとてもいいことだと思っています。

そして、そういう作業を経て、私たちの距離はどんどん近づいてゆくことは間違いないようです。それは、「仲良くなる」といったものとは全然違う、もちろん友情とも恋愛とも違う、もっと深い別のつながりのように思えます。この話は、また別の機会に出来ればと思いますが。

この距離を普通の「仲良くなる」という感覚で捉えると、 どうしても、相手も自分と同じように考え、同じように行動し、同じような価値観であることを望んでしまうこともあると思います。 ある意味軽い「依存状態」になっているのだと思います。

2009年の解散では、僕がそういう状態になってしまいました。 相手に同じような熱量を求めてしまったのです。そして、それが満たされないと分かった時に、解散を決めました。幼かったと思っています。そしてとっても後悔しました。

今回は、僕は、天瀬さんに求めるものはそう多くありませんでした。それは・・・

 天瀬さんの声
 天瀬さんの歌詞
 天瀬さんの明るさ

それだけでした。しかし、それは僕が天瀬さんに「本当にいちばん求めていること」でありました。それがあれば十分だと思っていました。それだけで、note'n notesをやってゆく理由には十分だと思っていました。

 天瀬さんは僕に何を求めていたんでしょうか。僕は、

 僕の作曲・僕の編曲
 僕のレコ―ディング技術
 僕のピアノの演奏

こういうものを求められていたのではないかと思っていました。しかし、求めるものはもっと多かったみたいです。
 
僕は天瀬さんの友達でも恋人でも配偶者でもありません。もしそうであるのであれば、ある程度妥協点を見つけてゆかなければならないのかもしれません(それも自分は疑問を抱いていますが)。

僕らは、単なる音楽上のパートナーです。なので、本当に必要な部分が最低限一致してさえすればいいと僕は考えていました。それは「音楽を作って、お客さんに楽しんでもらう」というところだと僕は考えていました。

逆に言うと、それ以外の天瀬さんの価値観に合わせるつもりもありませし、もちろん、天瀬さんも僕の価値観に合わせる必要はありません。

しかし、僕に「解散」という言葉はありませんでした。それはnote'n notesの音楽を愛しているからです。しかし、天瀬さんは「解散」という言葉を出してきました。「解散」という言葉で、僕を変えようとしたこと、コントロールしようとしてきたこと、天秤にかけたことを、とても卑怯なことだと思いましたし、残念だと思いました。

そして、その言葉には、僕たちが作ってきた音楽のことや、それを聞いてくださったお客さんのことを、まったく考えていないように思えました。僕だけのことが問題となっているようでした。

しかし、これも仕方のないことだと思っています。

僕の常日頃の態度によって、天瀬さんが楽しく気持ちよく歌えない、というのも本当はよくわかります。しかし、自分が楽しいことと、お客さんにいい音楽を届けて楽しませることと、何の関係があるのでしょうか。どんな状況下にあろうとも、お客さんを楽しませることが出来なければ、舞台人として失格だと思います。

天瀬さんのそういう甘さがとても僕は昔からとても嫌でした。しかし、僕は天瀬さんをボーカルにしている以上、それも仕方ないと思ってました。なぜなら、彼女をボーカルに抜擢したのは僕なのです。それは彼女のキャラクターなので、それを否定することはできないし、どんなに、失言しようと、冷や水を浴びせるような発言をしようとも、それはすべてニコニコと甘んじて受けようと思っていました。

みなさんへ。僕はずうっと変わりません。川の流れのように、長い時間を経ての変化はあると思います。しかし、相手に望まれたからと言って、それによって変わるということはありません。

いつまでも不完全な伊藤龍太であり続けると思います。
そして、その不完全さを赦そうと思っています。
それでやっと、相手の不完全も赦せるのだと思っています。

みなさんも、自分自信をめいいっぱい愛して、赦してあげてください。

僕は自分の行動に責任を持っています。だから、どんなことが起ころうとも後悔はしません。今回、天瀬さんから解散を告げられるということになりましたが、僕はそれも仕方ないと思っています。きちんと自分のやりたいようにやって、言って、招いた結果であるから、とてもすがすがしい気持ちです。

天瀬まゆと伊藤龍太、お互い一人でもやっていける強いアーティストだと思います。
これからも応援していただけたら嬉しいです。

5月ですね!

