音楽家 伊藤龍太 雑木帖

時間がないなか、コツコツコツコツと、バズるのを狙ってたりします。

コツコツと音楽を作っている男です。プロフィールはここ。CDはAmazonで発売中!

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Downtown
Clark, Petula
Sequel
2002-08-12



・ポップスの要素を全て兼ね備えた、クイーン・オブ・ポピュラーソング!
・親しみやすいだけでなく、そこには飽きさせない仕掛けあり
・悲願の英語圏のブレイクとなり、この後も世界的ヒットを連発!

 
「恋のダウンタウン」Downtown (Hatch)
 ペチュラはなぜか英語圏でヒットを出せずにいた。イタリア、ドイツ、フランス、などはすでに名声を獲得していた彼女にとって、わざわざ英語の曲を出す意味が見いだせなかった。

 そこで、トニー・ハッチは、アメリカのいくつかのヒット曲を持って、それをカバーするように提案するが、ペチュラはなかなか首を振らない。「あなたの曲はないの?」と聞かれ、そこで、まだ未完成だった「ダウンタウン」の一節を披露したら、ペチュラが気に入った。そこで、トニー・ハッチが急いで歌詞を自身で完成させ、レコーディングに至った。ペチュラがこの曲を気に入らなかったら、きっと、この曲は完成されることなく陽の目を見ない運命だった。そして、1964年の12月にこの曲は発表された。

 このクラシックなトラックのレコーディングに関しては、こういった記事もある。
https://www.soundonsound.com/people/classic-tracks-petula-clark-downtown

 結果は、ご存知の通り。この曲は、世界的な大ヒットを記録し、念願の英語圏に向けての躍進なったばかりではなく、グラミー賞と、ベスト・ロックンロール・レコード賞をも勝ち取った。アメリカで、イギリスの女性歌手がチャートのトップを取るのは、十数年前のヴェラ・リン以来のことだった。

 この曲は、長きにわたって、ニューヨークのアンセムとしての地位を獲得した。映画のサウンドトラックとして使用されることもあり、最近では「17歳のカルテ(Girl, Interrupted)」にも使われた。

 この曲の大成功により、同タイトルのアルバムも急造された。



 個人的な話となるが、僕が、ペチュラ・クラークという歌手に入れ込むようになったのは、ご多分に漏れず、ラジオから流れてきた、この曲だった。2015年の初頭だったようだ。

 一度聞いただけで衝撃的で、すぐにグーグル先生を開いたのは言うまでもない。

 この曲は、まさに、キング…、いや「クイーン・オブ・ポピュラーソング」と言えるのではないだろうか。ポピュラーソングに期待される要素を、ものすごい高みで完成させたものと言える。素晴らしいメロディに、曲構成、前向きで肯定的な歌詞、編曲のダイナミクスとそれによるうねり、適切な曲の長さ、完璧なプロダクション、そして、何よりも魅力的な歌声、何一つ減点する要素がない。

 これくらいの大きな曲になると、色んな切り口から語ることができるけれども、ここでは、一点のみ指摘したい。それは、この曲は「飽きをうまく避けている」ということだ。

 この曲のキーはEであり、サビのコード進行は、「E on B→F#m on B」の循環だ。この「on B」があることによって、すこし、スカっと解決しない開かない響きとなる。しかし、その分、その循環の最後の最後で「E」に解決する瞬間が、たまらないほどの満足感を与えられるのだ。

 私を含め、凡百の作曲家は、サビに入った瞬間に、今まで溜めていたものを解放したくなる。おそらく、私なら、このメロディに対しては「Emaj7 → B9」なんてコードを当ててしまうにちがいない。しかし、この曲のメロディは、とてもスイートだ。それに対して、このコード付けは、甘くなりすぎてしまい、飽きを呼ぶだろう。こういった、トニー・ハッチの抑制された趣味の良さが、この曲をこれほど時代を超越した曲にしたのだろう。

 この曲を皮切りに、ペチュラ・クラークは世界的な大活躍を見せるようになるのである。


絶対音感
最相葉月
新潮社
2013-05-24




 かつて
私の絶対音感観(舌噛みそう…)を語りましたが、そんなごたくより、この本を読だ方が話が早いかもしれません。この本は書店では簡単に「ノンフィクション」にジャンルされていますが、まさに絶妙の分類!スリリングなノンフィクションです。音楽書ではないかも知れません(もちろんそういった面でも面白いのですが)。膨大な資料&インタビューを重ねて行くことで、絶対音感教育に、決定的に欠落しているものを浮き彫りにして行きます。それが何かは読者の判断に委ねていると言うところでしょうか?

 音楽的な驚きを書くとすれば、やはり移動ド唱法(=相対音感)は調性感を根強く植え付け、固定ド唱法(=絶対音感)は、個々を一つの音と捉えるため、調性感を得るには適してないとのことです。と言うわけで、調性感の薄い現代音楽を演奏したりするには、絶対音感がかなり有効だと言うことです。それはそうでしょう、既成の和音を使わないのだから、即座に正誤が判断できる絶対音感の方が、譜読みとかは有利です。絶対音感教育と現代音楽の進歩は、以外と結びついているのかも知れません。ただ、それがいまだに実を結んでいないのは、なにかしら象徴的です。

 ただ、そこで思ったのが、最近のポップスって、調性が薄いような気がします。これは、絶対音感教育と、何かしら関係があるような気がしてなりませんでした。あり得ないコード進行、身元不明の転調、気持ちよくないメロディ、極めて難解な調。これら全て、基本的な調性感を持たされなかった人々が作り上げたものではないでしょうか?これを「キモチイ」と感じる層が出てきてると言うことは、現代音楽も、シェーンベルクも受け入れられる日が来るかも知れません(皮肉の調子を感じて下さい)。

 話は逸れますが、いまだに英才教育というものは流行しています。それは、親にとってみれば、「我が子を幸せにするため」と言う目的なのでしょうが、この絶対音感教育のせいで、こどもは、大きくは、きれいなメロディーが書けない、些細なことだと、カラオケでキーを落とすと全く歌えない、気持ちも悪くなる、と言うことでは、全く不幸せです、閑話休題。

 モーツアルトやベートーヴェンは絶対音感を持っていたと言われていますが、今で言う「絶対音感」とは、質が違ったのではないでしょうか?あくまで「相対音感上の絶対音感」であったはずです。つまり、彼らが完璧な絶対音感を持っていたとしても、彼らは現代音楽の譜面を、理解できない(しない)はずです。彼らにとっては、これら譜面は音楽と認識できないはずです。

 つまりは、絶対音感が大事なのではなく、どのような音楽を作っている(作りたい)のかが、一番大事なことなのではないでしょうか?初めに絶対音感ありきではなかったはずです。そこが、何か間違えているような気がしてなりません。

 今のお母様方はそういうことをよく考えていらっしゃるのでしょうかねぇ。もちろん、そんなことも考えないようでは、映画のことを全く知らないクセに指揮をとろうとする監督のようなものです。そういう「教育“素人監督”ママ」に手を焼いているのは、現場で教えている先生方なんでしょうな。実際、「絶対音感が付いた時点で、教室をやめさせる親が大半である」と嘆いている教師陣のコメントもあります。何に使うか判らないのに、釣り餌の付け方を教えたようなものでしょうな。その無意味さは、氾濫する英語教育にも通ずるものがある様な気がします。なんか、滅茶苦茶批判的でごめんな。

