新曲です。たぶん、クリスマスソングはVOCALOIDでは初めて。

HAYATOさんはnote'n notesの活動中に知り合った、作家さんです。
作品も発売中です。




2年前にある程度形にしていて、「アップするね」,「今年こそはアップするね」と「今回こそ本当にアップするね」と「アップするね詐欺」を繰り返し、ようやく完成しました。

本当は、まだ歌詞があるんですけど、
アルバムでまとめる機会が訪れたら、その時あらためてやろうかなと。

自分の中でこの曲は、内気でいじいじしている人が、
突然、「そうだ、京都行こう」的に吹っ切れて、
踊り出すようなイメージで、そんな感じで作ってます。

ここからは雑談ですが。

この曲は、すべて、SONARの内部音源、TTS-1で作ってます。
数年前にうらじゃを作った時に、TTS-1は使い尽くした、と考えていたのですが、
さらに、細かいパラメーターをいじることを覚えて、
もっと使いこなせるようになってきました。
なかなか素敵な音ですよね。

この音源をこれからも使ってゆきたいんですけど、
SONARが、開発を終了してしまったので、
このTTS-1はいずれ使えなくなってしまいます。
非常に困る。

そこでいろいろ考えたところ、
インターネット社で発売されているABILITY 2.0  Pro / ABILITY 2.0 Elements に
TTS-1とほぼ同じ音源Roland Hyper Canvasが付属されており、
それはVSTiで接続されており、32bitホストなら、使えるとのこと。
それで行こうかなと思っている。
誰か僕に買ってください。

とにもかくにも、なかなか一つの音源をとってみても、
使いこなすのにはなかなか時間がかかるというか、奥が深いのだなと思う次第です。


「Crazy X'mas」
作詞:HAYATO
作曲:ryo-ta(伊藤龍太)


鈴の音が響く
はじめてのクリスマス
街は彩られ
希望の匂いがする

愛しい人は海の底さ
儚い願い届きますように

クリスマスくらい奇跡起これ
あなたは仕事だけれど願えば
ほらいまドアが鳴る

白い息をはく
終わりの見えない夜

僕たちの朝は
どちらから来るんだろう

愛しい人は夢の中さ
切ない想いさせたくないから

クリスマスくらい奇跡起こせ
銀色の空に想いを願えば
ほらいま扉が

(かじかむ胸を 歌に乗せ
想い巡り 雪の中走る)

クリスマスだから奇跡起これ
窓から光が指すと信じて
クリスマスだから奇跡起こせ
冷たい風に想いを馳せれば
ほらいま(暖かい 君はいま)腕の中




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新曲です。よろしくどうぞ。

「スキラベル」
作詞・曲 ryo-ta

本当は 人はだれでも
好きになりうることができる
本当は 人はだれでも
好きになりうることができる

大事なことだから
二回言ったよ。

本当は 人はだれにも
責任なんて負えるはずもなくて
自分の 選び取った道の
靴擦れに我慢だけすればいい

大事なことだから
時々思い出して

両手のガードを外して
心のケーナを鳴らして
頭の迷路を放棄して

一人のだれかを愛せる
ラベルを貼る勇気だけを
私は思い出さなきゃならない

スキラベル
シールはがしでもはがせない
愛した記憶をあなたに
一生二生山椒かけて 
美味しくいただくの

昨日ばかり悔やまないで
明日ばかり案じないで
今の流れだけをモノにして

うまく流れ着いたときは
だれかを信じれた証拠
いますぐ彼女を抱きしめてね!

スキラベル 
古びたタンスに貼られた
はがれないシールだったら
古びていきましょ いつまでも

スキラベル
シールはがしでもはがせない
愛した記憶をあなたと私 
一生二生三生かけて残してゆきたいの

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AMBIENT1/MUSIC FOR AIRPOR
BRIAN ENO
EG
2009-08-28