えっと、突然ですが、レーベル名をNOEQ RECORDSから 、このブログと同じ名前、「伊藤音楽研究所」に5月1日付けで変更しました(気持ちの上だけど)。NOEQ RECORDSのブログはゆくゆく閉鎖して、このブログと統合してゆきます。

amazonなどでのレーベル表記も変更してゆきます。どうぞよろしく。

業務連絡はここまでにして。

5月早々、CDプレイヤー(というかコンポ)が壊れまして。 トレイが開かなくなり、電源切ってこじ開けました。中に入ってたCDがわりかし貴重だったものなんで、無事に取れてよかったですが、CDプレイヤーはおじゃんになりました。

うーん、どうしようと。

いまやCDプレイヤーがない家というのが割と多くなってきているらしい。

この前のnote'n notesのライブで、懐かしの8cmのCDに焼いて、未発表音源をプレゼントしたんだけど、大学生の男の子が「なんとしてでもCD聞いてみます」と言ってくれていた。

そうそう!それそれ!その反応ですよ!

モノとして残る、というところも狙っていたんだけど、ちょっと苦労して聞いてみるってことが、印象に残ったりすると思って、そこも狙ってたからさ。とあるバンドが、あえてテープで渡してるって話をどこかで読んで、じゃあ俺は8cmで行こうと。8cmのCD-Rは安定供給できないから、またやるかどうかは不明だけど。

話を戻すと。

自分は、CDプレイヤーがなくてはCDが聞けないということはない。CDプレイヤーがなくても、パソコンに取り込んで、もしくはCDをパソコンに入れて 、モニタースピーカーで聞けばいい。モニタースピーカーはきっと、ラジカセなんかより音がいいだろうし。

でも、なんか違う気がする。

音楽作ってる人は、みんなそうじゃないかな。モニタースピーカーって、「お仕事用」で、そこから趣味の音楽が流れてくると、どうも居心地が悪いというか、座りが悪いというか、そんな気分になるんじゃないのかな。

やっぱり、仕事とは違うところから趣味の音楽は流れてきてほしい。 そして、どっかいい意味で安っぽくてホッとするような音で。

というわけで、新しいCDプレイヤーを購入することになった。
そして、だいぶいろいろ悩んで、これを購入しました。


色はシルバーなんだけど。本当はブルーが良かったんだけど、アマゾンが在庫なかったみたいなんで…。

いろいろ条件があって、一番満たすのがこれだった。

1.目覚まし機能がついている
 私は、毎朝、ラジオがついて目が覚める生活を長いこと送っていたので、この機能は必須と言ってよかった。そして、この手のラジカセになると「スリープ」はあるけれど、「目覚まし」がついているのは、もうこれくらいしか見当たらなかった。いろんなラジカセの説明書をダウンロードして確認して、ナローバンドだもんで、かなり大変でした。東芝のラジカセは、かなりイイ線行っていて、ステキな機能もあるのが多かったが、かたくなに目覚まし機能をつけておらず、ラインナップから脱落しました。うーん、そういうこ(以下略)。

2.カセット機能がついている
 落語のカセットをたくさん持っているもんで、落語よく聞くので。

3.小さい
 カラーボックスの狭いスペースに置くので、大きすぎるのはだめだった。

さらに、新たについていてうれしい機能!

・CD-RWが再生できる。
 音楽作ってる人はみんなそうだと思うんだけど、こういうCDプレイヤーで自分のミックスを確認したりもする。その際に、AUXでつなぐと、どうも本当の音とは違うような気がして、CDに焼いて確認していたんだけれど、RWが使えるのであれば、気楽に焼き直して確認できるなぁと。

 ほかのラジカセに、USBが刺せたり、MP3のディスクが再生できたり、さらにテープからUSBに保存したり、ラジオをUSBに保存できたりするのものもあって、かなりの魅力アイテムがたくさんあった。でも、残念ながら、前述の「目覚まし」がないことで、泣く泣く落選。

無くなって残念な機能もある

・MDが聞けない
 まぁ、これは仕方ないのか…。AUXでつないで聞くか…。

・・・とまぁ、すべてを満たしはしなかったけれど、そこそこ満足いくものが選べたかなぁと思っている。明日ヤマト運輸で届くはず。

余談ですが、ヤマト運輸と言えば(賃上げが話題になってるけど)、普通の社会人はさ、みんな普通は昼はいないわけですよ。だけど平気で昼に届けに来るのはなんでなん?一発目の配送は無駄足になるの当たり前じゃない。それ何とかならないのかな。客の手に届くまでに、平均して1.8回くらい訪問してることになるのと違うかな。

家に、いる、いない、がケータイからヤマトにリアルタイムで分かればいいのかな。でも、それって、危険かな。

いるときに届ける、という発想じゃなく、いないときには届けない(無駄足を減らす)、ということができるようにならないかな。まぁむつかしいんでしょうけど。

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