 私は、高校の授業で、「移動ド唱法」を教わったとき、音楽の構造が解き明かされていくのに気付きました。「あぁ、そういうことだったのか」と。私は同時に、Ebをドとする移調楽器、バリトン・サックスを吹いていたために、二重に納得しました。私の音楽人生はそこから始まったと言っても過言ではありませんでした。ちなみに、私がその時絶対音感を持っていたら、本文にもあるように、「何故ファをドと読まなければならないんだ?気持ち悪い」という反発を覚えていたかも知れません。そして、音楽の構造も分からずじまいだったでしょう。これらの体験は今の私に繋がっています。「ただ」絶対音感があるだけでは、音楽は面白くも何ともないはずです。そこが、忘れられているような気がする、それが本書を読んで思ったことでした。

(2002年11月25日 記)

Downtown / The New Petula Clark Album (I Know a Place)
Clark, Petula
Import [Generic]
2001-06-12


・「Downtown(恋のダウンタウン)」の世界的ヒットを受けて作られた作品
・フランスを活動の拠点としてた中で、悲願の英語圏でのヒットだった
・「Music」も「Downtown」と肩を並べる名曲

 

 このアルバムには、トニー・ハッチ単独名義による2つの素晴らしいトラックが入っている。ペチュラ・クラークの代名詞ともいえる「恋のダウンタウン」と、そこまで有名じゃないが、同等に素晴らしい「Д潺紂璽ック」だ。

「恋のダウンタウン」について語るのは、また別の機会に譲るとして。ここでは「ミュージック」を。

А屮潺紂璽献奪」Music (Hatch)



 このアルバムは、今までのレコーディングを寄せ集めたものが大多数だが、いくつか新録音もなされた。そのうちの一つが、この「ミュージック」(「ダウンタウン」がヒットしなければ、おそらくこの「ミュージック」も作られなかったに違いない。そう考えると、恐ろしい)。

 これもトニー・ハッチ単独名義による曲。トニー・ハッチの別名である、マーク・アンソニーの単独名義ではなく、「トニー・ハッチ」と名乗ったこの曲は、それだけ、彼にとって大切な曲なのだと感じる。

 これを聞くと、トニー・ハッチという人は、本当に心の優しい人だったのだろうなと思う。作詞を本職としない作家が、(やむなく?)作詞をしたとき、それが名曲になることがある。私たちは、大滝詠一の「夢で逢えたら」という誇らしい例を持っている。

 内容は、音楽のすばらしさを歌い上げているもの。

 こういったテーマの曲も名曲が多い。エルトン・ジョンの「ユア・ソング」、バリー・マニロウ(本音では、ブルース・ジョンストンと言いたいが)の「アイ・ライト・ザ・ソング」、リオン・ラッセルの「ソング・フォー・ユー」、ビーチ・ボーイズの「アド・サム・ミュージック・トゥ・ユア・デイ」など。「ミュージック」も、それに、負けない。

 音楽のすばらしさ、、、それを、音楽の女神のようなペチュラが歌い上げる。あまりの音楽の美しさに、ときどき涙がこぼれそうになる。

 「ダウンタウン」と瓜二つの曲想だが、それが、お互いに裏と表の関係となり補完し合っているように見える。つまり「ダウンタウン」により癒され、励まされ「ミュージック」は生まれ、「ミュージック」が心にあるからこそそ「ダウンタウン」の喧騒を音楽に昇華することができるのだ。

 ペチュラもこの曲はお気に入りで、ステージに乗せることがしばしばある。

 その他、注目すべき曲とすれば、

Now That You've Gone (Clark/Ballay/Neweil)

 ペチュラ本人のペンによる恋を歌った格調高いバラード。コニー・スティーヴンスもカバーしている(どこでこの曲を知りえたのか、それはよくわからない)。

 サビへのドラマティックな展開は、絶好調なブライアン・ウィルソンを思わせる。素晴らしい。

In Love (Fuqua/Lester)

 ペチュラとは畑違いの、ドゥー・ワップ・グループ、ムーングロウズを率いた、ソングライターのハーヴィー・フークワによる曲。上品なペチュラやハッチの曲と違って、ブルースを基調とした泥臭い曲で、アルバムの中では異色。ライナーでは「ペチュラの気まぐれ」と書かれているが、ペチュラは、そういった黒人的音楽へ挑戦したいという気持ちもあったに違いない。それは、のちに「メンフィス」へ結実してゆくのだろう。

You Belong To Me (King/Stewart/Price)

 ジャズ・スタンダードにもなっている有名曲。ペチュラは若いころから、ジャズ・スタンダードを歌っていた(歌わされていた?)から、本当に板についているし、うまい。ポップスの中に、さりげなくこういった曲を入れる構成もにくい。

(ボーナストラック)I Follow Him (Stole/Del Roma/Altman/Gimbel)(bonus track) 

 フランスですでにミリオンを記録していた(そしてイタリアやドイツでも成功していた)Chariotの英語での歌いなおし版だが、これが鳴かず飛ばず。これでは、英語で歌う意味が見いだせなくなりますよね。

Brian Wilson
Rhino/Warner Records
2007-12-01

・ブライアンに天才という言葉を安易に使ってはいけない
・ブライアンは、少し才能のある人からのし上がった人である
・ゆえに、アマ・ミュージシャンに憧れられる存在なのだろう


 正直に言うと、最近、ブライアン・ウィルソンやビーチ・ボーイズを聴かなくなった。『イマジネーション』などが、中古屋で大量に売られてたりすると、昨今のビーチ・ボーイズ・ブームと言うのは、それだけ底の浅いものだったと思わせるし、浸透率が悪かったと言う事だし、「それも当然」と頷ける気もしないでもないのである。『イマジネーション』ほど「ある意味」完成度の高いアルバムと言うのもないだろう。


 私の周りでも、ビーチ・ボーイズのファンがいるし、ネット上を覗くと、ビーチ・ボーイズ人口は、決して少なくないと思う。これは偏見であるが、私は、音楽、芸術、創作活動等をしていない人、つまり、ただ聴いているだけの人の「ビーチ・ボーイズ、すごい」、「ブライアン天才」と言う発言を、あまり信じない(そうしざるを得なかったところを汲んで頂けたらと思う)。「音楽は大衆にひらかれているものだ」とか「本当に好きです!」と声を粗げる人、うん、結構なことだ。結構なことと、考えが改められるのとは別問題。結構は結構なりに生きていけばいい。

 ブライアン・ウィルソンは、やはり、ミュージシャンズ・ミュージシャンなのだろう。正確に言うなら、アマ・ミュージシャンズ・ミュージシャン。

 私の現在好きな大衆音楽の作曲家は、大瀧詠一、エルトン・ジョン、船村徹であり、この3者とブライアン・ウィルソンを並べると、多少毛色が違うのがお分かりになるだろう(エルトンだけ茶髪でかつら、とか言わないように!)。上記3者に日に日に惹かれるのに戸惑いを感じながら、ブライアンの存在は、いつまで経っても躓きの種だった。それは、初恋の感傷と言えるような、センチな心理なのかも知れない。

 職人と天才の違いというのか。過去の音楽を冷徹に引用、もしくは「音楽は型」と言い切る大瀧詠一、他人の歌詞を常に必要とするエルトン、ものすごい数を作曲している船村徹、全て、「作曲の技術」「基礎体力」が無ければ、潰されてしまった事は目に見えている。この3者は、基礎体力がずば抜けている。