大分早いですが、今年よく聞いたアルバムを紹介します。

ご存知ブライアン・イーノ。ウィンドウズ95の起動音を作った人だ、確か。

これがリラックスタイムや、寝るときにかけると気持ちいい。

ぽわーーーん、と、音楽的に意味があるんだかないんだかわからない音が空中に置かれてゆく。

最初「アポロ」を勧められて、そっちもいいんだけど、すこし「従来」が顔を出してしまうところがあって、こちらは、本当に、ただ粒子が漂ってる感じ…。

たぶんこれからも聞くだろう。

ブライアン・イーノの最近の「作品」で、音楽を環境に合わせて作り出すアプリがあるらしい。

アイフォンしか使えないので、自分は買ってないが、

今までは、自分や環境に合わせて音楽をチョイスしてきた。

しかし、これからは、ブライアン・イーノのように

ソフトウェアが環境やユーザーを勝手に評価して、それに合わせてその場に合う音楽を作り出す「ソフトウェア」が「音楽」になるかもしれない。

そうすると、既成の音楽というのは、全く不要になり、一つのソフトウェアがあれ十分だという時代が来るもしれない。

しかし、完全に「Aユーザー」の趣向を満足させる作品が出来た場合、きっと、その作品に共感する「Bユーザー」というのを探すのは困難だろう。

そこに、現代社会のコミュニケーションのむつかしさがある。

しかし、それは、おのずと意識を個に向かわせる面白さもあるかもしれない。

そろそろ集団ではなく個へ収束するべきだ、時代の流れは、そう言っているような気がする。

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大分、申し遅れましたが、

わたくし、今年より、バンドにキーボードとして所属せてもらっております。

「愛のバンド 死んでもいいワ」
https://shindemoiiwa.wixsite.com/mood

初ライブの映像はこちらです。



主に歌謡曲を独自にアレンジして演奏しています。

ボーカルは、モナムール桑田さんという方で、彼の歌声に、ノックアウトされて、参加させていただきたく思ったという次第です。

バンドであれこれ話し合うっていいなぁって、練習のたびに思います。とても楽しくやってます。 ライブは未定ですが、来年を予定しているので、また決まりましたらご報告します。

あ、あと、結婚しました。二人で頑張ります。



作詞:僕と私
作曲:ryo-ta(伊藤龍太)

これもだいぶ前に作った歌です。

自分が歌ったのもあります。試し歌いレベルですが…。



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作詞:僕と私
作曲:ryo-ta(伊藤龍太)

2010年にpiaproで、僕と私(リチャード)さんと知り合い、たくさんのVOCALOID曲を作って来ました。

僕と私さんが、先日piaproを退会されたので、これから僕と私さんの新作を見ることが出来なくなりました。

けれど、僕と私さんの歌詞はこれからも自由に使っていいとのことだったので、まだ未発表となっている曲も、いずれ陽の目を見せられればいいなと思っています。

僕と私さん、お疲れ様でした。

▼僕と私/ryo-taの作品集▼





新曲。ライブで一度歌いましね(笑)

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一週間くらい体調が悪い。

歌の先生からも「少し変だから呼吸器科に行きなさい」と言われ、行ってみた。

症状を説明する。

熱は出ないんだけど、呼吸が苦しい。特に夜辛い。あ、そういえば、少し前にマイコプラズマ肺炎をやりました。右側を下にすると寝づらいんです。あ、そういえばマイコも右肺でした・・・・などなど。

主治医曰く、風邪症状だけど、肺炎とも限らない。百日咳かも。とりあえず、何であっても効く薬を出しておくから、ダイジョウブ!

という、頼もしいような、頼もしくないような診断を受けて、薬をもらった。

少しずつ良くなっている気がする。しかし、万全じゃないので、一つ約束を断る。心苦しい。

歌も歌えない。すこし、歌で完成させないといけないものがあるので、焦るのだが、仕方がない。

少し放置気味だったVOCALOIDに興味が移る。自分で歌おうと思ってたものがあったんだけど、ボカロに歌わせてみよう、いま、作業している。

それはまあそれとして。

気持ちでは、ぜんぜん歳を感じないんだけど、体はもうそうではないのかなぁと、ふと思う。

病気にかかりやすいし、治るのも遅いような気がする。

病気になると、自分の好きなように時間が過ごせない。でも仕方のないことだ。

だから、好きなように過ごせる時間をなるべく増やせるように、

日々の健康管理が必要だし、無駄なことはしない方がいい。

アンチエイジング、という言葉はいやらしい。老いを否定している。

そうではなくて、老いた人生をも楽しく過ごせるように、

肉体はきちんと管理したほうがいいということだ。

軽い運動、そしてストレッチ。

せっかく頭は歳ならではの賢さや美しいものを感じる心を身につけてきているのに、

体が動かないのでは仕方がない。

まとまらないなぁ。

とにかく、今日はいけなくてごめん。


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Always (CCCD)
光永亮太
ポニーキャニオン
2003-02-19