 特に、音楽を勉強してきたわけではない、素朴な少年、ブライアン・ウィルソンは何度も潰されてしまった。そこに私は、ブライアンの限界をまず感じてしまうのだ。ま、当然の話ではある。人は、「薬物による混乱」「羽毛でも傷つく繊細な感性」「天才の気まぐれ」と簡単に美化してしまうが、私はただ単に、技術不足だった、のだと思う。もちろん、その挫折しながらも、必死に音楽を作って行くブライアンに、まず、今も昔も、聴衆の心を打つのだろう。

 一番有名な挫折、未完の『スマイル』の失敗も同じ事が言える。同じくヴァン・ダイク作の『ソング・サイクル』や『オレンジ・クレイト・アート』等を冷静に聴くと、ヴァン・ダイクの作曲技巧は群を抜いている。上と同じ言葉で言うなら、基礎体力がずば抜けている。ポール・ウィリアムズははっきりこう断罪している。「ヴァン・ダイクの歌詞ほど、ブライアンの曲は洗練されていなかった」その歌詞をガッチリ受け止めた自作の『ソング・サイクル』が『スマイル』と言っても良いのではないだろうか。それは、ブライアンの劣等感もさぞや煽られたに違いない。

 だが仕方ないのだ、実力差がありすぎたのだ。

 『オール・サマー・ロング』は初期の名作と言われているが、作曲技巧のことは、私が知るウチでは、全く触れられていない。「覚えているかい」、「ドライブ・イン」等、3コードの単純な曲に挟まれ、「浜辺のあの子」や「ドント・ルック・バック」のサビで半音上がる"仰天"調は、画期的、と評するよりは、無手勝流、もしくは、素人だから出来ること、と言うのものであろう。ブライアンは、「発見」したこのコード進行に大興奮していたに違いない。そういうことが、ピアノを弾いていると、良く分かるのである。「こんな自由なことをしていいんだ!」と思ったものである。正規のレコード屋で、海賊盤を発見したような興奮があった。そして、そういう音楽が、大衆に支持されている、なんて素晴らしいんだ!

 これら音楽に、ずっと励し続けられたのが、私を含む、星の数のアマチュア・ミュージシャンなのだと思う。

 俺らにも、出来ないことはないかも知れない!そんな勇気を常に与えてくれていた。この気持ちは、一般大衆には理解されないだろう。

 ブライアンのいるポジションは、この辺りが、一番幸せで、輝いていたのかも知れない。

 その後は、当然、名作『ペット・サウンズ』〜『フレンズ』へと続いて行くのだが、基本は、私は上で述べた事と、同じ事を繰り返す事になる。『ペット・サウンズ』は作曲に、行きづまっている人、上へ上へ昇ろうとする人等、全てのアマミュージシャンへの応援歌だと思う。『フレンズ』は『ペット・サウンズ』よりはずっと編曲の普遍が増しているため、耳に心地よいが、『ペット』と同様、作曲の偏執、熱狂は変わっておらず、この時期のブライアンならではである。『フレンズ』は試金石であると言える。

 職業的作家には、『ペット・サウンズ』のような作品は書けない。いや、書かない、と言った方が正しいかもしれない。素人芸の究極の姿がここにあるのだと思う。それが、職業的作家には新鮮であるわけだし、ジョージ・マーティンの例の「現存する中で唯一の天才ポップ・アーティスト」という、「ポールはどうしたのヨ!」というツッコミ必然の、大賞賛になるのだろう(ポールとジョージは音楽的な性格が似ているのではないだろうか?)(逆に言うと、自分の方が上だ、という安心感があるから、ブライアンを、可愛いヤツと褒めちぎられる、と言う屈折した心理も伺えるが…)。

 しかし、まだ、音楽がなんたるか分かっていない、一アマ・ミュージシャンには、毒にもなる音楽でもある(以後の『Love You』とかも)。なにせ、既存の作曲法が用いられていないため、滅茶苦茶のやり放題になる。私も、曲を書き始めの時は、ビーチ・ボーイズに心酔していたため、変なことをいっぱいやっていた。そして、だんだんと鬱になってきた。自分でこうなのだから、ブライアンはさぞかし、辛かったに違いない。それ分かるため、『ペット・サウンズ』は、しばらく楽しめなかったし、『スマイル』のブートの断片とか聞くと、もう、やりきれない。

 とは言いながら、そういうぐちゃぐちゃの状態で聞いた『ペット・サウンズ』が、すごく心に焼き付いているのだから困ってしまう。音楽で喰っていこうと、仕事もせず、部屋にこもり作曲し、夜はいいちこの水割り、そんな生活を続けていた時期に、一人、大音量で聞く『ペット・サウンズ』。お互いに、苦しさを嘗め合っていたいたような、そんな気がする。

 自分で言うのも気が引けるが、多少、音楽のなんたるかが分かって来た今でこそ、『ペット・サウンズ』の素晴らしさ、美しさが伝わってくる。『ペット・サウンズ』を今よりもっと楽しむために、音楽的に、もっと成長して行きたい、そんな気がし、勇気がわいてくる。

 一音楽ファンにとって見れば、これは、絶対「持つべき」アルバムだと思う。あなたが、良い音楽を知るに従って、どんどん、『ペット・サウンズ』が浮き上がってくるだろう。それは、あなたに「正しい音楽性」が備わってきた証拠であり、それが、固まれば固まるほど、『ペット・サウンズ』の新鮮さに打ちひしがれることであろう。「純粋無垢」とか、そういう見方だけでは、『ペット・サウンズ』は支えきれない。冒頭で言った「暴言」には、そういう意味がある。このことを自覚している一ファンには、「暴言」を撤回したいと思う。

 話を戻そう。

 長い沈黙を破って発表された『15ビッグ・ワンズ』や『ラブ・ユー』は、さらにプライベートな趣が強くなり、まるで、ブライアンがピアノに座って唄っているような錯覚さえ覚える。ここまで来ると、「ポップス」としての判断は難しいものがあるが、ポップさが剥ぎ取られたと言うことで、逆に、ブライアンの曲作りのコツや、考え方が伝わってきた。私にとって、このアルバムは作曲の教科書だった。

 ここまでが、ブライアンの天才・アマチュア時代だったと信じている。そして、「天才・ブライアン」(この言い方の是非はまた別の機会に譲るとして)このフレーズが 有効なのは、ここまでだろう。

 そんなストレートに事は運ばないが、このころから「職人」の気質が現れ始めるのである。

 『MIU』の自作曲で見せるプロダクションの素晴らしさや、曲作りも、『ラブ・ユー』ほどの才気は感じさせないが、心に浸みる良質なメロディーに溢れている。『L.A.』の「ショートニン・ブレッド」に注目する人は少ないが、素晴らしい編曲で、私は70年代の「スループ・ジョンB」呼んでいる。

 自叙伝でも分かるように、この頃は、また荒んだ生活に戻っていたブライアンだったが、作曲・編曲の技術が、それを感じさせない。そこまで、ブライアンの「基礎体力」が鍛えられ、完成したと言う事なのだろう。もうブライアンは、天才と言うよりは、職人、になったのだと思う。そして、この、ブライアンの曲の良さと安定感が、ビーチ・ボーイズの後期の特徴なのだと言いきっても良いと思う。ブライアンの復帰後の『ザ・ビーチ・ボーイズ』の彼の曲を聴いても、その事は良く分かる。

 初ソロ・アルバムの『ブライアン・ウィルソン』では、『ラブ・ユー』の時代へ舞い戻ったような、作曲への熱狂が垣間見えるが、恐らく、初ソロと言うことで、かなり気合いが入ってしまったのだろう。ポップス界に影響を与えるような大作ではないが(だが、ジョージ・マーティンが褒めてくれるだろう)、本当のブライアンのファンにとっては、心に浸みる、思いがけないプレゼントだったと思う。

 そして、最新アルバム『イマジネーション』(正確には幻の『スィート・インサニティ』からだが…)は、大滝詠一の『A Long Vacation』にも通じるような、上質なポップスを聴かせるようになった。完成度がすこぶる高く、職人技、としか言えないほどの、安定したソングライティングを見せている(『スィート〜』はさらに上を行く)。大瀧詠一もそうだが、ブライアンも、これだけ曲がりくねった道を辿って、『イマジネーション』に辿り着いたのだ。そう思うとき、本当に、勇気が与えられる気がする。

 悪いことに、『イマジネーション』が出る辺りから、ブライアン/ビーチ・ボーイズの再評価の波があった。もちろん、「天才・アマチュア」としてのブライアンに対してである。そういう人が『イマジネーション』を聴いて、失望し、上記の「中古屋投げ売り」という事になったのだろう。当然である。もちろん、耳のいい人なら、『イマジネーション』からでも、非凡なものを感じ取れるはずなのだが、それは、『ペット・サウンズ』や『オール・サマー・ロング』とは違う「非凡」さであり、そこから、『ペット・サウンズ』を聞き取れ、と言っても、無理があるというものだ。

 しかし、ブライアンの音楽の紆余曲折を知っている人にとっては、胸を打たれる作品だった。曲作りのちょっとしたイタズラや、"ブライアンにとって"の新機軸など、「ブライアンをブライアンたらしめている要素」を存分に残しながら、自分を見失っていない。我々は、このアルバムに、彼の芸術の完成を知るのである。

 ミュージシャンから見ると、「アマチュア故の斬新」→「プロ的な成熟」という道を辿るというのは、ものすごく珍しいケースであり、羨ましいことなのである。ある人は、アマチュアの輝きが失せて行くのにもがき苦しみ、自殺し、ある人は、プロずれがして、ことなかれな音楽しか作れなくなって消えて行く。とうぜん、単なる実力不足の人も普通に消えて行く。

 ブライアンについて考えるとき、どうしても、「あるミュージシャンの半生」的な見方になるのは、致し方ないことと言えよう。逆に、こういう見方をしないと、ブライアンの天才、と言う意味が解らないはずだ。そして、そういう見方をする以上、「自分のミュージシャン・ライフ」と共鳴せざるを得ない。ブライアン・ウィルソン/ビーチ・ボーイズが、特にミュージシャンに好かれているというのは事実であるし、その事実の裏には、こういう心理構造が潜んでいるはずなのである。

 例えば、私たち、アマ・ミュージシャン同士で会話しているときに、「ビーチ・ボーイズ!おぉ!大好きだよ!『フレンズ』?…最高だね!」と語り合えば、その人の辿ってきた、ミュージシャンズ・ライフが垣間見えてくる。その逆ももちろんある。決して、広範囲をカバーしているフォーマットとは言えないが、話が通じれば、これだけ、親密な感じになれる音楽のネタはない。

 ブライアン・ウィルソンとは、我々、アマ・ミュージシャンの、永遠の憧れの的なのだろう。

(2003年9月21日 記)

大瀧詠一SONGBOOK1
中原理恵
ソニー・ミュージックレコーズ
1991-03-21


・大瀧詠一が「夢で逢えたら」以降、本気で作詞している
・歌謡曲のフォーマットに近く、混沌とした歌謡界への挑戦が感じられる
・それゆえに、終わりのはじまりだったと振り返ることもできる。

 
 誤解を恐れずに言うと、大瀧詠一氏が本当の意味で「作詞」した曲と言うのは、今までで2曲しかない。「夢で逢えたら」と本作「あなただけ I LOVE YOU」だ。


 この曲は1980年に大瀧詠一が須藤薫に提供した曲。もともとは「恋は行方不明」と言うタイトルで、山川啓介の詞が付いていたが、「夢で逢えたら」に入れ込んでいた、須藤薫のディレクターである川端氏の「是非とも大瀧詠一の歌詞で」という強い要望により、大瀧氏が「苦労に苦労を重ねて」作詞したというのが本作だ。

 「『夢で逢えたら』を意識して作った」と大滝氏は言っている。その、「日本のポップスの開祖」とまで言われている「夢で逢えたら」だが、この一曲だけで大瀧詠一の名前は不滅である、と私は言いたい。この曲は、その後の日本のポップスの歩みを考えると「奇跡」としか言いようがない。この曲は「ヒットしないクセにカヴァーだけは多い」という曲なのだそうだが、日本のポップス界の分岐点まで立ち降りておきながら、それで終わらせてしまうのは如何なものか?過去の遺産にしてしまうのも、それはそれで良いだろう。しかし、私にとってこの曲の放つ放射線は強すぎる。

 しかし、私が「夢で逢えたら」の「歌詞」が好きである。大瀧詠一氏というのは、恐らくどこまでもシャイな人に違いない。彼の「初作詞」である「夢で逢えたら」では、語呂の良い言葉でまとめて「恥ずかしさ」を軽減しているように私には思える。

 夢でもし逢えたら 素敵なことね
 あなたに逢えるまで 眠り続けたい
 あなたは私から 遠く離れているけど
 逢いたくなったら 瞼を閉じるの

 歌詞の内容はスィートで歌謡調なものにも関わらず、4コード循環の曲構成がそれを感じさせない。日本がアメリカンポップスを吸収し続けた、一つの結論がこの曲だろう。「スキヤキ」ではないけど、やはり異文化を吸収する際に、人は味付けを自分好みに変えてしまう。それは別に悪いことだとは思わない。しかし、それは時に、もとの味をも変質・劣化させてしまう事もある。「夢で逢えたら」は「If I could see you in dream」と呼ばれようが「ヒヤヤッコ」と呼ばれようが、その魅力が変質する事はないだろうと思う。

 私は、はっぴいえんどの行ったことは、最終的には成功とはいいがたいと思う(それが彼らの価値・魅力を減じさせるものではありませんが)。しかし、それを大瀧詠一は「夢で逢えたら」ではっぴいえんどの活動を別の方向で総括したのだと私は考えている。

 話を戻すと、「あなただけ I LOVE YOU」は、これは私にとって嬉しい、大瀧詠一氏の失敗作だと考えている。一聴して分かるように、この曲のフォーマットは、完全な歌謡曲だ。曲調は転調を繰り返し二転三転する。いくら落語が好きな大瀧氏でさえ、この曲に語呂の良い歌詞を付けるのには(御自身も言っているように)相当苦労したと考えられる。しかも、彼は「作詞」に慣れていない。それが功を奏し、この歌の中の男性をピュアに思う女性像を浮かび上がらせることに成功している。

 想像だが、ご本人は「歯の浮くような歌詞だ」と思っているに違いない。でも私は、こういう歌詞が書ける大瀧氏というのは、本当に優しい人なのだな、と思ってしまう。大瀧氏にとって、そういう「自分」を聞き手に感じさせてしまうのは、恐らくアウトに違いない(変名が多羅尾坂内だしね)。そういう点で、私はこれは「失敗作」と判断しようと思う。けれども、この曲は、大瀧詠一氏を身近に感じることが出来る、掛け替えのない曲である。大瀧氏に歌詞を書かせることを要求した川端氏も、そんな大瀧詠一氏の優しい一面を見抜いていたからに違いない。まさに川端氏に感謝。