新しく熱中していることがあって・・・、

それに関して非常に勉強をしている。寝る間も惜しんでという言葉が少し当てはまるくらい。

まったく知らなかった世界なので、全然わからないので。

少し上手い人をみては、見てろよ、と。



それに反しまして、

音楽は、昔からずっと親しんできたもの。

いつでも作曲できるし、歌えるし、演奏できる。

歌詞だって最近は書けちゃうよ。

とりあえず自分の満足できる水準には達している。

CDだって作れて、流通できちゃう。

豊かと言えば豊かだ。

これを望んでいたか?と言われるときっと望んでいた、と答えるだろう。

「お料理のように音楽が作れるようになればいい」

・・・・と、ずっと思っていた、

というのは嘘で、今思いついた言葉だけれど、

でも、僕の音楽に対する姿勢ってそんな感じ。

ある意味日常と化してしまって、そこにどっぷりと自分も漬かってしまっている。

つまり、これを用いて、何かを表現するとか、よりおいしくしようとか、

そういう意識に向かいにくい。

自分の普通に作った料理を、人にも食べてもらう感じ。

僕は音楽は独学なので、作り上げたものは、

自分でレシピも見ずに作った「オリジナル」と言えるものなのに。

結果としては、「普通の料理」になってしまっているような?

近づけて行ってしまっているような。

食べてくれた人も「うん普通だね」という印象しか抱けないような。



そこで、今熱中していること。

自分、ど素人。でも、すごくとんがってるんだな。

今まで自分が見てきた世界を物差しに、鋭く計っている。

それがある限り、不安があっても前には進める。

自分が正しいのか正しくないのか知りたいから。

と、まぁ、何もまだできないくせに、口だけはいっちょ前で。

でも、これって、とっても大事なことのような気がする。

イソップ童話でウサギと亀の話がある。

音楽がウサギであるなら。

こちらはカメだ。

でも、この物語の本質って、勝ち負けではないのではないかと思う。

ウサギが勝ってもよかったと思う。ふつう勝つし。

でも、わかりやすくするために、イソップさんはウサギは負かしたのだ。

結局、己への満足の話ではなかったかと。。

普通、ウサギとの圧倒的な大差をつけられているのにも関わらず、

カメはあきらめなかった。

これは勝負に勝ちたいのではなく、自分に勝ちたいのではないかと思われる。

勝ち負けはどうであれ、始めたからにはゴールすると。

そしたら、結果ウサギより先にゴールしてしまっただけの話。

そして、難なくゴールしたウサギと、やっとこさゴールしたカメの喜びは違って当然だろう。

どちらがいいというわけではないが、今の自分から見れば、

敗者ありのカメを前提にゴールしたウサギはかわいそうだということ。

敗者を作った中での満足は、とても貧相なものではないかということ。

・・・・いや、待てよ、ウサギはどのみちゴールできない運命を持っていたのかもしれない。

きっと、何でもそこそこできてしまうので、タカをくくっちゃう。

ゴールした時の喜びみたいなものを軽視しちゃってる。

だから、きっと、眠ってしまったのかもしれない。

きっと、ウサギは、何にもゴールしたこともないのだろう。

だから、ゴールを軽視している。

ただ、足が速ければいいと思っている、器用であればいいと思っている。

ウサギと亀は相反する対象なのかもしれない。

誰にでもいるのかもしれない。

亀の気持ちを僕がもつことは、きっと、ウサギに対する警鐘にもなるだろう。

明日は休みだ。

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俺は変わっちゃったのかなぁ

隣のテレビも聞こえる部屋で

あてもなく夢を見ながら

でも何か希望を見出して生きていた

いまじゃ、

まずは環境がなければできない、

とか

生活の基盤ができてからでないとできない

とか

言ってないかなぁ。

歌うスペースがなくたって実は歌える

踊るスペースがなくたって実は踊れる

紙がなくたって実は書ける

そういうものでしょう

そんな情熱をね、

褒めるでもなく、認めるでもなく

燃やしあいたいよね


半分になっちゃった心は

なにもそれを埋めることはできない

友の中に入っても

酒を飲んでも

女にかまけても

すべてが色あせ

心の半分を持って行った悪魔を

恐れながら、かつ魅了されながら

ただふらふらと追いかけてゆくだけ

みじめで

もし、人間の心が

生まれた時から半分だったらよかったのに

なぜか人間は、好んで半分を悪魔に奪わせ

そして、それをまた奪い返そうとする

しかし、奪われたものはもう戻ってこない

それでも、また半分奪わせるのだ

奪った悪魔をつかまえたい

奪った悪魔をこらしめたい

そうして人間は復権してきたのかもしれない




(年末までこの記事が先頭に来ます。最新の記事は下にスクロールしてください)