 歌詞は全体的にアマチュアっぽさが感じられる。が、その分表現の自由を獲得している。チェット・ベイカーの、小林旭の歌しかり。本職でないものの強みだと思う。「急ぎ足 なぜかしら?」という出だしは、この曲の顔であり、グッと心を捉える。この歌詞を、松任谷由美が絶賛したと言うが、そういう部分を指しているのだと思う。

 当然ながら、伸びやかに歌う須藤薫もスバラシイ。

(2004年8月15日 記)


【追記】

 この曲は『ロング・ヴァケーション』につながってゆくものなのは間違いない。しかし、この曲には、「大瀧詠一ならでは」というものは分かりやすくは提示されていない。それは、実は『ロング・ヴァケーション』も同様なのだと思える。

 『レッツ・オンド・アゲン』に洗礼を受けた僕にとって、『ロング・ヴァケーション』は、すこしわかりずらかった。『レッツ・オンド・アゲン』のように、わかりやすく、パロディを提示するわけではなかったからだ。

 『ロング・ヴァケーション』は非常に、丁寧に、そういった要素が、塗りこめられている。一見わからないようになっている。隠れているというより、溶け込んでいる。

 しかし、だんだんと、大瀧詠一自身も、「隠しているのか、溶け込んで消えてしまっているのか」が分からなくなってきてしまったのではないか。その極致が、次のアルバム『イーチ・タイム』になったのだろう。

 日本という、異文化を「いいように」解釈し消化する、巨大なガラパゴスな海に、いくら「ナイアガラ」と言えども、飲み込まれてしまったのではないか。

 どこかで読んだ、好きなエピソードで、「それまで、ギターで、じゃかじゃかーんと曲が出来ていたのに、突然できなくなった」といったものがあったけれど、僕は、大瀧さんは、こう思ったんじゃないかと思う。「これって、単なるフォークシンガーと同じじゃないか?」とね。

 それに懲りた、大瀧詠一は、もはや、日本という大海(いい意味で言ってないです)ではなく、鹿威しのように、小さな池に向かって、自分の「ナイアガラ」を注ぎ込むようになっていったのだろうと、思う。そして、新作を作ることなく、亡くなった。

 この曲は、その終わりの始まりともいえる曲なのではないか?

 「いそぎあし、なぜかしら?」大滝さん自身の心の叫びだったのか。

アキラ3
小林旭
日本コロムビア
2019-01-23



・船村徹と小林旭の真剣勝負が聴ける名曲
・大瀧詠一プロデュースの選曲・マスタリング
・セルフカバーが何通りかあるが、やはりオリジナルがいい。

 
 小林旭の歌、と言えば、大瀧詠一作曲の大ヒット「熱き心に」とか、「ダンチョネ」「ズンドコ」「さすらい」「自動車ショー歌」「恋の山手線」などが浮かぶが、同じように有名なのに人気薄な「ダイナマイトが百五十屯」がある。


 大瀧詠一編集の「アキラ3」のトップを飾るナンバー。これには、大瀧氏の「思い入れ」が、言い方を変えると「意味」が感じられ、私は、この曲を最初に発見させられた

 購入するまで分からなかったが、「アキラ3」の冒頭四曲は全て船村徹作品であった。

 船村徹の半生を綴った「船村徹の世界」という書籍の付録に、「船村自薦50曲」という楽譜が付いてくるが、それにも「ダイナマイト」はしっかり入っている。「自信作なんだぁ」と思った。つまり、この曲を「発見」出来たのは、このように、環境的にラッキーであった理由があったのかも知れない。

 この曲の魅力は、もちろん小林旭のヴォーカルが一番なのだが、その広音域の小林旭の声を「骨の髄までシボレー」と、生かし切った、船村徹の曲のチカラが素晴らしい。

 「しゃくなこの世の〜♪」の「世の〜♪」の小林旭にとっては低すぎる不安定なBの音は、船村徹と小林旭が火花を散らして闘っている。すごくドキドキする瞬間だ。

 私の読んだ数冊の船村徹の著書には、小林旭の事は一切出てこない。だから、小林旭の曲提供は、片手間の仕事だったのかな、と思った事があったが、この複雑な旋律を聞く度に、船村徹が、小林旭の歌手としての底力が、十分すぎるほど分かっていたのだなぁと痛感した。私は、この曲に、歌手としての小林旭が、全て出ていると思う。脳天気で、おちゃらけてて、ワイルドで、そして、哀しい。ウン、これはとんでもない名曲なのだ。

 私は個人的に、美空ひばりより、小林旭のほうが、歌が深い気がする、一枚上手と思う。しかもそれは、無自覚のものである(天才ってヤツは…)。ひばりは、自分に持ってないもの、しかも、それは自分がずっと探し求めてたもの、それを溢れるくらい持っている小林旭を愛したのではないかと思う。閑話休題。

 前奏のわざと濁らせた和音が癖になる(なんの音だろう?)。SEは、時代を感じさせるが、アッチの世界に入り込んじゃえば、チョーカッコイイ。船村徹の曲は、どの曲も、演歌という気が私はしない。そんなこと言っても、「演歌だよ」と言う人がいるかも知れない。そんな人に、この曲を聴かせて上げたい。単なる演歌作家が、好んでSEを使うだろうか?良識家の古賀政男一派から、白い目で見られたりするだろうか(古賀の方がよっぽど古くさい)?「演歌とか、ポップスとかジャンル分けなんて下らないこと」と発言したりするだろうか?船村徹は演歌界のブライアン・ウィルソンなのだ(言い過ぎたか?)。

 この曲はホ短調です、そう言わないと、この曲が短調だとは気付かないのではないだろうか?モーツアルトのピアノソナタK.310番のフィナーレのようなもので、全く抜けきっている。小林旭の無国籍的な脳天気声がその雰囲気を助長する。

 この曲は、今3つの録音が残っている。オリジナルの『アキラ3』と、往年の名曲を再録した『アキラ・ザ・グレート』(やはり先頭バッターを飾っている。本人もお気に入りなのかも)、スカパラと競演したライブ盤『アキラのジーンとパラダイス』。やはり本命はオリジナル、と言うことになるだろう。

アキラ・ザ・グレート
小林旭
ソニー・ミュージックレコーズ
1993-11-21




アキラ節
小島貞二
ソニー・ミュージックレコーズ
1996-04-01



 
 『アキラ・ザ・グレート』は小林旭の声が太くなり、繊細さが失われているし、編曲も、ポップに過ぎて、船村徹らしくないが、硬いこと言わなければ楽しめる。「ダイナマイトがよ〜♪」の「ナ」と「マ」の声のひっくり返り具合がオリジナルは最高だったが、それが失われているのが残念。『ジーンと〜』は、『グレート』の歌唱を下敷きにしたものと分かる。ライブ故ヴォーカルの安定さはないものの、「“高めに外す”希有な歌い手」の面目躍如と言ったところで、私は、こちらの方を評価したい。スカパラによる編曲も『グレート』を下敷きにしたものと分かる。編曲と言えば、オリジナルでは「ダイナマイト〜♪」のサビで、ベースラインが下っていくところが大変格好良く印象的だったが、『グレート』は音が違い、『ジーンと〜』は抜け落ちている。「ここが一番格好いいところジャン!」と声を中の大ぐらいにして言いたい。


 因みに、氷川きよし君がカバーしている(「ズンドコ」もカバーしてたね)。彼も「ひっくり返し」が上手い人なので、イイ歌聞かせてくれてるのかも知れない。同じCDで、「別れの一本杉」もカバーしているが、船村先生、アピールされてますヨ(笑)。

(2003年8月25日 記)

恋するふたり
多幸福
ソニーミュージックエンタテインメント
2003-05-21


 大滝詠一は確信犯だ。最近、「確信犯」という言葉の使い方が間違っているという、下らない指摘があるが(本来は、宗教上のタブーを知っていながら犯す、という意味)、そういう奴は、永遠に「我思ふ…」とか言っているがよい。とにかく、大滝詠一に作品には、何らかの「狙い」が含まれている。しかも、彼はそれを目立たすためには、それ“以外”の所への配慮は、まるでないと言っていい。


 最新シングル「恋するふたり」だが、色んな曲に似ていると言われている。歌に入る前のストリングスは「風立ちぬ」だし、コード進行も近い。転調の部分はナイアガラ・トライアングル2の「白い港」だ。どことなく「冬のリヴィエラ」にも似たメロディーがある。

 だが、それは大滝氏の罠ですぞ、ふっふっふ。

 前述したように、「狙い」のためには、それ以外の配慮はマルでない大滝氏。メロディが類似しているということは、つまり、それが「狙い」ではないということです。(ところで「カレン」と「幸せな結末」は、どうしてだれも指摘しないんだろう。「幸せ〜」の大ヒットでファンは増えたモノの、アンポンタンも同時に増えてしまったと言うことでしょうナァ)。そういう、滅茶苦茶低い次元で、音楽を語らないように(私の音楽を聴いて「メロディが○○に似てる」とか言う人も、御自身の浅い音楽歴を進んで披露しない方がいーよ)。大滝氏の自作メロディのコラージュに関しては、『Song Book供戮痢屬罎蕕蠅蹇廚鯆阿なさい、の一言で良いだろう(もしくは「河原の石川五右衛門」か?)。

 私は、今年、これだけリピートしている曲はない。もちろん、それには「大滝ファンだから」という心理的バックボーンがあるのだが、それにしては飽きない。何度繰り返しても、飽きない。何故だ?

 それには、この曲の構成の複雑さにある。この曲の構成は。
A→A1→B→A1→C→A2→間奏C→ A→A1→B→(転調)A→A2→バンドゥビ♪

A…春はいつでも〜♪
A1…boy meets girl・・・青い空の下で〜♪
A2…boy meets girl・・・恋するふたり〜♪(最後にグッと声が下がる部分)
B…甘い 君の ささやきに〜♪
C…揺れて不意に触れた〜♪
 「C」の部分は、例の“「白い港」転調”の所であり、ここが間奏後に不意に現れるのが、見事である。そのあとのA1のメロディの後には、一番での“刷り込み”で、「C」部、つまり“「白い港」転調”が来ると思わせるが、そこで、不意にBのメロディが現れるのがこれまた見事。

 また、一番ありそうでなかった、「A→A2」という進行が、やっと一番最後に現れる。この自由自在の構成(即興的と思わせる、実は綿密な計算)が、この曲の魅力を握る鍵である。単純な一番、二番と区分けできるポップスとは、一線を画している。さすが師匠!

 …とは言いながら、

 …実は。
一番CA→A1→B→A1→C→A2→間奏♪
二番C→A→A1→B→A →CA2→バンドゥビ♪
 実は一番の構成を元に、二番は「C」の位置をちょこっと移動させただけなのだ。それだけで、一番、二番の区分けが不明瞭になり、複雑な構成に感じさせ、これだけの繰り返しに耐える曲になるのだから、音楽とは不思議なものである。二番の一番初めのAは、「風立ちぬ」ストリングスも付いた、実質的な二番の始まりなのだが、まったくそうは感じさせず、直前におかれた「C」のパートと有機的に絡み、見事に繋げて聴かせてくれる。また、ラストの半音上がる転調後の「C」のパートの省略、これがどれだけ曲を引き締めているか、宇野功芳流に言うと、「結晶化」させているか分かったモンじゃない(なんだその言い方?)。

 べートーヴェンが、通常は最後におかれるカデンツァを、恣意的に冒頭において、新しい構成を試みた、「皇帝」協奏曲のように、または、モーツァルトが、形骸化したロンド形式を、天才的に崩した、23番イ長調協奏曲のように、大滝詠一も、伝統的に使い古された、一番、二番、もしくは、A-B-A、という歌謡曲に疑問を感じたんだろう。かつて「音楽は型」と言っていた“大滝氏にとって”、革新的、というか自信作に違いない。

 こういう曲を「○○に似てる」という一言で片付けようとする、意味のなさに気付いて欲しい。

 話が変わるが、私は、上記のように「大滝氏にとって革新的」とか「ブライアンになったつもりで聴いてみよう」という言い方をする。よく、「お前はブライアンか?」などと、よく笑われてしまうのだが、丹念に愛情を持って、その曲を分析したり、その人の歴史を辿ってみたりすると、そういうことが分かるのである。嘘じゃないです。例えば、「大滝氏にとって革新的」な事は、実は、全体から見ると、たいして革新的じゃなかったりする。私は、ビーチ・ボーイズの「恋のリヴァイバル」という曲を、すごく評価しているが、歴史全体から見ると、あまり大した曲じゃない事に気付いていることを告白する。

 でもブライアンにとって、もしくは大滝氏に取ってみれば、これはすごい今までの彼らの作品には見られなかった、新しい味付けで一杯なのである。そういうものに、共に喜べるファンで、私はありたい。

 私は、悪い癖で、一人のアーティストにのめり込んでしまう。本当に、「それしか聞かない」のだ。しかし、周りはそうは見てくれない。ビーチ・ボーイズも知っているのだから、同世代に活躍した、他のバンドにも詳しいのだろう、と思われるが、全くの無知である。アメリカン・ロックなんて、実は、まったく知らない。それを言うとすごく軽蔑されたりする。

 でも、あれもこれもという聴き方を、私はあまり好まない。聴くなら一人を、とことん突き詰めたい。その人の作曲の手癖とかを盗みたい。あれもこれもと、全ての「ロック・クラシックス」みたいなのに耳を通している人を、私は否定できない。でも、あなたは学校で5教科とも得意だったか?多分、得意不得意があったはずだ。音楽は学問じゃない。得意な分野だけを深めていけばいいのだ、と私は思う。一芸に秀でた人の話というのは、大概面白いものだ。それは、その人独自の視点が定まっているから、説得力があるのに他ならない。

 評論だってそうだ。ブラームス嫌いの人が、徹底して、必要以上に、ブラームスをこき下ろしたとする。ファンにとっては、悔しいことだが、けれども、そこから、新たなブラームス観が築かれたりするのだ。「これも良い、あれも良い。みんな程良く良い」というのが一番なんのためにならない。