2016年に、私が宮沢賢治の詩に曲を付けた「雨ニモマケズ」をカバーして下さった、伊藤ともんさん。


そんなともんさんが、2017年10月22日、大阪の創徳庵にて「中崎町イーハトーヴ」というタイトルで、宮沢賢治のゆいかりの曲を集めてライブを行いました。その中で、私の「雨ニモマケズ」をカバーしていただきました。

動画は、歌う場面から始まっていますが、ぜひお時間あれば全編ご覧いただければと思います。

ともんさんの歌は、CDよりもさらにグレードアップしている。メロディの意図を、ライブならではの感興で、がっしりと掬い取ってくださって歌われています。それは、自分の賢治解釈にともんさんも共感してくださってることだと思うので、とてもうれしく思います。吉田幸生さんのアレンジもとても素晴らしい。

僕は、歌手というものは、歌が上手ければだれでも名乗る資格があると思っていました。しかし、今回ともんさんのライブを聞いて、それは違うと思いました。

歌手とは、歌の景色を伝える人のことだ、と。

それは、音程があってるとか、声が美しいとかとは、また別の次元のものなのだと。鍛錬すればするほど、そして、歳を重ねれば重ねるほど、それはうまくなってゆくものなのだ、と。

ともんさんの声に、岩手の風土を感じることが出来ました。本当に、賢治のメッセンジャーと化していました。

そして、最後に、こう思いました。「歌っていいな」と。

それは、今まで僕が感じたことのない、歌に対する感情でした。僕の知らなかった世界を見せてくれました。そして、それは、やはり一生をかけてもいいと思えるほどの宝ものなんだと思いました。

とっても素晴らしいライブです。ぜひご覧下さい。

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つねに、アウトサイダーでいたい。

物事との距離が近すぎると、

自分を見失い、自分がもともと何をやりたかったかも

分からなくなってしまう。

そして、物事の方に自分を寄せて行ってしまう。

仕事、趣味、恋愛、すべてがそうだ。

だから、アウトサイダーでいたい、と。

そして、究極には、自分に対してもそう思うようになった。

俺という魂は、自分という入れ物に寄せて行ってしまってないか、と。

自分という入れ物、というのは、外見、脳みそ、内臓、才能・・いろいろがるが、魂以外のすべてを指す。

魂というのは魂だ。

奇麗な声をしている → だから歌手になれるんじゃないか。

奇麗な外見をしている → だから女優になれるんじゃないか。

体がでっかい → 相撲取りに向いているんじゃないか。

それは、みんな、自分という入れ物に、魂を合わせてしまっているのだと思う。

魂もそれを望んでいるのであれば、それは幸せというべきだろう。

nina simoneは、「自分は神に選ばれたの」と言っていたけれど、なんの嫌味も感じない。

魂と肉体が一致しているということが、天才という事なのだろう。

自分という入れ物を、魂が喜ぶように、うまく操作してゆかなければならない。

そういう風に生きてゆきたい。

さて、そうなると、魂がなにを望んでいるかが分からなくてはならない。

それをはじめから知っている人は、とても強い人だと思う。

私は、それすらもわからない。

きっと、今自分にまとわりついてくる雑務をすべて削ぎ落してゆけばいずれはっきりするのだろう。



よし、何もしないで寝る!








たぶん愛、なんじゃないかな。

今年はつくづく来年の準備の期間だったと思う。

むずむずしているが、急いでも仕方がない。

人生は浪費すれば短く、活用すれば十分に長い。

それはきっと病に倒れても、だ。

一日一日を悔いのないように生きてゆく。

それだけできっと何か花咲くものがあるだろう。



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SMILEY SMILE/WILD HONEY
The Beach Boys
CAPIT
2001-04-20






いまさらなんだけど、2001年にリマスターされたビーチ・ボーイズのCDを聞いて、再発見している。
1991年の

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