 音楽というのは、結局偏見なのである。偏見というのは、地球の重力みたいなもの。これがなければ、音楽の上には立つことが出来ないのである。

 話を戻そう。

 音質の素晴らしさにも触れておかなければならない。「幸せな結末」的な、重厚なアナログっす、みたいな音を予想していたのだが、すごく軽い音質で、スネアの軽さは、羽毛のようだ。カスタネットの叩かせ方もかつての大滝氏にくらべると、まったく控えめである(シリア・ポールの「夢で逢えたら」を聴いてみて下さい)。転調後の“決め”の一発も、あまり強調されない。初めは物足りなかったけど、けれど、これが慣れてくると、キモチイのだ。これは、理屈では説明できない。そして、軽いんだけど、よく聴くと、実は重厚なサウンドが詰まっているのだ。

 これには伏線がある。「幸せな結末」の出たあと、『ロンバケ』のリマスター盤が出た。この二つのマスタリングには共通点がある。それは、声のアナログ的などっしりした強調である。私は最近、『ロンバケ』の後、引き続き出されたリマスター盤、『ナイアガラ・トライアングル2』を買って、当然『ロンバケ』的なリマスターだろうと、タカをくくっていたのだが、これが大いに肩すかしを食らった。実に軽い音質に仕上がっていたからだ。まったく疑問だったのだが、何度か聞いているうちに「?なんか、聴いたことある音質だな」と思ったら、この「恋するふたり」だったのだ。「A面で恋をして」冒頭と「恋するふたり」のカスタネットの控えめな鳴らせ方は、ホントに似ている。つまり、
「幸せな結末」→『ロンバケ』→『ナイトラ2』→「恋するふたり」
 …と、音質の趣味が変わってきているのだ。一口で言うなら、より軽くカラッとなって行くのだ(天ぷら食べたい!)。多分これは、大滝氏特有の「引用」「パロディ」「コラージュ」ではなく、単なる「趣向」の変化だろう。20thアニバーサリー・リマスターだからといって、変に統一感を持たせようとしないのは、かつての、「テックス・メックスにはまっていたから『ナイアガラ・ムーン』」という、あの頃の大滝氏と何ら変わっていない。

 リマスター『ロンバケ』リリースの際のインタビュー、「私の出した答えはファイナル・アンサーじゃない、いつも仮定なんだよね」という言葉が想い出される。新たな仮定を持ち続けること、これは大滝氏が停滞していない何よりもの証拠だ。

 そう、大滝氏は、新作こそ出さないが、全然引退なんかしていない。実は確実に進化しているのだ!『ナイトラ2』リマスター盤を(白状しよう)ナメなめた自分を恥じた。これは、大滝氏の最新アルバムだったのだ!!!そして、そこから一歩前進した“新曲を使った”新作「恋するふたり」、必聴ですゾ。これだけ気合いの入ったシングルが1000円とは、ボランティアですぞ。

 B面は、『niagara song book』風の、フル・オーケストラの演奏するスローバージョン「恋するふたり」。もちろんインストで、編曲はやはり井上鑑、ペンが冴えてます。こっちの方がお金が掛かってそうです。偏屈さも健在ヤナァ(笑)。うれしいことです。

(2003年07月08日 記)

自己評価の低い人間は、反社会的な行動を起こしやすいと、僕は個人的に考えている。

例えば、青春時代に非行に走る方たちが多いのは、その、自己評価の定まらなさが原因なんだろうと思う。

非行に走ると何が得か。それは、注目を集められるからだ。注目が集まることで、自分の価値が高くなったように錯覚できるのだ。

現在、新型コロナ禍で、タバコをふかして、人の神経を逆なでてくるアンチャンやジジイが増えている。

これも、きっと、収入が減ったり、仕事を失ったりで、自己評価がうなぎ下がりに下がっていて、人の神経を逆なでさせるような行動をとって、注目を集めてるのだろうと理解できる。

人間なんて、わりに単純だ。

しかし、自己評価が低くても、その反動のベクトルが、反社会的な行動に反映されない人たちもいる。

それが好ましい方向で昇華されると、誰もなしえない素晴らしい仕事になったり、美しい歌になったりするのだろう。できれば人間こうありたいものです。

しかしながら、そういった「仕事」や「芸術」に方向にありながらも、素晴らしい仕事や、美しい歌が作れない人たちがいる。

そういう人は、どうするかというと、もう、手段を選ばなくなってくる。

仕事でいえば、仕事の内容ではなく、その会社の中での地位を高めるために、同僚を陥れたり、上司に取り入ったりすることに腐心するようになる。そして、仕事ではなく、社会的地位や、得られた金額で、自分の価値を高めようとしてくる。

歌の場合は、もう、大衆に媚びるような歌ばっかり書くようになる。大衆が支持したことが、そのまま、自分の価値につながると、本気で信じている

そして、それを取り巻く大衆も、きっと自己評価の低い人が多いのだと思う。自分の感性に自信がないのだから、数こそは正義、その中にいることで、自分は間違ってないと信じられるのだから。

よって、つまり、ある意味、(現在の)ヒットメイカーって、才能の無さはもちろんですが、反社会的な人が起こしている現象だと思います。だって、それって、金とかのことしか考えていないんだから。

価値ゼロ。そして、価値ゼロに群がる馬鹿な人を増やしているだけだから。


 ビーチ・ボーイズがいなければ、今の私はなかった。少なくとも、違う私になっていたはずです。歌を作って歌っているのも、ビーチ・ボーイズのお陰です。そんな想い出話をしようと思う。

 私がビーチ・ボーイズと言う名前に出会ったのは、村上春樹の小説だった。高校二〜三年生くらいの話だったと思う。「風の歌を聴け」や「ダンス・ダンス・ダンス」で、ビーチ・ボーイズの音楽が沢山でてくる。でも、その時点では、まだ音楽は聴いたことがなかった。「サーフィンUSA」も知らなかった。その頃は、ただ単なるスノッブなクラシック馬鹿だった。

 大学に入って、アメリカへ語学研修に行った。その時に、彼らの音楽に出会うことになる。「カリフォルニア・アンド・アザー・ガールズ(California And Other Girs)」という、カセットテープを、中古レコード屋で買ってきて、自分の部屋で聞きまくっていた。収録曲が面白いので紹介しようと思う。
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Side ADarlin'/Babara ann/Wendy/Girl Don't Tell Me/The Girl From New York City
Side BCarifornia Girls/Surfer Girl/The Little Girl I Once Knew/Girls On The Beach
 つまり「女の子」と言うタイトルを集めたオムニバスだったのです。でも今考えると、何故「ロンダ」や「キャロライン」がいないの?という話になりますが、ま、それはひとまず(いや、永遠に)置いておきます。

 話を戻すと、私のビーチ・ボーイズの“一番初め女の子”は「ダーリン」でした。この曲は、一回聴いただけでノックアウトでした。格好イイ!サビのメロディーが妙に変で、心に残りました。次の「バーバラアン」は「ダサっ」って思いました。「ウェンディ」は飛行機の中で聴いた時の印象が根強く、いまだに、この曲を聴くと、真っ白な雲の上を飛んでいる飛行機の中を思い出します。「カリフォルニア・ガールズ」は期待していただけ、あまりキャッチーじゃないのにガッカリしました。「サーファー・ガール」には心を奪われました。「浜辺のあの子」も同様で、この曲と「ダーリン」が特に気に入りました。

 その、中古レコード屋には、もう一組、二枚組のビーチ・ボーイズのオムニバスCDが売られていましたが、不思議なことに、このカセットの曲と選曲が全然かぶらない。「ダーリン」一曲だけです、かぶっているのは(実はかぶってないのだが…)。すごく不思議に思いました。そして、このCDをひとまず買いませんでした。

 その語学研修の帰りに、ニューヨークに寄ったのですが、その時見たテレビで、ビーチ・ボーイズのドキュメントがやっていました。だけど全部英語(ToT)、全然分かりゃしません(語学研修行ったんじゃ…)。後に分かるのですが「エンドレス・ハーモニー」と言う1998年に作られたビーチ・ボーイズのドキュメントフィルムだったのです。

 日本に帰って、まずやったことは…と言うか、もちろん色々なあと片づけを最初にやったのですが、それが終わってから、津田沼の山野楽器で、「ダーリン」か「浜辺のあの子」の入ったオリジナル盤を探しました(もしくは両方入ったベスト盤)。しかし見つからない。と言うわけで、次点だった『サーファー・ガール』が入った「サーファー・ガール」を買いました。

これが、本当に素晴らしい。夕日でキラキラしている浜辺を好きな子と眺めている、みたいな、そんな音楽でした。「ユア・サマー・ドリーム」なんて、本当に最高でした。本当に、青春の香り一杯のアルバムでした。


 丁度その時です、深夜のNHKで、ニューヨークで見たドキュメントを字幕付きで放送していたのは!これを見て、「なんだ、こいつらは!」と言うショックがありました。麻薬?LSD?『ペットサウンズ』?ブライアン・ウィルソン??一体どういうことだ?未発表の『スマイル』ってなんだ?私は、津田沼の山野楽器で(山野楽器大好きだね)『スマイル』を探しましたが、見つかりません。ドキュメントが製作された後に発表されてるかも知れない、と思って、本気で探しました。つーか、ジャケットも映ってたし。なのにないなんて事があるのか?ジャケット&タイトルが似ている『スマイリー・スマイル』しか見つかりません。

そこで、彼らの最高傑作と言っていた『ペット・サウンズ』を買って、家で聴きました。


 全然訳が分かりません。つーか、音の響きが気持ち悪い。音質だけではなく、なんか音楽の作り自体が気持ち悪いのだ。素直に楽しめたのは「少しの間」のインストだけでした。


 しかし「エンドレス・ハーモニー」のお陰で、ビーチ・ボーイズに対する興味は煽られました。そのフィルムの中で語られている、「サーフズ・アップ」や「ティル・アイ・ダイ」が聴きたくなり、それを探すが、全然見つからない。つまり、当時は、後期のタイトルは全て廃盤となっていたのだ。

 そこでふと思い出した。語学研修で見つけた二枚組のアルバム、あれこそが、その廃盤の一連のベスト盤、「テン・イヤーズ・ハーモニー」だったのだ。そういえば「ティル・アイ・ダイ」と言うタイトルを見た気がする、インパクトがあったので覚えていたのだ。「買っておけば良かった!!」と思いました。しかし、その次の年の夏、たまたま、またアメリカに行き、そこの中古屋でそのCDを買いました。一年も経つのに、売れずに残っていました。本当に嬉しくて、値札も当時のままです。ちなみに29ドルと、わりと高かったのです(笑)。


 それを手に入れてから、ますます熱が入り、買えるものは、全て買っていました。そして、ドキュメントもまたNHKで再放送され、それは録画し、ビーチ・ボーイズの事情に詳しくなりました。当時のお気に入りは、「コットン・フィールズ」とか「フレンズ」とか、「プリーズ・レット・ミー・ワンダー」とかでした。また、最新のブライアンのアルバム『イマジネーション』も買いました。これもよく聴きました。明るい新幹線の窓から眺める、真っ暗な東京、無機質な「ひかり」の内装。小田原でよく発生した朝靄。これら風景全て、これら音楽に密着しています。『ペット・サウンズ』も猛勉強しました(笑)。歌詞を印刷して、新幹線内で歌ってみたりしていました。お陰で、結構歌えます、このアルバム(笑)。隣の人とか気持ち悪がっていましたが、全然気になりませんでした。ただ、不思議なことに『ペット・サウンズ』だけはどの風景とも結びつきません。以外とこんなところが『ペット・サウンズ』の不思議さを表しているような気がします。

 ただ、さらにディープにのめり込んで行くのは、ブライアンの自叙伝を読んでからの事でした。

 東京にある八重洲ブックセンターで、ビーチ・ボーイズの書籍を探した。ビーチ・ボーイズの全作品のジャケット写真などを見てみたかったからだ。すると、「ブライアン・ウィルソン自叙伝」があった。裏には小いが、全てのアルバムの写真が載っており、条件を満たしていた。あくまでそのカタログほしさだった。ブライアン・ウィルソンには興味はあるが、まぁ、それほどでもなかったと言うのが正直なところだ。


 読み始める。一言で言うと感動した、心が大きく揺さぶられた。何度も何度も読んだ。約一年の間、この本を読み続けたと言っても過言ではない。文字通り寝ても覚めても、この本一色に染まっていった。僕は彼にシンクロした。彼と僕は、全く同じ人種だと思った。弱く、脆く、傷つきやすく、そしていつも孤独。自分のアイデンティティの消失の危機にさらされた。
 そしていつもの目覚ましの一杯、特大のマグカップに入った特別に濃いインスタント・コーヒー/片方の手にマグカップを持ち、もう一方で大さじ六杯ほどのクリスタルを盛り入れる。そして砂糖をいっぱい。僕の手は激しく震え、カウンターの上にこぼれた砂糖がそれを物語っていた。
(「ブライアン・ウィルソン自叙伝」より、冒頭部)。
 これは私の人生だった。これは、私が歩むだろう、近未来だった。啓示を受けたというわけではない。私はふと歌が書けるような気がした

 その時のことは、良く覚えている。飲み会でハイになって、一晩中ピアノで(友達の家にあったのだ)作曲の真似事をした。朝家に帰って、「アド・サム・ミュージック」の楽譜をダウンロードして、ビーチ・ボーイズのコピーを始めた。これが、私の作曲の第一歩だった。簡単そうなコードのものを選んだ。『ペット・サウンズ』は怖くて、見ることすら出来なかった。しばらくすると、廃盤となったものも再発され、全ての盤に耳を通し、隠れた名作があるのに喜んだ。もちろんコピーもした。『ラブ・ユー』や「ティル・アイ・ダイ」は転調の勉強になった。「ラブ・アンド・マーシー」は、彼の波乱の人生を知ってるからこそ、感動がこみ上げてきた。そして、不道徳なブートレグまで手を出すようになった。


 ま、そんなこんなです。彼らがいなかったら、どうなっていたんでしょうね。私にとって、ビーチ・ボーイズがどれだけ大切なものか、分かっていただけましたか?私の作品で「夏肌」と言うのがありますが、これはもろに「サーフィン・サファリ」のマネですが、軽い気持ちでマネたわけじゃないんですよ。これだけの歴史があって、初めてまねることが出来たのです。

 最近、家で録音したりすることがあるのですが、アレンジを考えるときに、不思議に三声のコーラスが浮かんでしまいます。録音してても、これだけコーラスにこだわる自分が、不思議なほどです。私の作っている音楽は、一見ビーチ・ボーイズに関係ないように思われるでしょうし、本人もそう思っていますが、笑っちゃうほど影響受けてるんですね。本当に、ビーチ・ボーイズに逢えて良かった。これからも、マイペースで頑張って下さいね。

 ご静聴ありがとう。

(2002年11月23日 記)

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